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特集:2003 JAグループの新たなる挑戦―JA改革を考える

現地ルポ
改革進むJAの現場
地域農業振興計画づくり大転換 環境創造型農業に挑戦
地元を原点に「食の安全・安心」確保へ販売チャネル多元化も

― JA山武郡市 ―


 JA山武郡市(千葉県)の地域農業振興計画づくりは実にユニークだ。農畜産物の品目別売上倍増目標などは一切省いた。広く地域全体に目を向けて住民つまり消費者にアピールする「環境創造型」の農業生産を目玉に掲げ今、最終案を検討中だ。総代会を経て4月から実施の運び。具体的にはトレーサビリティシステム生産した野菜の分別出荷や、供給別生産部会の活動展開などがある。

 JAの地域農業振興計画といえば、米とか野菜などの品目別の生産・販売目標を年次別に掲げるのが普通で、第22回JA全国大会も、そうした戦略づくりを提起したが、JA山武郡市が17日発表した新しい計画案にはそういう内容が一切みられない。
 管内の世帯数は約7万。うち生産農家数は約7000だから、住民の9割は非農家つまり消費者だ。このため計画案は組合員だけでなく、地域全体にアピールできる「環境創造型農業宣言」案を盛り込み、それに向けた施策を示した。

◆ホタルよこい メダカもこい

 ホタルが戻り、メダカが増えるといった生物多様性のある地域づくりに向け、環境に負荷を与える農業はやりませんという宣言によって「面」として環境創造を展開し、住民に支持される農業生産を目指す。
 具体的施策を一つ挙げると、農薬を空中散布するヘリコプター防除は空中散布を実施しない実験田を設けて検討し、時間をかけて基本的になくす。JAは学校給食に米を供給しているが、まずは「学校給食田」の看板を立て、その周辺も含めてヘリ防除をやめていく。
 そして子供たちにヘリ防除をしている地区との比較で生物観察をしてもらうといった計画を進める。これはPTA活動とリンクする。計画案はJAがPTAや消費者や女性の組織など地域の多様な活動にかかわっていくという視点を持っている。

◆輸入品に対抗できる基軸を

 「食の安全」と取り組む農業生産を維持するには消費生活を問い直す必要があり、計画案にはそうした視点を含む広義の農業振興計画という特徴を持つ。それは「農」と「共生」の地域社会づくりでもある。
 管内は千葉県内でも有数の農業地帯。組合員戸数は約1万5000戸。ところが生産農家は米が約5000戸、野菜が約2000戸で、ほかに果物や花があるものの高齢化などから何も生産していない組合員が増え、JAの販売高は減少している。
 こうした危機感から計画案は環境創造と一体の食の安全確保へ、これまでの生産基準を生産のあり方を含めて180度転換する方向を打ち出した。
 JA直販開発部の下山久信審議役は「グローバル化が進む中で中国はやがて安全安心な輸出農産物を作る体制を整えるだろうし、WTO農業交渉の行方、規制改革と考えていくと、これらに対抗できる基軸をつくれるかどうかという問題意識となり、そこから、この計画案の提起となった。だから、ここには売上倍増運動というような形の地域農業戦略はない」と説明する。

◆生産履歴の記帳運動始める

 また「これまでは野菜を東京中央卸売市場へ出荷するため東京だけに目を向け、地元を忘れていたともいえる。今後は地元が原点なのだ、地元が一番大事なんだということで直売をより積極化する」ともいう。
 計画案はこうした改革を3年間で達成しようというもので、今年のJA総代会で決定し、4月からスタートする段取りだ。
 同時にトレーサビリティシステムも野菜生産者全員(2000戸)が一斉に導入する。すでに生産履歴の記帳運動を昨年10月から開始し、準備は整っている。
 今春からはシステム生産した野菜を分別出荷する。JAは全員導入を打ち出したが、もしシステム通りにやらない生産者が出てくれば、その作物は分別からはずされることになる。
 導入に対応する体制としては「食の安全安心対策課」を営農経済部の中に新設する。野菜に続いて、新年度は稲作へのトレーサビリティ導入を本格検討し、早く実施したいとのことだ。
 食品表示の偽装や無登録農薬の使用などで消費者のJAグループに対する信頼が揺らいでいる。そこでトレーサビリティを導入して信頼回復に努めているといっても消費者には、その言葉からしてわかりにくい。

◆素性がわかると評価も高まる

 それよりも農協はホタルやメダカが増えるような環境づくりを進め、農家は環境に優しい生産をしている、と目に見える形で訴えるほうがわかりやすい。このため信頼回復には環境面からのアピールも重要と下山審議役は重ねて地域農業振興計画案の特徴を強調。今後、計画案に対する地域住民の理解促進に力を入れることにしている。
 計画案はJAのマーケティングにもとづく販売チャネルの多元化を目指す。その一つである直売所には高齢者や女性に適した農業経営の推進という目的もある。昨年4月に開いた「緑の風」という直売所は出荷者が200人もあり、初年度に9000万円を売り上げた。
 生産者と対話ができて商品の素性がわかると消費者の評価が高く、また一方では専業農家だけでは地域農業は守れないとあって昨年は10月にもう1カ所開設。さらに来年も増やしてここ2、3年かけて計5カ所にする計画だ。多元化では学校給食などにも力を注ぐ。
 体制では3年前、営農経済部の中に直販開発課を設けたが、昨年はそれを部に昇格させた。

◆組合員家庭の「個」をつかむ

 地域農業振興計画の策定は昨年5月にスタートした。職員25人のプロジェクト委員会が検討を進めているが、アドバイザーとして大学教授、普及センター、県中央会、農中総研から計6人が参加している。これは広い視野や新しい情報などを外部に求めたためだ。
 最初に6月にかけて農家を(1)先進的農業者(2)特徴的農業者(3)一般的農業者に分類し、計56戸を訪問。ヒアリングをした。グループ経営や大規模経営、有機栽培や特別栽培など多様な担い手の考え方や、その違いなどを知り、それまで聞いたこともない実態も知って多くの貴重な勉強をしたという。
 さらに、これまでは、ともすれば「家」単位で働き手の話だけを聞いて組合員全体の意向としがちだったため今回は「個」に分け入って20代の後継者夫妻や70代の家父長の意見なども聞いた。そのまとめは複数組合員制を進める場合にも役立つものとされる。

◆JAの決意を宣言にこめて

 計画の骨子をつくる段階ではヒアリング調査をもとに検討方向を(1)狭い意味の農業振興計画(2)JAとしての地域づくり(3)経済事業刷新の3本柱に整理して作業を進めた。
 対応してプロジェクト委員会を班別にした。
 (1)の検討を分担する農業振興班は環境創造型農業を推進していくJAの決意を内外に宣言しようということになり、宣言案を計画案に盛り込んだ。今春の総代会での計画決定とともに宣言は地域住民への約束となる。
 (2)は幅広い組合員を結集した地域づくりを検討する組合づくり班とした。(3)の分担は計画を実現するために経済事業のあり方と体制の見直しを検討する班で事業構築班と名付けた。
 こうして計画案をまとめ上げ17日にフォーラムを開いて発表した。参加はJAの理事・監事全員と幹部職員、そしてアドバイザー各氏ら約150人。内容の説明をするだけでなく、参加者の意見や提言を聞くために、ただの発表会とせず、フォーラムという形にした。
 JA山武郡市の計画づくりはその過程といい、内容といい、どこまでもユニークだった。さらに、この日の発言を反映させて行動計画案を練り上げ、今春のJA理事会で計画決定となる。



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