水田農業はいうまでもなくわが国農業の基幹である。水田をどう利用するかが、自給率の向上や多面的機能の発揮に結びつく。地域にあっては、生産者がこの水田にどう関わっていくのかが、地域づくりに直結する。新潟県のJA越後さんとうでは、JAの営農指導と生活活動を両輪に総合的な地域農業振興計画を考え、農業を花形産業とする地域づくりをめざしている。
◆話し合いによる地域の合意を重視
JA越後さんとうは、平成13年3月に合併した。寺泊町、和島村、出雲崎町、与板町、三島町、そして長岡市をはさんで越路町の5町1村が管内となった。
同JAは、合併初年度に「農業振興計画・生活活動基本計画」を策定した。
ここでは、旧JA越路のこれまでの取り組みをふまえて、同JAがめざす地域農業づくりについて紹介する。
☆営農・生活活動一体の事業、運動を
越路町は、人口1万4600人。総世帯3953戸のうち、農家戸数は986戸、渋海川に沿って24の農業集落がある。
約1650ヘクタールの農地のうち水田面積割合が82.3%。農業粗生産額21億8000万円のうち米の販売額が72%になるという、まさに米中心の町で、稲作単一経営の割合が高い。
それだけに、米の消費減退と米価の下落は、農家の所得の減少だけでなく、地域経済全体に影響を与えた。厳しい状況のなか、町とJAにとっては複合農業の実現や担い手育成が営農の課題となっていた。
一方、消費者の農業、農村に対する期待は、食への安心感のほか、環境保全、さらには文化の継承などを望むようになっている。
同JAの今井利昭部長は、こうした消費者のニーズは「JAの組合員であっても同じ」と指摘、たとえば、環境問題や食品の安全性、さらに健康、福祉問題などは農村部でも大きな課題となっている。
この課題の解決を担うのは、JAでいえば生活活動ということになる。つまり、農業振興による地域づくりとは、単に営農部門が役割を発揮するだけではなく、生活活動も一体となった事業や運動の構築が求められる。
「地域農業づくりには、JAの全職員が参加しなければできないということです」と今井部長は強調する。
このような認識のもと、地域の抱える課題と消費者、地域住民のニーズをふまえて、JA越後さんとうとしての経営理念を
(1)環境にやさしい未来農業をめざして
(2)地域とともに、地域社会との共生
の2つを掲げた。
今井部長によると、この経営理念実現のためのキーワードは、「マーケティング」と「コミュニティー」だという。
マーケティングとは、「環境にやさしい未来農業」を実現するため、生産、販売、購買、さらには金融・共済までも視野にいれた戦略づくりに不可欠である。
一方、マーケティングから得られた今後の農地の利用法や栽培法、さらには経営体のあり方などは、もうひとつの経営理念「地域とともに、地域社会との共生」をも実現するものでなければならない。
そのために、コミュニティーをキーワードにし「話し合いによる地域の合意形成」の実践を重視した。
集落での合意形成という姿勢をきちんと組合員に提示して、農業生産の再構築に取り組んできたのが大きな特徴だ。
◆「人」「土地」「もの」で地域農業づくり
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JAが生産法人の育成を支援。
土地の利用やハウス利用による周年営農を実現
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地域農業づくりで、課題となるのは担い手像だろう。この点、同JAは、最初から生産法人や認定農業者だけでなく集落営農も重要な担い手として位置づけている。
「国は、国内農産物の自給率向上を掲げたが、そのためには生産法人だけでいいのか」(今井部長)というのが現場の実感だからだ。たとえば、農地利用にしても、水稲以外に大豆、そばの作付けも増えて一定程度の水田高度利用は実現してきた。しかし、野菜や果樹の生産も考えると「女性や高齢者の役割も大切になる」。それが組合員の力による米単作から総合産地への転換にもつながることになる。
今井部長は「認定農家」という考え方を強調する。
高齢者も含めて家族ぐるみで農業に携わっている家や兼業農家も地域の担い手として“認定”することが大切だと考えている。生産法人も集落営農を基礎にしながら育成してきた。
こうした基本的な考え方をもとに実践してきた地域農業づくりを「人」、「土地」、「もの」に分けて具体策をみていくと以下のようになる。
「人」とは、まさに経営体の育成支援だが、課題は(1)多様な経営体の育成と持続可能な農業の追求、(2)低コスト農業の確立−−であった。
まず集落の合意形成を実践するために、集落の農家組合長に相談機能を集約した。農地利用集積や集落営農づくりにみなが合意するには、JAだけではなく農家組合長がキーマンになると考えられたからだ。また、合意形成には時間がかかることが予想されたことから、任期を1期3年とした。
そのうえで認定農業者がいる集落では農地の集積をすすめ、一方では兼業農家を含めた集落営農の育成を行い、農作業の受委託などを進めてきた。
また、生産法人育成のため、生産法人が水稲の育苗販売を行い、JAが農家への苗販売の橋渡し役をするという支援策をとった。
周年もち、そば、みそ加工、野菜生産など複合経営を推進し、JAがそれらの販売流通を援助した。低コスト化に向けては、JAによる農業機械のリースや施設の共同利用も促進した。
さらに生産法人ごとに営農センターの担当者を決めて、個別に経営分析指導にあたる体制もとっている。
マーケティングの面では「産地ブランド形成協議会」を設置。毎月1回、作物ごとに協議会を開催し、参加した実需者、小売店、地域住民と品質や生産のあり方について意見交換を行い、課題を把握している。この協議会はJAが掲げた「環境にやさしい」農業が実現されているかどうかを定期的にチェックする機能も持つといえる。
集落機能の維持や環境保全のために女性農業者や高齢者も参加した園芸振興や景観作物栽培、学童農園の開設にも取り組んだ。
◆高能率生産体制と集落営農システムで
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土壌診断に基づきデータを集約。
土づくりに生かし高付加価値米の生産に取り組む
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「土地」の面での課題は(1)団地化、組織化、機械化などによる高能率生産体制づくり、(2)地域連携協定による集落営農システムづくり、だった。
具体的には、転作の団地化や水系別ブロックローテーションの確立のほか、生産調整の不公平感を是正するため飯米農家も含めて全戸加入の地域とも補償基金の造成を行い、農地利用が円滑に進むよう工夫した。
また、集落の合意で計画された農用地利用協定をJAと集落が締結する事業を導入し、農地の効率的な利用の実効性を確保した。合わせて、JAに小作料設定委員会を設置し、農地の条件、土壌の違いなどを踏まえて、貸し手と借り手双方が納得できる小作料の設定にも取り組んでいる。
産地ブランド形成のためには、すべての生産者が一定の品質を確保できる農業を実践しなければならないが、そのために販売戦略に基づいた土づくりの必要性を組合員に説明し、JAが製造したたい肥の散布、土壌診断に基づく肥料・農薬の予約を進めた。
農薬の空中散布は昭和40年代後半より中止し、平成10年には「ホタル飛び交う有機の町」宣言をしている。
◆マーケティングの視点で「もの」を活用
「もの」とは、JAの設備、施設の活用だが、課題は「情報の収集、分析」による活用をめざした。
たとえば、精米所やカントリーエレベーター(CE)や低温倉庫といった米の“商品化”に関わる施設の利用法の販売戦略を考えて、品質別に受け入れる体制とした。倒伏米や雑草混米及び病害虫の被害によって品質が劣る米はJAのCE施設では受け入れない、などで個別乾燥荷受けの方針も打ち出している。
ITの利用も生協へ栽培情報などを流すなど、広域販売のために利用法を考えたほか、土壌分析結果のマップに取り組んだのも品質管理による有利販売をめざすため、といったように、いわばマーケティングの視点での「もの」の活用をしたといえる。
◆公平の原則も地域の合意が基礎に
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米・麦・大豆の需要に応じた生産が求められているが、JAでは県内食品産業などと大豆の契約栽培を進めている |
このような実践の結果、米では「越路の華」としてブランドが確立。たとえば、減農薬減化学肥料によるコシヒカリの栽培面積は、220ヘクタールとなり、東京都からは環境に優しい越路米として、都の認定を受けている。生産者の手取り価格は6キロ2000円加算される。また、実需者のニーズに応えた契約栽培のコシヒカリの栽培も増え、こちらは800円が加算される。さらに地元の酒造業者との連携で酒造好適米「千秋楽」「たかね錦」など作付けも増え、これらは業者の品質基準で60キロ600円から4000円が加算されることになっている。
また、大豆では「こしじむすめ」ブランドとして契約栽培で確立しようとしている。
これまでの取り組みで集落営農を基礎にした生産法人は8、任意組織は6に、8つの法人を含め認定農業者は目標とした70人を実現した。こうした経営体への農地集積は加速し、越路町で25.7%。425ヘクタールとなっている。
また、ブロックローテーションの確立により転作地の団地化率は75%となっている。
今後は、畜産・園芸の振興を目標にし、少量多品目目生産をめざす。そのために高齢者や女性、地域住民も加わった「100人委員会(仮称)」を設立する構想もある。
今井部長によるとここまでの実績を上げるのにJAとして発想を変えたのは、「平等から公平へ」だったという。
たとえば、米の価格にも差をつけるのは、集落で合意し、新たな米づくりにチャレンジすれば、きちんと結果として返ってくるということ。施設の利用料金や生産資材価格も利用率や経営規模によって弾力的な対応をしてきた。こうした公平の原則も地域での合意が基礎にある。
「地域をピラミッドに例えると、逆三角形の上辺は組合員。私たちは底辺です。その意識が常にないと組合員の合意のもとで地域農業づくりはできません」と語る。今後、さらに発展させていくため「400人のJA職員のうち、300人を営農・生活部門のスタッフにする」という構想もある。