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特集:2003 JAグループの新たなる挑戦―JA改革を考える

インタビュー
JA改革を考える
構造改革のピッチをさらに上げる

JA全農 田林 聰理事長に聞く
聞き手:北出俊昭 (明治大学教授)


 全農のシェアは高いから独禁法適用除外をはずせという議論に田林理事長は「全農は非常に簡易で効率的な代金決済機能を持っており、系統外だけでも販売・購買を合わせて約1万4000社が、これを利用し、伝票を通すからシェアが高く見えるだけだ」と反論し、また肥料や農薬などのシェアについても具体的な数字を挙げた。
 さらにJAグループ批判が出てくる背景などを説明した。そして激しい競争の中で、さらに自己改革を進め、構造改革のスピードを上げると強調した。全農の事業基盤であるJA経済事業の収支改善支援を視野に入れた全農の仕事をさらに強化していくことを新しい三か年計画に盛り込むとも語った。
◆農業もデフレ経済への対応に努力

田林 聰氏
たばやし・さとし 昭和17年東京都生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。昭和41年全農入会、平成元年本所肥料農薬部農薬課長、3年大阪支所肥料農薬部長、5年本所自主流通部次長、6年本所肥料農薬部長、8年本所総合企画部長、11年常務理事、14年代表理事理事長就任。

 北出 JA全農が昨年7月末に導入した経営管理委員会制度と理事長のお仕事はどういうものなのか、お話の前提として、まずお聞かせ下さい。

 田林 経営管理委員会の委員は総代会で選任され、委員会はJA全農の事業計画や決算などの基本的な重要事項を決定します。これにもとづいて、委員会の指導のもとにある理事会が迅速に経営を執行します。委員長以外の委員は非常勤ですから、理事長としては、重要事項について委員会の適切なご指示をいただくように、あらゆる情報を委員会に報告するよう努めています。
 事業のことはもちろん農政の動きなどもおつなぎします。とりわけ昨年は政府が農協の経済事業改革を取り上げ、さらには米政策改革や、総合規制改革会議では独禁法の適用除外問題なども協議されましたので、そうした情報も詳しく報告してきました。

 北出 今いわれたJA経済事業改革の状況はどうですか。全農としては3年前から中期事業構想に取り組んでいますが。

 田林 中期事業構想は5大改革を実践することにより全農が事業利益を生み出し、そのメリットをJAに還元していくことです。このため経済連と統合した新しい全農組織が業務の重複を排除し、効率化をしてスリム化を進め、モノ、ヒト、カネをどこに再配置するかを含めて、事業利益拡大の実現に取り組んできました。
 ところが事業分量が想定以上に落ちてきて構想通りに進んでいません。背景には経済のデフレ状況とか米の生産調整、輸入農産物の急増による国産農産物の価格低迷などがあり、計画に比べて事業分量は2年間で5000億円ほど落ちる予想です。
 全農の手数料からすると、これは大きい。落ち込みのスピードがスリム化・効率化の進展より早いわけです。だから中期構想は出直さざるを得ません。

 北出 つまり見直しですか。

北出俊昭氏
きたで・としあき 昭和9年生まれ。京都大学農学部卒業。昭和32年全中入会、58年退職、同年石川県農業短期大学教授、61年より現職。

 田林 そうです。事態の急変が予想以上でした。もう1つ、JAの経済事業が深刻になっているという問題があります。信用事業と共済事業の収益が落ちてきて、今後もそれが続くとJA全中や農林中金、JA共済連は見ております。JA経営は部門損益で独立していませんから、信用・共済事業の利益低下が経済事業の運営にも大きな影を落とすことになります。
 そこで全農の事業の基盤であるJA経済事業の改善支援を視野に入れた全農の業務を、これまで以上に強化していくこと、これを3か年計画に盛り込まなくてはいけません。

 北出 中期事業構想は平成17年度までですが、それを途中でやめて、新たな3か年計画の実施に移るのですか。

 田林 中期事業構想は経済連との統合が本格化する前に基本を練ったので、先行きの不透明を承知でつくりました。そこで統合が一段落した時に改めて、きちんとした中期三か年計画を策定するということを構想の中にも盛り込んであるのです。

 北出 そのようにJAグループが経済事業の改革に努力しているが、政府の経済財政諮問会議や総合規制改革会議などで、JAの各事業の独立採算性等がいわれています。批判が出る背景についてのご見解はどうですか。

 田林 失われた10年などといわれて日本経済の停滞が長すぎるため、政府も業界も競争原理の導入などで新たな需要を創出して経済活性化の道を見出そうとしている、そうした背景があるのだろうと思います。
 総合規制改革会議などで「医療や教育や農業などの分野は官製市場だ」という言葉が出てきたことが象徴的です。官製市場には競争原理が余り働いていないから、もっと競争を導入すべきだとの主張だと考えます。
 そうした議論の表現を借りますと、補助金やら米制度といった政府の施策が農協を通じて行われているから農業分野は官製市場になっているとのことです。
 また農協は一定の競争制限の中で事業を行い、独禁法の適用除外で同法が適用されていないという点を挙げています。
 さらに農業では構造改革が進まず、生産性が高くならない、だから安い輸入農産物に対応できる価格競争力を持てない、それらは農協が平等原則を通して運営されているからだ、という考えがあると思っています。
 担い手が育ち、また法人や集落営農があるのに、そこへ施策の重点が移っていないから、効果的に競争力強化や構造改善に結びつかないのだというのが主張の要点だと思います。

◆信用・共済事業分離は論外
  協同組合の否定につながる

 

 北出 JA改革が必要な点はたくさんありますが、かといって官製市場だから民間を入れろといって信用・共済事業の分離などを主張するのは論理の飛躍じゃないかという気がします。経済事業や営農指導をしっかりやっているから信用・共済事業も伸びるのであって、これを分離したら両事業はやっていけません。そこに民間がつけ込むという恐れもあります。

 田林 同感です。信用事業で経済事業の赤字を埋め合わせているから、いつまでも自己資本比率が高まらないのだという批判もありますが、例えばJA貯金やJA共済を集めるのに大いに力になっているのが、営農指導員や農機の専任職員ではないのかということです。農協職員の実労働の配分比率なども考える必要があると思います。
 しかし、これからは部門採算を確立していかなければなりません。肥料や農薬や農機などの事業を競争相手から見た場合、自分達は銀行に金利を払ってカネを借りてやっているが、農協側は競争力の源泉を信用や共済に求めている、これでは正当な競争はできない、といった主張にもなるのじゃないか。そういう視点でものを考える必要もあります。

 北出 その視点も大事でしょうね。だから経済事業は例えば施設の集約とか物流の合理化などもやって自己改革を進めているわけですからね。

 

 田林 改革はさらに進めなければなりません。競争相手と比べて労働生産性はどうか、また顧客・組合員に対して競争相手以上のサービスができているか、資材の価格は高いか安いか、などをよく検証し、負けているなら反省し、対抗できる体制をつくらなくてはいけません。
 そういう努力はしていますが、構造改革のスピードを高める必要があります。

 北出 改革を進める場合、克服すべき点はここだという典型的な例はどういう点ですか。

 田林 組合員サービスと収支のバランス問題だろうと思います。例えば生活店舗事業です。Aコープ店舗のほかにJA支所には小さな購買店舗があり、中山間地などでは便利です。しかし店舗事業の赤字は大きい。そこで利便性と収支改善を天ビンにかけると、私はやはりサービス全体を長続きさせるためには部門採算性を確立しない限り、どこかで破たんすることは間違いないと考えます。
 だから利便性について組合員とよく話し合い、店舗の統廃合を進めて収支を確立できる新たな体制を再構築する以外にはないことを納得してもらうことだろうと思います。今、まさにこの問題に直面しています。経済事業の確立により、トータルとして組合員にメリット還元できるという目標を定めて話し合うことが大事です。
 全農はJAの経済事業改革についてコンサル事業をしていますが、そのへんがコンサル業務の大きな課題です。

◆伝票上は高くみえるが全農のシェアは高くない

 

 北出 独禁法適用除外問題は農協よりも連合会の方が問われています。統合連合が進めば批判がさらに強まると思いますが、どう対処しますか。

 田林 問題にする側には、全農の組織が大きく、シェアが高くて、外部から参入できないという認識があるようですが、実はシェアはそんなに高くないのです。個別品目の平均を見ると、農薬は35%、農機は25%、肥料は30%弱です。肥料は特定の主要17品目平均は70%ほどですが、有機肥料などを含む全品目では低い。
 そのことを農水省の「農協のあり方研究会」にデータを出して説明もしました。
 販売品のほうも米のシェアは生産量に比べ集荷率は50%を切っており、また全農傘下の会社が販売している数量は30%を割っています。
 園芸作物も市場流通などトータルで県連段階までは高いのですが、全農段階では低いのです。
 全農は非常に簡易で効率的な代金決済機能を持っていますから、JAはもちろん市場、量販店、生協などがみな利用されています。JA・県連を除いても販売と購買で約7000社ずつ、合計1万4000社となります。シェアの上ではJA・県連などの伝票が全農を通りますから数字上は高いように見えますが、実はそうでもないわけです。
 協同組合に対する独禁法適用除外の廃止(独禁法を適用する)の動きの大きな問題点は、農協の共同活動ができなくなる惧れがあることです。
 全農やJAは農産物を集荷し、それを束ねて大量ロットにして主に市場出荷するという共同販売をしています。また、共同購買では予約を積み上げ、交渉権を一任され価格交渉をしています。
 さらには生産調整や出荷調整も実施している。
 これらの協同組合の行為は、取引制限に該当する懸念があります。従って、適用除外の廃止の動きには反対していかなければなりません。また、私どもはJAや全農がどういう役割を果たしているかを一般の方々によく知ってもらうように努力することが大事です。例えば肥料の共同購買では年間8000万袋もの予約を積み上げ、一方では販売品の共同計算もしています。そうした活動を土台に農業生産が行われていることを「あり方研究会」でも説明申し上げました。

 北出 本来の協同組合としてやっていることを独禁法違反みたいに批判することは協同組合自体を否定することになり、かつての「反産運動」の平成版みたいな感じもします。

 田林 JAの仕事の有意義なところを、あらゆる手だてを尽くしてご理解いただき、誤解を解かなくてはいけません。

◆息長くねばり強く「食の安全」徹底追求

 

 北出 では最後に、全農は安心システムを展開していますが、安全・安心な食品の供給について聞かせて下さい。

 田林 その前に、全農の理事9人が昨年8月後半から手分けして現地に出向き、100余のJAの経営者層と懇談したことを申し上げたい。これまで組合長のみなさんと直接話し合う機会が少なかったので、全農が「もっと近くに」のスローガンを掲げ、新体制になったことでもあるからとして実行しました。
 その中で組合長さんの日ごろのご苦労を痛感しました。組合長は組合員からのJAグループに対する強い批判や意見を聞きながら、組合員の農協への結集に日夜努力されています。その努力を無にするような全農チキンフーズ(株)の問題を起こしてしまって、2度とこのような問題を起こしてはならないと痛感し、おわびを申し上げました。
 さて無登録農薬の問題もあり、食の安全・安心への関心は非常に高いものがあります。きちんとした栽培暦をもとにした実行を徹底していくことが大事です。そのための工程管理や記帳運動の推進に当たる営農指導員を対象に私どもは効率的なマニュアルを示していきます。
 しかし農家の現実としては農作業から疲れて帰ってきて、それから防除暦通りにやったことを記帳するのは大変です。だから息の長い仕事としてねばり強く安全を追求していく必要があります。
 トレーサビリティは、そういうことを基調として、どこまでトレースできるか。生産段階でしっかりやっても、その後、消費者に届くまでの段階はどうなのかという課題もあります。とにかく徹底的に安全を追求していきたいと考えています。

 北出 長時間どうもありがとうございました。

インタビューを終えて

 近年のデフレ傾向を反映し、JA全体の事業利益は大幅に低下している。このため組織内部でも事業、とくに部門収支で「赤字」となっている経済事業の改善・改革が強調され、一定の取り組みも行われてきた。最近ではそれに加え、独禁法の適用除外、信用・共済事業の分離と営農・経済事業の独立採算問題など、組織外からの批判も強まっている。
 この情勢にどう対処するかはJA組織全体の課題であるが、最重要問題となっている経済事業について田林理事長の意見を聞くことができたことは意義あることであった。
このなかでとくに痛感したのは、困難な情勢だからこそJAの存在意義は高まっているので、本来の在り方を再確認し、これを基礎とした事業展開が不可欠なことである。もちろん組織外からの批判にはその都度反論していく必要がある。と同時に、最も有効な反撃は自らの力で組織・事業の改善・改革を実行することなのである。(北出)



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