◆求められる「言行一致」
BSE問題、偽装表示事件、無登録農薬問題などが発生し、国民・消費者の食品に対する不安・不信感が増大し、社会問題となっている。1980年代に円高で農産物の内外価格差が拡大し、その後、外国産農産物との競合のなかで、われわれは「安全・安心」をスローガンに国内農産物のPRをしてきたが、現在、その根拠を行動と事実で示すこと、すなわち「言行一致」が求められているのである。
政府も、「リスク・アナリシス」に対応した食品安全基本法の制定、JAS法、農薬取締法、食品衛生法の改正、牛肉をはじめトレーサビリティ・システムの構築など、食品安全行政の体制整備をすすめている。
そのようななかで、食品危害から消費者を守り、生産現場のリスクマネジメントを図るため、トレーサビリティの必要性、重要性について認識が高まってきている。トレーサビリティの確立、すなわち、農産物の情報開示型流通は、販売の付加サービスや差別化戦略という位置づけではなく、食の安全・安心対策の根本的解決策として、今や農産物流通の社会的インフラ整備としての次元の位置づけへ変わってきている。
マーケティング論的にみても、トレーサビリティとアカンタビリティは重要である。食料の安全・安心対策では、消費者と生産者の利害は一致する。当然ながら、消費者の利益は健康と安全の確保である。生産者の利益は、食料の安全確保と情報開示により消費者の信頼=安心を得ることによって、市場を確保でき、所得の機会を得られることになる。
「すべての道は顧客に通じる」。これがマーケティング思考である。また、最近のマーケティング理論では、「リレーションシップ・マーケティング」といって、「関係性」を重視した戦略論が展開されている。つまり、「差別化戦略による取引・販売」から「長期的な関係づくり」を主眼においた戦略へのシフトである。買い手と売り手の信頼関係がつくりあげられれば、双方満足の一体化と共創価値が実現する。
これからの農産物マーケティングでは、「安全・安心な食の提供」に向けた正確な情報開示(ウソをつかない・つけない)が顧客づくり・関係づくりの決め手になる。そして、生産現場にとって、何のために、誰のために、どのような農産物を作るのか、という「農業哲学」や明確なビジョンが求められる時代となってくるだろう。
◆生産履歴記帳運動
JAグループにおいても、食の安全・安心確保に向けて、生産者とJAの間で生産基準(栽培暦)の協定を結び、圃場を登録し、その生産基準を遵守、それを記帳し、消費者・取引先に情報開示していくという「生産履歴記帳」の取り組みをすすめている。今や、この取り組みができない産地は、「有利販売」以前に、売り場さえ確保できない、あるいは、産地として認められないという状況となっている。
この取り組みは、JAが多様な生産者を生産基準(栽培方法)毎に束ねて、営農指導に基づく販売事業を行う主体としての自己確立運動といえる。つまり、JAは、集荷団体から脱皮し、農産物を責任と自信をもって販売する主体として事業展開できるようになる。
また、この運動は、消費者に安全・安心を届けることはもちろん、産地を守るためのリスクマネジメント機能(事故発生の未然防止・予防、何かあった場合の農産物回収や原因分析)と日本農業の「質」を高めていくという意義を持っている。記帳の積み重ねによるデータ蓄積により、生産資材の効率的使用によるコスト低減など農業経営の改善や減農薬・減化学肥料など生産基準の見直しによる環境保全型農業の面的拡大につなげていくことが重要である。
そして、より発展的には環境保全型農業を促進するため、消費者と生産者が交流するなかで、一体となった「環境監査」をすすめ、農業の多面的機能の理解と環境負荷の軽減を図り、新たな地域協同活動の展開につないでいくことが重要であろう。
消費者からの信頼回復の決め手となるトレーサビリティだが、まずは、生産現場の意識改革である。今般、JAS法、農薬取締法の罰則規定が大幅に強化されたが、禁固刑や罰金の大きさより恐いのは、消費者の不信・不買であり、ウソをついたら産地がつぶれるという時代認識であろう。生産履歴の記帳・開示ができなければ、産地として認められない時代になったこと、風評に対して「無実」の証明ができるものがないと産地として取引停止になる場合もあり得るという認識を新たにする必要がある。
逆に、受け身でなく、自分達の農産物の生産基準と安全基準(残留農薬検査など)を、自ら積極的に情報発信していくことが求められる。さらに、今後の課題として第三者機関による検査・認証システムの構築を急ぐ必要がある。
◆双方向のコミュニケーション
JA全中では、消費者の食品の安全・安心に関する意識や情報ニーズについて、インターネットを使ったオンライン会議とアンケート調査を行った。「安全・安心」な農産物として、回答が多かったのが「表示にごまかしがないこと」である。一連の偽装表示事件で、表示に関する消費者の不信感は強い。関連して、トレーサビリティの確保についても、(1)事故発生の場合の商品回収や原因究明の迅速化、(2)食品の安全性や表示に関する信頼性の確保という大きな2つの意義のうち、後者に意義を認めた回答が多かった。そして、トレーサビリティについて第三者機関による検査チェックを要望する声が強かった。また、「有機」「減農薬」の定義や区分についても理解されていないことが分かった。
今回の調査から浮かび上がってきたのは、究極の信頼回復は、生産者と消費者の双方向コミュニケーションであるということだ。会議参加者からは、「気持ちのつながりが大事」「食べた人からの声を作る人に届けたい」「田植えや稲刈りなど生産者と消費者が交流できる場がもっと増えればよい」などの声が寄せられた。さらに、ディスカッションの進行につれて、「消費者自身が自覚をもって行動しなければ何も変わらない」「今回の会議で食品を選ぶときの基準や食生活が変わるだろう」といった声も多数聞かれた。コミュニケーションを契機に参加した消費者の意識改革が進んでいることを実感した。
信頼回復に向けて、生産履歴の情報開示とコミュニケーションの推進は避けて通れない課題である。生産履歴を記帳し、ただ開示すれば事足れりではない。JAの説明責任に基づくコミュニケーション能力の向上が求められている。「消費者は農業のことが分かっていない」と嘆くばかりでは何も改善されない。消費者が食の安全・安心についてどのように考え、どんな農産物を(虫がついたりして外見が悪くてもいいのか)、どんな情報を求めているのか、何が分からないのか、そういう率直なコミュニケーションを繰り返し、消費者の不安と困っていることを認知するとともに、そこに目線を合わせて、生産現場として現段階でできること、できないことを正直に情報発信していくことが重要である(“ええカッコしい”は逆に危険、正直は最良の策である)。
食に関するリスクコミュニケーションは、情報の送り手と受け手の相互作用過程と考えられ、双方向の情報の共有化が求められる。まさに、食のインフォームドコンセントは、生産、流通、消費を通じるフードシステムのそれぞれ構成主体が政策決定とそのリスクについて責任を負うということであり、その社会的責任の自覚と情報リテラシーの成熟がなければ成功しない。情報開示を通じた消費者とのコミュニケーションを愚直に続けなければ、食の信頼は戻ってこない。
◆正直、雄弁なJAをめざそう
消費者に届けられる食品の安全・安心に関する情報が不足しており、それが不安の原因となっている。特に、農薬については、生産者から裏切られたという無登録農薬問題ショックの影響が大きいが、消費者はほとんど知識がなく、「農薬は悪」という認識が強いのが実態である。川上と川下の間で情報の非対称性が大きいなかで、農薬の使用状況等についての情報発信は、逆に不安を惹起する可能性もある。例えば、なぜ農薬を使わなければならないのか、使わないとどうなるのかなど、あるいはまた、環境保全型農業への努力や試行錯誤について、分かりやすく、かつ誤解を招かないよう、情報提供の内容・方法、説明の仕方・言葉使いにも気を配り、両者が「共感」「納得」するまでギャップを埋めていく努力が求められる。その意味で、“聞き上手”で、かつ雄弁なJA・産地にならなければならない。
そして、何より、食品安全行政の法制度の見直し・強化のなかで、生産者サイドのコンプライアンスは当たり前の話として、ロッジデールを持ち出すまでもなく、JAグループは協同組合としての精神、すなわち、「正直・公正」の行動規範・モラルをフードチェーンの構成主体として、さらには社会的使命として胸に刻み込む必要がある。「正直の儲けは身に付く」とも言うではないか。
「身心一如」。人間は身と心が一緒になって、その人間を作っているように、産地も身体としての農産物と「生産の心=倫理」の双方を鍛えることによって高度な産地を形成することができる。 (2003.4.2)