農業協同組合新聞 JACOM
 
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特集:第23回JA全国大会特集 改革の風を吹かそう
    農と共生の世紀づくりのために

インタビュー
時代に相応した進化が力に

長谷川 久夫 (社)日本農業法人協会会長・(有)みずほ代表取締役
インタビュアー:木南 章 東京大学大学院助教授

 農協組織と農業法人は敵対しているようにいわれるが、同じ環境で農業をする農業者の組織だから、互いに切磋琢磨できる場をつくり、これからの方向を議論すべきだと、長谷川会長は強調した。そうした立場から、これからの農協組織のあり方について率直に語ってもらった。聞き手は木南章東京大学大学院助教授。


◆価格・量ではなく、質の競争を

 木南 最近、農協のあり方についてさまざまな提言がなされていますが、長谷川さんご自身あるいは大規模経営、法人経営の皆さんは、農協をどのようにみておられますか。
長谷川会長
(はせがわ ひさお)
昭和23年茨城県生まれ。茨城県立谷田部高等学校卒、鯉渕学園特選科修了。茨城県筑波郡谷田部町議会議員、つくば市議会議員を経て、平成2年(有)みずほ設立(代表取締役)10年茨城県農業法人協会会長、15年(社)日本農業法人協会会長。

 長谷川 時代に即した農協組織のあり方が問われていると思います。問題は、時代に即応していない部分はなにかということです。農協改革への提言で「競争」ということがいわれていますが、大事なことは「価格」と「量」の競争になり「質」が忘れられていることです。質の競争をするために、農協が営農指導をキチンとやり、組合員を自立した経営者にしていくという視点をもつべきです。例えば米の場合、生産コストに関係なく、作れば相手が価格を決めてくれてそれなりの価格で売れました。だから農家自身が経営者たりえなかった。しかし、米政策も社会のニーズに合ったものになってきているし、消費者も質を求めていますから、質のいい農産物を作る自立した農業者を育てないで、価格や量の競争だけをやっていては、消費者は離れていきます。
 いま国民1人が年間平均60kg米を食べていますが、米代を1日100円出してくれれば1年で3万6500円となり、1kg600円の米ということになります。農家の諸々の経費が30%とすると約3万円くらいが手取りになるので、米農家でも生きられるわけですよ。ところが、1s600円の米は高いと消費者に感じさせている要因があるわけです。それは従来の販売のあり方が米政策の上に胡坐を欠いて、生産者の自己主張と自己責任を問わなかったからです。

◆違いが分かればモノは動く

 木南 「みずほ」を経営されていますが、消費者の求めているものをどう感じていますか。

木南先生
(きみなみ あきら)
昭和37年東京都生まれ。東京大学大学院農学系研究科修士課程修了、農学博士。主な著書に『新時代の農業経営への招待』(分担執筆、農林統計協会)、『フードシステム学の理論と体系』(分担執筆、農林統計協会)など。
 長谷川 消費者が求めているのは、美味しさと安全・安心です。安全は栽培履歴であり、安心は置き換えれば美味しさです。いままでは量だけを求めていたから、美味しさとはかけ離れていた。美味しい農産物という視点に立てば、栽培方法に気がつくわけで、早く質の問題に入るべきです。みずほでは、生産者が違う1kg400円の米と800円の米が並んでいますが、400円の米が10トン売れるときには800円の米が4トン売れていて、農家の手取りに大差はないんです。

 木南 いろいろな消費者がいて選択しているわけですね…。

 長谷川 消費者は違いを求めているんです。どの米を食べても米は米だけれども、魚沼産の米が爆発的に売れるのは違いがあるからです。違いが分かるからモノが動くんです。農協の指導はどうしてもロット・量だけを追ったから違いが出てこない。一元出荷は効率面からみれば意味があったかもしれないが、消費者からみれば違いが分からないからマイナスだし、リピーターになりえなかった。そして努力した生産者は報われない…。

 木南 だから、量の競争から質の競争にいくべきだと…。

 長谷川 量を求めたのは消費者ではなくて、量販店などの販売業者が品切れを恐れたからでしょう。そして、消費者はいつでもあるという錯覚に陥っているわけです。日本人は農耕民族ですから、生産することでお互いに生活するという原点をもう1度考えるべきではないですか。産地間競争という名の下にそういうことが忘れられ、消費者が離れていったわけです。CVSは、米を商品としてキチンと位置づけ、おにぎりの質を求めたから、ここまで伸びたと思います。そうでなければ、ここまで伸びなかったと私は思います。

 木南 CVSのおにぎりはけして安くありませんね。

 長谷川 消費者は安いものは必ずしも求めていません。安心で美味しいものを求めているわけです。

 木南 時代は変わった…。

◆販売事業が伸びなければ農家は豊かにならない

 長谷川 昭和30年代までの食糧難の時代をいつまでも引きずることはないわけです。「継続は力」というのは間違いだと思います。「時代に即応した進化」が力ですよ。

 木南 農協が時代に即応するためには何が必要ですか。

 長谷川 農協は農業経営者の集まりであるのに、農業経営という基本部分を離れて、金融とか共済とか入りやすいものに頼ったわけです。この基本部分をキチンとやることが農協改革で一番問われていることだと思いますね。キチンとした経営者を相手にしなくては農協そのものも伸びないと思いますよ。

 木南 営農指導の重要性を強調されていますが、農協は技術指導はできても、経営者指導的なものはもともと持っていませんので、まず、農協自身がスタッフの育成をしないといけないのではないかと思いますね。

 長谷川 まず、農協職員が農協職員としての自覚を持つべきですね。自らが経営者感覚を持たなければ、生産者にそのことを問うことはできませんから。そして、理事や総代にもキチンと経営をしている人を選ぶような仕組みにするべきですね。

 木南 農協職員も経営感覚を持ち、農業経営者と一緒にやり、リスクも負うことですね。

 長谷川 農協は総合商社的な発想があり、販売事業よりも購買事業の方が大きくなって、購買事業だけで農協経営を成り立たそうとしているけれども、販売事業が伸びなければ農家は裕福にならないんですよ。

◆「農業は環境産業」を前面に

 木南 そうすると産地間競争という問題がでてきますね。
長谷川会長

 長谷川 量の産地間競争ではなく、質の産地間競争をするべきです。同じ作物であっても産地ごとの質を問うべきなんです。どんなに優れた農業者でも作物を作ることはできません。農業者にできることは、その作物が育つ環境づくりなんです。だから農協は「農業は環境産業だ」ということを打ち出すべきです。農畜産物を育てやすい環境は、そこに住んでいる人にとってもいい環境ですね。だったら消費者は応分の負担をすべきだと思います。「これだけの米を作るには1kg600円かかります。1日100円の負担でこれだけの環境が維持できるんです」と消費者に強烈に訴えるべきだと思います。そのことで、買ってもらえる農産物から、売ってやれる農産物になる…。

 木南 環境を前面に出していくことは地域ごとの違いを出すことでもあるわけですね。

 長谷川 同じキャベツでも産地が違えば環境が違うのだから、味も質も違って当然だというコンセンサスを得られるように農協が一丸となって取り組むべきだと思いますね。
 なぜ農業者が無登録農薬を使わざるをえなかったかといえば、使わざるをえない状況があったからですよ。それは、価格と量のみを追いかけたからです。雪印があれだけの問題を起こしたのも価格だけを追ったからで、質を問うていたら起きなかったと思います。そのことを農家にも消費者にもしっかり分かってもらうことが農協の仕事だと思いますね。

◆画一化ではなく適地適作適材適所が基本

 木南 みずほを始められて10年以上経ち、つくば周辺でもいろいろな動きがでてきていますが農協からの反応はどうですか。
木南先生

 長谷川 基本的に同じ農業者ですから、敵対することはなにもないわけです。いままでの農業界にはなかったことですが、互いに切磋琢磨すればいいんです。他の産業ではそうやって伸びてきているわけですし、農業法人はやってきています。そして、規模の大小ではなく、1農業者として再生産でき生活できればいいわけですから、互いに理解し合い議論することだと思います。議論することが農村社会では少なくなってきていることが問題です。議論をしなくなったから仲間がいなくなったんだと思いますね。

 木南 議論する場をつくることに汗を流せということですね。
 話は変わりますが、資材の価格が農協は高いといわれますが、本当に高いんですか。

 長谷川 例えば肥料の場合、単に窒素・りん酸・カリと表示するのではなく、どういう窒素なのかをキチンと表示すべきです。そしてこの土地でこの作物を作るならこの肥料がいいという情報を提供すべきです。それをしないから、単に高い安いという話になってしまうわけです。これは資材などでも同じことがいえますね。

 木南 農業者が判断できる材料を提供するということですね。

 長谷川 そうすれば農協の経営が楽になると思いますよ。

 木南 そういう点を変えていけば農協の経済事業に改善の余地があるといえますね。

 長谷川 ありますね。金融、共済、営農のなかで農協がプロになれるのは何かといえば、唯一、営農活動ですよ。その長所を伸ばすことで、欠点がみえなくなると思いますね。

 木南 農業者にもいろいろな人がいるなかで、どう農協が舵をとればいいと思いますか。

 長谷川 基本的には適地適作適材適所だと思います。画一的にやろうとしたから問題が起きているわけです。その地域にとってマイナスは、他からみればプラスなんです。そういう発想の転換が必要ですね。その地域地域でそこにあった農協の形態があっていいと思うし、画一的に全国同じ形態にすべきではないと思いますね。

◆人づくりが大事――農協は教育分野に踏み込むべき

 木南 そのなかで生産者を育てていく…

 長谷川 農業者が減ってきたのは、再生産できる価格で農産物が販売できなくなったからですよ。そして、労働力ではなく償却できない機械力に頼ったために生産コストがかかりすぎているんです。それは農業所得を上げるためではなく、現金収入が欲しくて農外所得をえるためだったわけです。だから大規模経営が苦しくなり、家族経営が難しくなり、農村社会が崩壊した。そこを農協はよく分析し農業経営とは何かを考え直すべきです。

 木南 再生産できれば若い人も農業に入ってきますか。
インタビューの様子


 長谷川 日本の農業者の悪い点は「門前の小僧が習わぬお経を読む」という世襲制にあるといえますね。習ってキチンと経を読ませるべきです。そのためには、農業も免許制にして、農外から入りやすい制度をつくればいいと思いますね。これからの農業にとって人づくりが大事だから、農協が教育分野に踏み込むべきだと思いますね。各県にある農業大学校が有名無実になっているので、これを改革して経営者教育をするとか、それができるのは農協しかないと思いますね。

 木南 最後に、これからの農協との関係について一言お願いします。

 長谷川 法人と農協は敵対する組織のように見られがちですが、同じ環境で農業をする農家の組織だから互いに切磋琢磨できるような場をつくりあげて、どういう方向をめざすのかを議論すべきだと思います。そのために、農協側も法人側も門戸を開くべきですね。

 木南 ありがとうございました。

インタビューを終えて
 長谷川久夫さんは、平成2年に茨城県つくば市において有限会社みずほを設立し、「価格と量の競争」から「質の競争」への転換を意識した農産物の直売事業を行っている。「安売り」をしないことで知られる直売所には、約40名の生産者が参加し、多くの消費者からも支持を得て事業は順調に成長している。生産者には経営者としての育成・組織化によって所得を確保し、消費者にはおいしさと安全・安心を提供する。長谷川さんの考え方は、自らの実践に裏打ちされたもので説得力があり明快である。一言で言えば、生産者と消費者がともによい意味での自己主張と自己責任を持てる仕組みを作ることが求められているのである。農家、農協、農業法人など農業に関わる方々の切磋琢磨に期待したい。そして「質の競争」の時代において、事業の組み立て方の発想を転換し、経営資源を再配分することを通じて農協は進化することができる。そう確信することができた。(木南)

(2003.9.29)


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