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特集:未来の架け橋を築くために ―― 21世紀の農業を考える

対談
20世紀の農業を振り返り21世紀の農業へ提言する
−−国内で最低限度の食料が確保できる生産体制必要
川野 重任 東京大学名誉 教授
梶井 功 東京農工大学 前学長

 農業、農村のため21世紀へ語り継ぐべきことはなにか−−。その見極めを長く農政問題の研究に携わってきたお二人にお願いした。
 川野重任東大名誉教授は日本の近代化の歴史のなかで農村と協同組合が社会の安定に果たしてきた役割を強調、21世紀は農村を再認識する時代だと指摘、しっかりと農村地域計画を打ち立てるべきだと提言した。また、梶井功・前東京農工大学長は、食料安保の重要性をふまえると、現在の「基本計画」には国内で最低限度の食料が確保できる体制づくりの視点がないことを指摘。さらに川野名誉教授は、「多面的機能は分かりにくい」、農業政策は「広い意味での国土づくり」の観点から行うべきとの指摘もあるなど、未来を見据えた大胆で斬新なアイデアが飛び交った対談となった。

協同組合が近代化に果たした役割
不況と失業うけとめ国の安定性を維持

(かわの しげとう)
明治44年鹿児島県生まれ。東京帝国大学農学部農業経済学科卒。東京大学東洋文化研究所教授・所長を経て、東京大学名誉教授。米価審議会・農政審議会会長を務める。『協同組合事典』(家の光協会)、『日本農業年鑑』(家の光協会)の監修にあたる。主な著書に『農業発展の基礎条件』(東京大学出版会)、『歳々年々想いあり』(家の光協会)など。
 
(かじい いそし)
大正15年新潟県生まれ。東京大学農学部農業経済学科卒。東京農工大学教授、東京農業大学教授、東京農工大学学長を経て、東京農工大学名誉教授。主な著書に『梶井功著作集』全7巻(筑波書房)、『農業問題――その外延と内包』(編著、農山漁村文化協会)、『国際化農政期の農業問題』(家の光協会)など。
  梶井   この対談のきっかけは川野先生と私が「興亡の国を支えて」(家の光協会)を編集したことにあります。この本は20世紀の農政史を取り上げていますが、なにも歴史書として書いたわけではなく、20世紀の農政のなかから教訓として21世紀へ語り継ぐべきものは何か書いたわけですが、あの本のなかでは、産業組合あるいはJAが果たした歴史的役割について、十分にはふれられませんでした。で、今日はまず最初に、戦前の産業組合、戦後はJAですが、この協同組合の役割について川野先生の包括的な評価からお聞きしたいと思います。

  川野   20世紀は明治33年から始まりますが、それはまさに産業組合発展の初期でもあるわけですね。これはドイツの中小企業や農業に関する制度を参考にしたのですが、当時の日本では消費組合を中心とした組合より農業を中心とした産業組合立法が優先しました。
 それに日本勧業銀行、農工銀行による支援体制も固められましたが、これは基本的に農業生産力を高めて日本経済の基礎を固めるとともに、社会安定の条件を整えようということだったと思います。
 そしてその果たした役割は、経済的には地租の負担者、生系の輸出を通じての外貨稼ぎということであり、昭和の初めの農業恐慌時には、産業組合運動としてはその体制を一層拡大、強化するとともに不況と失業をほとんど一方的に農村が受けとめ、社会不安を吸収したという形にもなりました。結果として政策的には逆用されたという面もあり、また農家としては負担が大きかったということもありますが、ともかくあれが恐慌を支えた。
 さらに戦後においては、600万もの人口が海外から引き揚げてきたわけですが、それも大半が産業組合を中心とした農村が吸収した。つまり社会安定の大変な機能を果たしたと思っています。

  梶井   戦後の復興期は、低米価政策で農業、農村は苦しみました。日本の歴史を考えると明治20年代まで、日本資本主義の原始蓄積といいますか、地租というかたちで資本を集めそれから労働力を集めて日本資本主義をスタートさせた。戦後もまさにそれで、低米価で収奪し、低米価、低賃金で働かせ戦後日本資本主義を再構築した。川野盛太郎先生は再版原蓄といいましたが、その農村へのインパクトを協同組合が吸収したということになりますかね。

  川野   要するに戦後は放っておくと昔のように農業のほうが有利になる国際条件があったわけです。そこで強制供出させて米価を抑え、一方で肥料と農薬をうんとつぎ込んで、ということをやった。  低米価強権供出には、大変な抵抗を生むほどの圧力が農村と農協組織にかかってきたわけですが、ともかくそれによって日本の国の安定性は維持されたのです。

  梶井   あのときには国際価格の半分という低米価でした。国際価格の半分、まさに収奪米価で供出させられたのに、今では、あのころの米には国際競争力があったんだと単純に言う人がいますからね。

  川野   封鎖経済のなかでの固定相場、1ドル360円のレートですね。そのなかで国内的な米価設定をしたから、あとから考えると国際的に安かったという米価になっていたわけです。

  梶井   食管を廃止して国際価格並みにという議論が出てきた。国際価格のほうがべらぼうに高かったものですから、輸入米に対して価格差補給金を出していた。価格差補給金を廃止すればそれだけ財政支出が減ると当時の池田大蔵大臣が統制廃止を主張した。
 しかし、統制を廃止すれば米価は暴騰するに決まっているんですね。そのほうがよほど農家にとってはよかったはずですが、しかし、国民経済の再建は完全に立ち遅れましたよね。労賃はうんと上がっていったでしょうから。
 問題は農協組織が食管に支えられた農協といわれるように、食管制度の1つの機構と化してしまったことです。それが農協を安定化させたが、農協運動それ自体とすれば運動体としての機能を弱めたのではないでしょうか。今後の課題は何でしょうか。


農協組織の課題
農協は人の組織 規模の拡大だけでは

  川野   問題は農協合併・規模拡大が進むと、人的信用中心の本来の形がだんだん崩れてくることをどう考えるかだと思います。農協は人的信用が中心なのに、お互い顔を知らない関係が拡大するなかで、准組合員の比重や利用が増えてくるという問題です。
 農協経営としては、従来金融で稼いだ金を生産指導や購買に回していたわけですが、自分は金融だけ利用したい、あるいは購買だけでいいという准組合員も出てくる。こうなりますと、生産のほうにお金を回すことに必ずしも賛成しない。その辺で危機が出てくると思うんです。
 事業全体としてこれから必要なのは厚生、福祉で、それは結構なんですが、生産の指導とそのために必要な支出が難しくなってくるんじゃないかと感じます。
 合併の推進状況をみていると、農協も上意下達式になってきているんじゃないかな。本当の協同組合というのは下から積み上げるものだと思いますが、そんな心配をします。小さな農協でも組合長の顔が分かり、しっかりしたところもある。小さな農協を無理につぶして規模の拡大だけを推進しては真の発展にはならないと思う。

  梶井   協同組合というのは、いずれにしても人の組織ですからね、それが人と人とのつながりがどんどん希薄になっていく方向というのは本当に協同組合の組織のあり方としていいのかどうかですね。
 最近「地産池消」ということを言っていますが、これはまさに農協が具体的な営農指導のなかで地域の非農家とどう結びつくかという格好の組織テーマです。こういうことをもっと正面から取り上げたほうがいいと思うんですね。また、農協が本気になって取り上げないと、地産地消などはうまく展開しないと思います。その点でいえば、系統共販といっても、農産物をすべて系統ルートに乗せることが共販ではないということですね。

  川野   地方に行くと、「道の駅」というのがありますね。女性たちが中心になっていて、そういう例を見ると小規模ながらも独自のマーケットを育てつつあるなという気もします。
 中央へ出てこない商品がたくさんある。あれが非常に大事なこと。自分の努力が目に見えて商品化されていくのは喜びだし刺激だ。それが本当の自主的な活動の出発点ですね。


農村の果たす役割
特定の経営層だけを育てる政策は疑問

  梶井   21世紀の農村を考えますと、これまで農村が果たしてきた社会を安定させる役割に注目する必要があると思います。その機能は21世紀にも新たな色彩をもって出てくるのではないかと川野先生も指摘されていますね。

  川野   私は東京・世田谷に住んでいますが、周辺ではアパートがどんどん建つ。そのアパートに住む人は入れ替わり立ち替わりで、ゴミを出すとき、たまたま顔を合わせてもあいさつひとつしないんだな。そういう社会ですよね。都会の生活は、国際交流が盛んになるにつれて非常に不安になってきました。無秩序にマンションやアパートができて都市がどんどん広がっていく社会というのは非常に不安定です。
 やはり改めて農村の安定した社会というのを考えますね。これからは地域社会で人間的な交流がある社会、福祉が大きな問題になってくる時代においては、この地域社会の安定性、その中心となる農村というものを再認識すべきだと思いますね。

  梶井   その場合、戦前から終戦直後までの状況を考えると、あのころまではまだ農家が健全でしたね。つまり、「家」としてです。都会に出ていった次男坊、三男坊が戻ってきても一時的には家に吸収するということでしたし、終戦直後の異常な状態のなかでは2反でも3反でも分けて、ともあれ自活の道を講じた。ある意味では家制度が健在で大きく機能していたわけですね。
 その点に関連するのですが、今の構造政策の力点は、たとえば、望ましい経営体40万戸で日本農業の太宗を担わせるようにするんだということです。規模の小さい人はどんどんやめていって、農地はそっちに移しなさいよという政策ですね。そういう状況になってくると、農村がもっていた社会的安定機能を果たせなくなるんじゃないかという気もします。
 兼業農家であっても、自分の食べるものは作るという農家がたくさんあることのほうが、社会の安定的な機能としては有効のような気がしますが。

  川野   工業の発展を図るということを考えるにしても、やはり地域ですよ。農村とその周辺とが一緒になった地域で工業化を進める方が雇う方、雇われる方、双方からして安定性がある。大都市中心工場労働者しかいない社会の工業化なり都市化政策では問題です。
 農村にしても特定の経営層だけを育てるために他が犠牲になる、あるいは無視される政策には疑問があります。
 ひと頃はやった農村工業とか田園都市というものも同じでしょうが、今後はそういう格好になるのがいちばんいいと思いますね。


農村景観の価値
農村は農村らしく景観を大切に整備すべき

  梶井   一方、2000年の農業センサスを詳細に見ますと、55歳から69歳までの層で就農者が増えているんですね。つまり、都会で50代ぐらいまでは働いていても、そこから離れて農業就業者になっているということです。そういう人が増えていることを構造政策的見地からどう考えるかが問題だと思います。

  川野   昔の恩給というのは役人が中心だった。しかし、今は厚生年金、企業年金などがあり、年金制度というものが人間の生活条件を非常に幅広くしたと思います。
 私の出身県の県民所得は全国で46番目ですよ。東京の半分です。ただ、東京で働いた人の年金は、地方よりうんと高いはずだから地方のほうが生活は楽になるよと。私はいまそういうことを書いているんだ。

  梶井   年金生活は郷土で、というわけですね(笑)。

  川野   そうそう。さあ、そこで問題なのは国民健康保険や介護保険の支払いが地方行政にとっては負担になるということですが、そこは国が面倒をみるべきでしょう。田舎といっても昔と違って生活条件は文明生活ができるようになっている。それから、仕事でもSOHOなどと言われているように田舎でもできることも多い。そういうことも考えるべきだと思うな。

  梶井   農村景観の維持といっても人がいないとだめですよね。高齢者であっても人がいれば、たとえば里山でも草ぼうぼうにはしないわけですよ。そういうことが大事だと思うんですよね。そのためにも、ある意味では農村をきれいにしなければいけません。農村がひとつの観光価値を持つぐらいに。

  川野   かつて私の出身県の農家から土佐の人が文旦の苗を持っていったことがある。それで立派に育てて土佐文旦ができた。おいしいんですよ。そこで今度は土佐文旦の苗を私が同郷会を通じて田舎の子どもたちの入学祝いとして配っているんですが、もらった子どもたちの3分の1は「植えるところがありません」という。なぜかといえば、マンション住まいだから鉢植えするしかないというわけです。
 それを聞いて、これは冗談じゃない、地方行政が間違っているのではないか、田舎は地価が安いんですから、昔あったように宅地周りに花木を植えるぐらいの住宅設計を考えるべきではないかといっているのです。だから、田舎の生活そのものを考え直さないといけないのですね。田舎にいけばちゃんと家を構えて周辺には果物の木を植えることができると思っただけで楽しいではありませんか。それなのに、過疎だ、過疎だと言っている。

  梶井   つまり、日本では農村計画がなっていないということですね。生活条件は都会並みにする必要がありますが、環境まで全部そうする必要がないわけです。農村は農村らしい環境にすればいいんです。
 昔、ドイツの農村の民宿に泊まったことがありますが、そこに宿泊しているドイツの町の人たちは、村のなかを散歩しているだけでした。それが保養なんです。特別に名所旧跡があるわけではないけども農村の景観それ自体が憩いになるんですね。だから都会の人たちも農民を支持する。農民が都市で外国企業に抗議行動をしても非難しないわけですよ。

  川野   これからは60歳で定年になっても、90歳まで生きるわけですね。その間を楽しく生きるためにも農村地域計画として考えないといけない問題が多いと思います。

農業の多面的機能
多面的機能は国土政策の一環

  梶井   農業の今後を考えると、1つは食料安全保障をどう考えるかということがあると思います。川野先生はそれを実現するには普段からどれだけの農地を用意すればいいのか、さらに農地は土地としてあればいいのではなくて、普段から使っていなくてはいけないと主張されています。

  川野   農地500万ヘクタールを確保しておけば、食料の安全保障は大丈夫だといっていますが、これは倉庫にしまっておくわけにはいかない。常時、何らかの形で使っているという関係がなくてはいけない。
 そこで、今、農業、農業政策の多面的機能ということがいわれていますが何となく判りにくい気がしないでもない。むしろ広い意味での国土開発、国土作りをして地形をととのえ、道路をつくり河川を改修する。多面的機能はむしろ国土政策の一環としてとり上げる、農業はその結果を受けて展開を考えるとしたほうが判りやすいという気がします。
 一体、今の日本で税金を納めている土地は何パーセントあるのでしょうか。税金を納めない土地が非常に多い。つまり、収益を上げている土地が少なく遊んでいるわけです。それならもっときちんと国家が関与して利用できる状態にすべきではないかと思います。農業がふたつの機能を持っているというのはちょっと分かりにくいです。しかも、農家の人々は特別に補助金をもらって農業をやっているとなると、肩身が狭い、生きがいがないと思ってしまう。農業投資は広い意味での国土計画として考えるべきだと思いますね。

  梶井   川野先生は、経済はボーダーレス化してきたが、しかし、政治の世界はかえって多数独立国に分裂したと指摘されています。そこから来る矛盾というのが今日話題にしてきた社会の不安定につながるとおっしゃいますが、なかでも日本にとっての最大の不安要因は戦争は別にしても、食料不安だと思います。これについてどうしたら日本国民が安心感を持つことができるようにするかが、農政の最大の課題ですね。

  川野   大きな権力が支配すればまだいいんです。植民地体制など矛盾もありますが、そのなかでは安定しています。それが分裂してしまうと不安定になるんです。

  梶井   戦争という問題でなくても、これだけ世界的に人口が増えると、天候異変などの不測の事態によってそうそう安定的に輸入できるわけでもなくなることも考えられるでしょう。備蓄といってもそれほど大量に備蓄できるわけでもありませんから、いざというときには国内で最低限度の食料は確保できる農業の体制はつくっておかなくてはならないと思います。つまり、どれだけの農地があるのか、そして、その農地がいつでもいざというときに動員できるという仕組みにしておくためには、常に良好な管理状態にして置かなければなりません。そうするためにはどういう作物で普段は利用するのか、そうした計画を立てることこそ、基本計画だと私は思うんです。

基本計画
土地は“環境” 利用を考えなくては

  川野   そのとおりですね。スイスの場合だと、アルプス山麓の牧場を補助金を出して維持する。それを一旦緩急あれば耕して、じゃがいもを作るという政策を決めていますね。同時に1日3300キロカロリーの摂取を緊急法令を出して2500キロカロリーにまでカットして、配給制にするということです。ただし、その切り替えに2、3年かかるから、その間は備蓄だという話になっています。どうして日本はそうしたことを考えないのかと思いますね。

  梶井   だから、スイスの国内のパンはいちばんまずいそうですね。3年前の小麦を逐次パンにして食べているわけですから。それはいざというときのためにがまんして国民全体でそういう体制をつくっているわけです。日本では、そういう事態に対処するには、ゴルフ場がいっぱいあるからそれを活用すればいいという意見がありますが、それならそれでいざというときには農地として収用するというところまで今から合意しその体制をつくらなければいけないんですよ。

  川野   スイスは中立国として自分の国で戦争するつもりはありませんが、しかし、周辺の国々で混乱が起きれば影響を受ける、だから、不測の事態に備えるんだ、と理由も明快なんですね。日本は周辺国との関係からして、不安な事態もあり得るとはなかなか言えないのでしょうが、戦略としてはせめてスイスのような例があり、それは考え方として尊重すべきではないかという議論はすべきだと思いますね。
 農村計画でも、先ほどいいましたように宅地に木を植えるぐらいのスペースをとれば、庭自体がいざというときの農地になるんですよ。戦中、戦後の食料難の時代は小学校の庭や、しまいには道路まで耕したわけでしょ。だから、私は固定資産税でも庭のあるところはあまり高くとるな、税金を減らせと言っているんですよ(笑)。そうしないと田舎でもどんどんマンションばかりになってしまう。マンションではいざというときには耕すことはできませんよ。土地は要するに環境です。将来も含め生活環境として利用を考えるべきです。

  梶井   まだまだ話し合いたいことはありますが、またの機会にしましょう。今日はありがとうございました。

(対談を終えて)
 川野先生は、米価審議会や農政 審議会の会長を歴任された。農政の中枢に接していたわけである。それだけに農政のあり方には、ひとかたならぬ関心をお持ちだが、昨今の農政については、もどかしさも感じておられるようだ。この対談でも食料安全保障のあり方に ついて「農地500万ヘクタールを確保しておけば、食料の安全保障は大丈夫だといっていますが、これは倉庫にしまっておくわけにはいかない。常時何らかの形で使っているという関係がなくてはいけない、と力説されていた。“多面的機能”はむしろ“国土政策の一環としてとり上げる(別記)”べきだとされる。明確な主張というべきだろう。
 この発言は、“不測の事態”に備えることを法律にも書き、かつ食料・農業・農村基本計画でも10年後には対応力ができるかのような計画数字はつくってあるものの、それについての具体的な施策がない点を指摘する発言でもある。国士的風貌をとみに増した感を受けた。 (梶井)

 


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