トップページにもどる 農業協同組合新聞 社団法人農協協会 農協・関連企業名鑑
JAグループの安全防除運動

インタビュー
「安全防除運動」の歴史とこれからの課題
情報を開示して消費者の理解と信頼を
JA全農肥料農薬部農薬技術普及課長 近藤 俊夫 氏

 あらゆる食料品が自由に手に入るようになった今日、消費者の目は「安心・安全で健康によいもの」に向けられてきている。なかでも、ダイオキシンや内分泌撹乱化学物質とともに農畜産物の安全性や残留農薬に関心が高まってきている。
 そこで、JAグループの安全な農産物づくりの取組みとこれからの課題をJA全農肥料農薬部の近藤俊夫農薬技術普及課長に聞いた。

リスクコミュニケーションの取組みが重要

◆消費者から見えにくい生産現場の実状

 ――消費者の安全・安心、健康への関心が高まるにつれて、農産物の安全性や残留農薬についても関心が高くなってきていますが、現状をどうみていますか?

  近藤   農産物の安全性や残留農薬についての関心はますます高まっています。しかし、消費者に大きな影響力をもつマスコミは、病害虫が発生しやすい日本の気候風土のなかで農業生産に果たしている農薬の役割とか、安全性確保のために厳しい登録制度や、使用基準が設けられていることなどの客観的評価にはふれず、農薬の危険な側面だけを強調し、それを攻撃することが社会正義であるといわんばかりの傾向がありるように思います。
 都市化が進み消費者から生産現場が見えにくくなり「食と農」の距離が離れてしまったこともあり、こうした報道によって、適正に使用され「科学的に安全」な農産物であっても、消費者にとっては農薬の使用あるいは存在そのものが「心理的不安」の原因になってしまっていると思います。
 残念なことは、こうした状況の中で、生産者のなかにも農薬を使うことに後ろめたさを感じる風潮が生まれつつあることです。

 ――国内農産物をすべて有機栽培にすることはできませんしね。

  近藤   国内産の有機農産物の流通量は、全体の流通量のわずか0.2%程度にすぎません。日本のような国土、気象条件のなかでは今後もそう大きく伸びるとは考えられません。
 全農の農薬研究部圃場と日本植物防疫協会が1990〜92年にかけて、いくつかの作物で農薬を使った場合と使わなかった場合の比較栽培試験を行いました。その結果、図1のように、農薬を使わないと総収量がかなり少なくなりますし、収穫はされても出荷できるものは、さらに少なくなります。いま自給率向上が大きな問題となっていますが、これではとても国民の食料を国内生産でまかなうことはできません。

◆生産者・流通・消費者が情報を共有することから

 ――農薬の「安全性」と消費者が感じている「心理的な不安」のギャップの大きさがあり、それは農薬の安全性に対する科学的評価が欠落し、リスクのみが強調され正確な報道がされないことによる理解不足からきているということですが、これを改善するにはどうしたら良いとお考えですか。

  近藤   農薬の使用にあたっては常に的確な「リスクマネージメント」を行うとともに、その内容を研究者や専門家だけではなく、生産者や食品流通に携わる人たち、そして消費者まであらゆる立場の人たちが共有し、理解し、認識を一致させる「リスクコミュニケーション」の取組みが重要だと考えています。
 日本では所沢ダイオキシン問題にもみられたように、まだまだ情報公開することも、されることも慣れていませんから、なかなか難しい取組みだとは思いますが、私たちも含めて関係者全員が意識して努力していかなければいけない問題だと思います。

安全な農産物づくりをめざして――安全防除運動の歴史

◆生産者・農産物・環境の3つの安全を掲げ

 ――リスクコミュニケーションを進めていくために、JAグループとしていままでどういう取組みを行ってきたのかを再確認したいと思いますが、安全防除運動に取組んだのは1971年(昭和46)からでしたね。

  近藤   そうです。それ以来現在まで取組み内容や名称はその時々の社会的背景などにともなって変わってきていますが、一貫して「生産者、農産物、環境」の3つの安全を掲げ、農薬事業の柱の一つとして取組んできています。
 運動開始以来、農薬や防除に関する正しい知識の普及、防除衣や防除マスクなど保護具の開発・普及、低毒性の薬剤や剤型への切り替えなどに努めてきた結果、散布者の事故件数は確実に減少してきています。さらに、飛散の少ない剤型や防除技術の開発・普及など環境に配慮した取組みでも一定の成果をあげてきています。
 また、この運動の推進母体として1967年(昭和42)から防除指導員の養成にも取組んできましたが、その数は昨年末で図2のように1万4854名に達しています。

◆実証圃場などでデータを蓄積し、消費者への広報活動に活用

 ――1985年(昭和60)頃までは、生産者中心の運動だったといえますか。

  近藤   農薬や農産物の安全性について消費者に理解を求めるところまで踏み込んだものにはなっていませんでした。しかし、農薬や防除についてマスコミの比較的偏った報道による世論形成が進んできていましたから、消費者に生産現場の実状をより正確に理解してもらうためには、生産者自らが適正防除を実践するとともに、そのことを消費者に訴えていく取組みが必要だということで、1985年からの「安全防除全農家実践運動」では消費者への広報活動強化のための取組みを始めました。

 ――具体的にはどのような内容でしたか。

  近藤   一つは、消費者に農薬を使って栽培した農産物の安全性を具体的に理解してもらうために、全国各地の代表的産地に実証圃場を設置し、実際に防除暦どおりに農薬を使用した農産物の残留農薬を分析しました。結果は、当然ですがいずれも高い安全性が確認されたので、これを各種の広報活動に活用しました。
 二つ目は、先ほどお話しましたが、全農と日本植物防疫協会が行った農薬の必要性についての検証です。この試験・検証によって、農業生産にはたす農薬の役割を明らかにすることができました。
 三つ目は、こうしたデータを活用しながら、全農の広報室と共同で消費者に対する広報活動を企画し、農産物の安全性をテーマとする生協などのフォーラムに参加したり、主婦向けビデオ「みどりいろの風にのせて」を1990年に作成し、その後も「みどりいろの宅急便」「みどりいろのパスポート」をつくり、消費者との交流会や研修会で活用しています。
 生産者と消費者との交流会やフォーラムなどで、このビデオをきっかけに、お互いに農業生産現場の実状や、病害虫防除の実態、農産物の安全性についての疑問や希望を率直に出し合い、出された課題についての研究、検討を積み重ねていくことによって、互いの理解が深まり、安全で安定した農産物の供給につながっていけばと思っています。

◆残留農薬分析を本格的に開始する

 ――防除日誌記帳運動が始まるのもこの頃ですね。

  近藤   農産物の安全性について漠然とした不安を感じている消費者に生産者として自信をもって「目に見える安心」として伝える運動としてこの運動は始まりました。防除日誌は、作物ごと、圃場ごとに農薬散布日、使った薬剤名、使用目的、使用濃度、使用量、収穫日などの必要事項を記入するようになっています。この防除日誌を見れば、安全使用基準に定めた収穫前散布日や散布回数の制限、使用量などが守られているかどうかがチェックでき、収穫した農産物の安全性について自信をもって保証することができるわけです。

 ――営農・技術センターに、農産物安全検査室(現農産物・食品検査室)を設置したのも、1990年ですね。

  近藤   生産者が農薬の使用基準を守って生産した農産物の安全性は国が保証しているというだけでは、消費者はなかなか納得してくれません。そこで、生産された農産物の安全性を実証し、生産者と消費者の理解をいっそう深めるためにと「農産物安全検査室」を新設し、残留農薬分析を本格的に開始したわけです。

◆延べ2470の農家が防除日誌記帳運動に参加

 ――1989年から10年間、防除日誌パイロットJAによる記帳運動を行っていますが、この運動の成果は…。

  近藤   1989年に49JAが水稲を対象にスタートしましたが、10年間で参加したJAは延べ410JA、対象作物は水稲、麦そして野菜13作物、果樹7作物など23作物、防除日誌と収穫物を提供した農家数は延べ2470に達しました。送付された収穫物については、防除日誌に記載された農薬は原則としてすべて分析され、その結果は当該JAに報告され、農家指導などに活用されました。
 10年間実施した残留分析結果をみると、使用農薬の約95%が検出されず、検出されたが基準値以下が約5%となりました。ごく一部に誤った使用方法により基準値を超えた事例もありましたが、使用基準を守って使った農薬はほとんど分解・消失し収穫物には残留していないことが実証されました。

◆現場レベルで安全性を実証する「安全防除優良JA拡大運動」

 ――そして現在は「安全防除優良JA拡大運動」に取組んでいるわけですね。

  近藤   安全な農産物づくりを生産現場からの自発的な運動とするために、この運動を現在進めています。そして運動を活性化させるために農水省、厚生労働省、JA全中の協力をえて優良JAの表彰制度も加えました。表彰されたJAは、初年度は3JAで、2年目は7JAの生産部会に拡大し、3年目については現在審査中です。
 この3年間に取組んだ各JAの産地で収穫された農産物の残留農薬分析結果(図3)をみると、約91%で使用した農薬が検出されず、検出された約9%でも基準値を超えるものはありませんでした。  このことで、私たちが農産物から摂取している農薬の量はADI値(人が毎日一生涯食べつづけても安全である量)に比較してはるかに少なく、ほとんど無視できるレベルであることが確認されました。農薬を適正に使用した農産物の安全性について現場レベルで実証することができたのは大きな成果だと考えています。

「全農安心システム」と連携して

 ――初めにリスクコミュニケーションがこれからの課題というお話がありましたが、その他、これからの課題としては…。

  近藤   全農では、特殊な有機農産物だけを対象とするのではなく、通常の栽培方法の農産物についても、その生産履歴情報を開示し、さらにそれを検査・認証する制度を導入することで、消費者の信頼を得る新しいシステム「全農安心システム」の取組みを始めました。このシステムは、改正JAS法などによる「基準認証」ではなく、生産者と取引先があらかじめ商品コンセプト、生産方法などについて協議し合意した個別基準どおりに生産が実行されているかどうかを認証する「システム認証」です。生産工程の記帳、検査にもとづいて認証するとともに、農産物の品質、残留農薬検査を実施し、その情報を開示して消費者の理解と信頼を築いていきたいと考えています。
 そして、安全防除優良JAや「安心システム」に取組む現場指導者を育成するための「安全な農産物づくり講習会」を今年から開設しました。

(※右側の小さな図をクリックすると対応した資料が拡大してご覧いただけます)

農協・関連企業名鑑 社団法人農協協会 農業協同組合新聞 トップページにもどる

農業協同組合新聞(社団法人農協協会)
webmaster@jacom.or.jp