農業協同組合新聞 JACOM
 
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特集:決意新たに。経済事業改革のめざすこと

対談
食と農の距離を縮める全農安心システム
全農安心システムのめざすもの キーワードは「限りなき前進」

氏本長一 宗谷岬肉牛牧場長
原 耕造 JA全農大消費地販売推進部
            安心システム総合推進グループリーダー

 JA全農の今後の事業展開のひとつの柱になっているものに「全農安心システム」に取り組む産地の拡大がある。このシステムは食の安全性の確保はもちろんだが、基本コンセプトは食と農の距離を縮めること。生産者と消費者で栽培方法などを決めお互い納得して生産し消費するということだ。それによって国産農畜産物の信頼獲得や農村地域に対する理解の広がりをめざす。今回はこのシステムの第一号認証を取得した宗谷岬肉牛牧場の氏本氏とJA全農の原氏に全農安心システムのめざすものについて話し合ってもらった。

◆格付けではなく消費者の納得を得るためのシステム

氏本 長一氏
うじもと・ちょういち 昭和25年山口県生まれ。帯広畜産大学卒業。稚内市営牧場長等を経て、平成7年より(社)宗谷畜産開発公社の常勤理事・宗谷岬肉牛牧場長。

  食の安全性への関心の高まりのなかで全農安心システムがクローズアップされています。しかし、最初にこのシステムを考えたときは、食の安全性確保を無視したわけではないけれども、基本コンセプトは食と農の距離を縮めるということでしたね。当時の思いをまず振り返ってもらえまえんか。

 氏本 私が全農安心システムをつくろうという話に注目したのは、どのように牛を飼いどういう畜産物をつくろうとしているのかを地域の人やわれわれの会社の株主など関係者に分かってもらうという開かれた経営をしたいと思っていたからです。それが信頼関係を築くことになり、単なる安全ではなく安心にまで踏み込めると思いました。
 ただ、開かれた経営といっても、自分たちが何を知ってほしいか、何を伝えたいのかが大切ですね。それは地域の環境を大切にした農業ということでした。そして、その環境重視農業は、生産者にとっても消費者にとっても利益があるということを伝えたいと思ったわけです。
 何か認証を得れば有利に販売できると考えたわけではありませんでした。

  確かに最初は、有機農産物の認証を取得するなど差別化戦略として議論がスタートしました。しかし、法律や制度による格付けについて消費者は本当に信頼しているのかという疑問にぶつかったわけですね。生産者は格付けというお墨付きがあれば高く売れると思っているが、実は消費者が本当に望んでいることは格付けではなく、自分たち自身が納得して買う、そのように意識が変わってきているということに気づかなければいけないということでした。これが安心システムを構築する過程の転換でしたね。
 そこでシステムとしては、生産者のみなさんが自分はこのようにがんばって生産しているということを伝えること、それが今いちばん大事ではないかということになった。つまり、差別化商品でもなければ格付けでもないということです。

◆農業のビジネス・モデルとコミュニケーション・モデル

原 耕造氏
はら・こうぞう 東京都出身。昭和50年大学卒業、同年全農入会。57年本所・首都圏販売事業部・販売企画室、61年ドイツ・デュッセルドルフ駐在員、平成2年東京支所・住宅部・農住課、6年本所・大消費地販売推進部、12年検査認証事務局長兼務、15年全農安心システム総合推進グループリーダー、現在に至る。主な著書『新しい証券市場の創設と環境資産管理』(日本計画行政学会)『これからの農協産直(家の光)』他。

 氏 売る側の一方的な思いは必ずしも消費する側のこうしてほしい、という要望とかみ合っていない。それをどうマッチングさせるかといえば、結局はつねにコミュニケーションをとるなかでお互いの思いというものをすりあわせていくしかない。
 一部の生協での有機栽培などの産直活動ではそれが実現していたかもしれませんが、産地全体が取り組める可能性のあるものとしての手法がそれまでなかったわけですね。そこを全農がどこの産地にも適合可能な普遍性のあるシステムとしてつくろうとしているという点で非常にいいことだと思いました。ビジネス・モデルでもありコミュニケーション・モデルでもあるわけです。

  BSE発生以降、食の安全性がクローズアップされて、それを解決する手法としてトレーサビリティの考え方がでてきましたが、それがすべてを解決してくれるという風潮になっている。もちろん生産履歴が遡及できるのは食の安全にとっては大切ですが、いちばん大切なのは生産者自らがどういう農業をするのかについて情報を発信していくかです。
 先ほど地域の環境を大切にした農業ということでしたが、なぜそう考えたのかを聞かせてください。

◆まず自らの農業の姿を描くこと

 氏本 宗谷岬牧場は海に囲まれていて沿岸は北海道でも有数の漁場です。ホタテや昆布、毛ガニなど良質な海産物が穫れますから、漁師も漁場にプライドを持っています。そういう地域にわれわれが牧場をつくって牛を飼うときに、漁場を痛めるような飼い方をすれば稚内の大きな産業を痛めることになります。肉牛経営を地域に貢献する産業にするには漁業者に受け入れてもらえるような牛の飼い方をしなければいけない。それが私が就任したときの考えだったんです。
 ですから、全農安心システムに取り組んだから化学肥料の使用をやめたとか、農薬使用をやめたということではなくて、地元の漁業者と共存共栄できる牛の飼い方を考えれば水質に悪影響を与えるようなことはできないということだった。では、どうやって牧草を肥培管理するのかというと牛糞で有機たい肥をつくって牧場に還元しようと。
 結果的にそうすることが消費者の求めている畜産物の販売につながったということであって最初からそれを狙ったわけではありませんでした。

  自分たちの農業生産を考えるとき、多くは消費者が望んでいるから、ということで決めていますね。しかし、そうではなくて消費者のことはもちろん考えなくてはなりませんが、その前に大事なのはまず自分たちが地域で農業をするためには最低限こういうことをする、と決めることです。
 消費者から言われたから農薬の回数を減らすということではなくて、自分たちがどんな農業をやるのかを決める。生産者の自己意識改革が大事だと思いますね。

全農安心システム

 氏本 全農安心システムは、あくまでも道具です。その道具を使って何を伝えていくか、そのストーリーは産地側で考えるということだと思っています。生産者自身が自分の頭でその生産者にしか書けないストーリーをつくらないことにはこのシステムは意味がないということです。

 原 ですから、いわゆる基準というものがないわけですね。しかし、当初の議論ではなぜ基準がないのか、減農薬・減化学肥料栽培といった基準があってはじめて認証システムといえるのではないかとずいぶん言われました。極端にいえば、全農安心システムでは、有機栽培であれ慣行栽培であれ、そこは問わないというシステムなんですが、なかなか理解されませんでした。
 どういう栽培法を基準にするかということではなくて、それぞれの産地なりの今の自然条件、経済的な状況のなかでがんばれる生産方法でいいわけです。それを消費者に伝えていこうということですが、もちろん今の生産方法でよしとするのではなく、毎年どういう努力をしていくのかということも消費者に伝えていくんだということです。

◆問われる生産者の説明責任

原 耕造氏

 氏本 いわゆる慣行栽培であっても私は「慣行」の意味を考える必要があると思っています。
 慣行というのは、誰もがやっているということですね。たとえば、農薬の散布回数が2回だとして、では、なぜ2回なのかと聞かれたときに、これは誰もがやっていることです、では消費者に説明したことにはならない。そうではなく自分自身がその必要性についてきちんと説明できなければならないと思います。つまり、無農薬栽培がいいというのではなくて、農薬を使っていてもきちんと説明責任を果たせるかどうかが問われているということだと思います。

  また、このシステムでは検査し認証するということになっています。ではなぜ検査・認証するのかということですが、そもそも自立した生産者と消費者がいれば必要ありません。しかし、まさに生産者が自己責任できちんと生産するということを考えてほしいということなんですね。検査・認証はある意味では外からのプレッシャーになるわけですが、そのことによって自立を支援するということです。
 ですから、検査員が来て認証してくれればそれでいい、という意識で捉えてしまえば、本当の意味で生産者も消費者も変わらないということになります。
 こういう議論のきっかけのひとつにヨーロッパでの国際有機農業者連盟(IFOAM)の生産者との協議もありましたね。
 彼らが指摘したのは非常に単純なことで、日本の気候風土のなかで、自分たちで最大限の努力をして持続可能な農業をやるということが大切だということでした。有機農業の国際的な基準があってそれをクリアしなければならないという話ではない。アジアの風土のなかでがんばる、そしてそのがんばっていることを消費者に伝えることをやればいいのではないですか、というのが結論でした。

◆農業のグローバルスタンダードは「持続可能性」

氏本 長一氏

 氏本 あのときの議論の典型的な例がホルモン使用の問題でした。IFOAMが考えている基準ではいかなるホルモンも使用してはならないとなっていました。ただ、宗谷の気候では衛生条件の良い夏の限られた期間内に子牛を産ませないと弱い子牛になって死亡率が高くなる。ですから、受精時期も限られるので発情同期化ホルモンを使わなければならないと考えていたが、彼らの基準では使えないことになるなと思っていた。ところが、IFOAMの幹部が、日本は日本でしょう、と言った。
 私は目から鱗が落ちたといいますか反省しました。誰かが基準を作ったからそれを守らなければいけないということではなくて、宗谷で牛を飼うのは自分なんだ。このホルモンを使うことがベストだと思うなら、責任を持って自信を持ってその生産方法を実践すればいいということです。それからは自分が説明責任を果たせる技術であればそれは採用してもいいという考えを持つようになったわけです。

  グローバル・スタンダードというと、なぜか思い込みがあってそれに従わなければならないとみな考えてしまう。しかし、地球環境全体に影響を及ぼすというならともかく、それぞれの国、地域自らが特性を認識したうえで農業生産のあり方を考えていいということなんですね。農業のグローバルスタンダードは持続可能性だと思います。

◆全農安心システムの拡大がJAグループへの信頼高める

 氏本 私はこのシステムは全農が取り組んだことに意味があると思っています。
 たとえば、われわれは生協との取引のなかで、消費者から非遺伝子組み換え飼料を使えないかという声が出ました。私は全農が協力してくれるなら可能だと思ったわけですが、実際に飼料工場に非遺伝子組み換え飼料のラインができて、日本で初めての例となりました。

  まさに生産者と消費者の共通の価値創造が実現したんだと思います。全農には販売から購買までの部門がありますが、販売担当者も飼料担当者も氏本さんたちと一同に会して議論した。コストはかかるが飼料にこだわった肉牛だということを全員が認識した。その意味では流通に携わるわれわれの行動も変わっていったということですね。

 氏本 全農安心システムはどの産地でも生産者自らが意欲をもって取り組めば活性化していく可能性をもったシステムです。全国どこの産地でも可能性があるというシステムだという点でJAグループならではのものだと思いますし、逆に全農安心システムを広げていくことにJAグループの存在意義があるのだと思います。
 ただ、このシステムは認証をとればそれで済むというものではありません。スタートしてからが大事です。私も当初の精神を忘れないように最先端の意識を持ってチャレンジしていきたいと思っています。

  今、非遺伝子組み換え飼料製造は全国の工場に広がりました。その突破口となったのが氏本さんたちの取り組みであり、つまり、全農安心システムが全農の事業を変えることにもつながったわけです。
 全農安心システムは、食と農の距離を縮めるという運動として限りなき前進が基本です。常に時代革新性を持って進みたいと思います。今日は、ありがとうございました。

(宗谷岬肉牛牧場の概要)
 (社)宗谷畜産開発公社が経営する、日本最北端宗谷岬の丘陵部に位置する、面積1580ヘクタールの国内最大級の肉牛牧場。アンガス種や乳交種に黒毛和種を交配させ、繁殖から肥育まで一貫生産を行う。常時飼養頭数は3000頭、年間肥育牛出荷頭数1200頭。「宗谷黒牛」は、2000年に全農が国内農畜産物の履歴管理を目的に発足させた「全農安心システム」の第1号認証産品。

(2003.8.27)


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