JACOM ---農業協同組合新聞/トップページへジャンプします

特集:未来の架け橋を築くために ―― 21世紀の農業を考える

生産現場からの提言
土を元気にする取り組みが
生産者・地域住民の元気創出に

中嶋 好夫 (株)げんきの郷・参与(JAあいち知多前専務理事)

 
(なかしま・よしお)
昭和10年生まれ。昭和29年大府町農協入組、平成12年JAあいち知多専務理事。同年(株)げんきの郷代表取締役副社長を経て参与。
土の悲鳴が聞こえてくる
―― 旧農業基本法の功罪

 私たちの地域の土をもう一度、素晴らしい土に戻して次世代に贈らなければならない‐‐。農業者にはこの使命があるとの思いが、今、私の最も基本にある気持ちである。
 昭和36年に旧農業基本法が成立して以来、化学肥料や農薬の使用による農業の近代化を進めてきた。それによって農業の生産性は向上したが、その反面、食物の安全性に対する問題も生まれ、環境に対しても窒素の多用による土壌からの流失で川、海の汚染を引き起こした。
 さらにリン酸の過度の蓄積などにより、私たちの地域では土壌の「三相構造」の破壊を最大の問題として痛感している。
 農業は自然条件に大きく左右される運命を持つ産業だが、土壌の三相構造が維持されていれば何とか安定した生産が続けられる。
 土壌の三相構造とは、「液相」、「気相」、「固相」である。土壌の液相が適正に保たれていれば、保水性があるために多少日照りが続いても収穫に大きな影響はない。
 また、気相が適正であれば、梅雨期であっても作物は根腐れを起こすことなく成長に必要な空気を得ることができる。土壌の固相とは、土本体の有機物と土の粒子から形成されている団粒構造のことになるが、この三相がバランス良く保たれている状態が良質な土壌ということになる。
 つまり、真面目に土づくりをしていれば、気候変動による被害は最小限に食い止められ、人間が「生きられる」道は拓かれていくはずなのである。
 ところが、私たちの地域では10年以上前の調査で土の団粒構造が崩壊していることが分かった。土壌はかなり硬くなっておりそこを耕耘機で耕し化学肥料を投入する。そのために作物が弱くなり、弱くなるから病気が発生し農薬を散布する、という悪循環を繰り返してきた。

新たな土づくりへの挑戦

 地域の土が悲鳴を上げていることに気づき、私たちは大きなショックを受けると同時に土に対する関心も高まった。そのため私たちは新たな土づくりへ挑戦してきた。
 具体的な運動としては、まず平成8年から女性部会による生ごみのたい肥化運動を実施した。3年間で地域の生ごみを20%程度、たい肥に戻すことを目標にした。その後、平成10年には家畜排泄物試験施設を建設し、乳牛、肉牛、豚の排泄物と学校給食の残販、量販店の残さをたい肥化する試みに着手した。こうした成果を踏まえて、平成11年には、年間最大製造量4000トンの本格的なたい肥づくり施設「総合有機センター」を建設、稼働させた。現在、地域の農家からはたい肥を散布してほしいという依頼が非常に多く、申し込みに応えられないほど地域の生産者の関心は高まっている。

「アグリルネッサンス構想」の推進へ

「あぐりタウンげんきの郷」と
「できたて館」
 旧JA東知多では、このような土づくりを基本にした農業復興をめざして、「アグリルネッサンス構想」を7年前に打ち出し、これまでにさまざまな事業を実現しているが、この構想の背景には地域の担い手をめぐる急速な変化もあった。
 昭和1桁代の生産者のリタイアが待ったなしの状況で進行し、不耕作地が加速度的に拡大してきた。
 70歳を超えてから150アールもの畑でタマネギやキャベツの生産などとても続けられないとの声が聞かれた。従って、そうした農地を認定農業者など若い生産者にどう集積するかが課題となったのである。
 もうひとつの問題は、今後も単品生産で地域農業を守っていけるのかということだった。これまでは大根、白菜、にんじんなど、大面積で単品を生産し市場に出荷する形態が中心だった。しかし、高齢化によって重量野菜の生産が難しくなる農家が多くなるなか、今後は、多品目少量生産に転換し地域の消費者に販売することが地域農業の振興になると考えた。
 これは高齢者であってもいつまでも元気に取り組める農業だともいえる。実際、長年にわたって大面積での単品生産に取り組んできた生産者も、昔は自分の屋敷畑で自家用として多彩な野菜を作っていた経験を持っている。私たちは、こうした技術を継承していく必要もあると考えたのである。つまり、若い担い手に土地を集積し大規模農業が可能になるようにすると同時に、高齢者であってもいつまでも農業ができるように地域の農業生産の転換を進めるのがこの構想の狙いとだともいえる。
 さらにこの構想は消費者との信頼関係の確立もめざしている。その一つが徹底した情報公開である。減化学肥料、減農薬など特別栽培農産物に取り組む生産者も増えてきたが、それをしっかり区別して販売していくなど、消費者への的確な情報伝達が今後は大切である。
 また、消費者の農業体験も計画しており、とくに来年からは学校が週5日制になるため、それを踏まえて親子で農業体験する食農教育の機会提供など幅広い交流の場をつくろうと構想している。
 具体的には、平成11年にこの構想の核となる「げんきの郷」にファーマーズ・マーケットを建設し、翌年には天然温泉施設と地域食材加工施設を建設した。休日には1万人を超える人でにぎわうようになっている。また、今年度は、農業教育のための農業塾、パソコン教室などを開くアグリカレッジやふれあいの杜の建設を進めている。

変革の兆しが明確になってきた
―― 今後はJAによる農業経営の仕組みも視野に

ファーマーズマーケット「はなまる市」で
 この構想を進めることによって確実に変化の兆しは出てきている。とくに若い後継者には特別栽培農産物づくりに関心を持ち意識転換も進んできた。また、兼業農家も元気になり周年栽培にも強い関心を持つようになってきた。消費者の顔が見える販売が励みになり、夫婦で熱心に農業に取り組む家庭も増えてきているのである。一方、消費者の反応も予想を超えるほどで、当初想定していた旧JA東知多管内のリピーターは40%程度、60%は名古屋市やそれより遠方の利用者となっている。
 私たちの地域では、このような構想のもとで地域農業振興を図っているが、今後の課題も少なくない。ひとつは高齢化による耕作放棄地の拡大は予想以上の早さで進むことが考えられるが、それに対する法的な整備も含めて対策は極めて遅れているということである。
 JAあいち知多には、アグリサービスという協同会社がある。この会社はもともと農作業を受託している意欲的な生産者のオペレーター業務を補完するのを目的としたものだったが今やオペレーターも高齢化したため、彼らが請け負っていた農地の受委託作業を会社に依頼し、自らは会社のオペレーターとして働くことを希望するケースも出てきた。つまり、オペレーターが農協に結集し、そのことで農協がかなりの農地を転作も含めて計画的に利用できる環境にあるともいえるのである。
 こうした動きを考えると、農地集積のための法的な整備と合わせ農協による農業経営の仕組み開発も急務だと考えている。
また、たとえば、多品種少量生産に転換しようと呼びかけても、今のところJAには生産者への助成や特別融資などの支援策がないが、今後はこうした取り組みも重要になる。
 同時にこのような具体的な取り組みを通じて行政が描く地域農業振興計画に参画することも農協にとって大きな役割だ。また、今後は、農産物の販売面ではJA同士の連携も大切になる。農協組織はこれまで縦系列であった。もちろん金融・共済では縦系列を強めることによって組合員利用者の信頼を高めなければならないが、農産物の販売など経済事業の一部は近隣農協と手を携えて消費者のニーズに応えていかなくてはならない。
 「げんきの郷」では、今、1本100円のにんじんより、200円のもののほうが先に売れてしまうということがよくある。安ければいいと思っている消費者ばかりではないことに生産者が勇気づけられいるのがこの取り組みの成果のひとつでもある。また、生産者名を記したシールを取っておき、そのシールを持って再び買いにきてくれる人もいる。土を元気にする取り組みが生産者をはじめ地域の人々の元気創出になってきたと感じている。


農業協同組合新聞(社団法人農協協会)
webmaster@jacom.or.jp