農業協同組合新聞 JACOM
 
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特集:第23回JA全国大会特集 改革の風を吹かそう
    農と共生の世紀づくりのために

インタビュー
 農業問題に正面から取り組んだ
娯楽映画「おにぎり」近く完成
 斎藤監督と浅茅陽子さんに聞く


インタビュアー:倉光定巳氏(本紙論説委員)

 「おにぎり」というユニークな娯楽映画が10月に完成する。コメ作りの農業映画であり、青春ものだという。山形県置賜地方がロケ地だが、内容は全国区の問題。さらに詳しくお聞きしたいと思い、本紙新年号に続き、改めて斎藤監督にインタビューした。今回は重要な役どころの浅茅陽子さんも出席した。聞き手は前回と同じく倉光定巳さん。

日本からコメがなくなる?という危機感を動機に
若者が農業に戻ってもらいたいという思いを込めて

  映画人は農業のテーマは苦手

 −この映画の意図やテーマなどのあらましを、改めてご説明下さい。
斎藤耕一監督
さいとう こういち 昭和4年東京都八王子生まれ。23年東京写真大学卒。東映、日活、松竹を経て平成元年第2次斎藤プロ設立。賞は芸術選奨文部大臣賞、紫綬褒章、勲四等旭日小綬章、日本映画シナリオ功労賞。代表作は、キネマ旬報ベストテン1位の「津軽じょんがら節」、毎日映画コンクール監督賞の「旅の重さ」と「約束」、映画芸術ベストテン2位の「幸福号出帆」、日本映画批評家大賞・最優秀監督賞の「望郷」ほか。最近作は「親分はイエス様」。

 斎藤 農業は今の日本が抱えている大きな問題なのですが、真正面から取り組んだ日本映画は意外に少なく、主として興行的な面からか手を付けないで避けています。でも誰かがやらなきゃいけないということで、現場のありのままを映画的に面白く見せて関心を高めようと考えました。それが農業の元気づけになればよいのですが。とにかくモデルとして格好の人物と出会ったものですから、そこを話の切り口にしました。やって良かったと思っていますが、しかし取り上げたい農業問題が次々にいっぱい出てきましてね。
 問題には、経済的な営業面とか農地面積とかの物質面もありますが、この映画では精神論みたいなところに一足飛びに戻りましてね、コメと日本人のかかわりを解いてみよう、物質的な面を細かくやると、かえって混乱するので農業に対する意識の高揚というか、原点に戻るということで撮っています。そういう点で間違っていなかったなと思っています。

 −間もなく完成ですね。
映画「おにぎり」より

 斎藤 映画は稲刈りが終わって、めでたしめでたしといった流れではなく、主人公たちに芽生えた精神的な変化が、ある方向性を見出したということで終わります。決定的部分は、若者たちが農業を超えて、人間として成長していく過程に自分の育てた稲の成長が非常に影響し、教訓を与えたというシーンです。
 ところが今年は冷夏で稲穂がなかなか頭を垂れないんですよ。絵(画面)は正直だから、不作とすれば、それでもがんばるという気持ちの人物たちに置き換えます。その点がセミドキュメンタリーの強さといいますか、現実をそのままドラマに取り込めるわけです。

 農家の主婦に憧れて

 −ストーリーは稲の成長と同時進行ですが、撮影のほうは2年越しですね。

浅茅陽子さん
あさぢ ようこ 昭和26年静岡県生まれ。49年テレビドラマ「かあさんのあした」でデビュー。テレビ、映画、舞台、CMなど活躍の場を広げている。現在、「不死鳥ふたたび・美空ひばり物語」(舞台、美空ひばり役・主演)や「お江戸でござる」(NHK、准レギュラー)に出演中。

 斎藤 やはり映画は手間暇がかかるものです。負け惜しみでいうのではなく、繰り返したことで、より丁寧に撮れたということになりますか。この前、ラッシュを見たスタッフの一人が「一年間の同時進行で撮るものは結局2年かけなきゃ完璧なものが撮れないんですね」としみじみもらしました。四季の変化は待ってくれません。

 ご苦労が重なったと思います。

  斎藤 この前は雨ばかり続いたころ、水がなくて困るというシーンを撮りました。田んぼの泥が干からびて見えるように技術が細工しました。いろんなことがあります。
一方、牛の出産シーンは記録映画としても大変、価値のあるものが撮れました。

 −「大日本生き残り隊」という冗談めいた名前の新規就農者グループが描かれていますが、隊長である百姓の妻の役が浅茅さんです。こんな役は初めてですか。
浅茅陽子さん

 浅茅 そうです。本当にうれしい役どころです。私自身、土を耕すことが大好きで、日焼けや手の汚れや爪の間に土が入ったりすることが全然苦にならないのです。家庭菜園もやっていました。私の中には農家のおかみさんに対するある種の憧れみたいなものもあるんです。甘いかも知れませんが。土の中に根を張る植物、言葉を持たない生き物と向かい合っている生活にすごく魅力を感じます。

 −夫の役は俳優ではなくて地元のフォークシンガーの方だそうですね。

 斎藤 いや須貝智郎さんといい、本職は百姓です。農業に誇りを持ち、決してマイナーにならない明るくてタフな人です。私は最初、そこに、ある方向性を見つけて彼をクローズアップしました。

 浅茅 シンガーソングライターの顔を持つお百姓さんといえばよいかと思います。

 題名変更のいきさつ

 浅茅さんから見た斎藤監督像はいかがですか。ご本人の前ですけど……。

 浅茅 
斎藤監督
私は監督のダイナミックな絵づくりが好きです。それから何かしら私の中のリズム感と、監督の要求が打ち合わせなしでも一致することが多いんです。

 斎藤 あうんの呼吸というかな。

 浅茅 監督の音楽の趣味はジャズですが、私の父の趣味もジャズやポップス系で、その影響から、身に付いたリズム感が監督と合うのではないかと思います。

 −出演者は実に多彩ですね。

 斎藤 これまでは、映画会社に所属していた頃は制約の中で撮ってきましたが、今回は私の個人のプロでやっておりますので、写真は自分のねらい通り、キャスティングは自分のねらい通りにと、まず浅茅さん、ベテランでは日活時代からの仲間・松原智恵子さんに頼みました。彼女は最も農業に縁のない人で、浅茅さんとは対照的です。
 友人の長門裕之君も出ますが、彼はその妙にうなってました。シンになる配役がツボにはまれば、それで実像に近くなるから演技指導の必要は余りなく、その人の動きそのものがドラマになります。

 −物語の舞台となる山形県置賜地方については。

 斎藤 県全体が映画の後押ししてくれますのでロケ地も広げています。1年目は人間と田んぼのドラマを中心に撮りましたが、2年目には大自然のドラマがカメラに入ってくるようになりました。

 −当初、題名の予定は「ARCADIA」。昔のギリシアの地名で「理想郷」を意味しました。それを「おにぎり」という題名に変更されたのは、どうしてですか。
映画「おにぎり」より

 斎藤 「おにぎり」はインパクトが強く、日本的なので最初から有力候補でした。しかし地元の方の中には、イギリス人旅行家が昔、置賜地方の美しさを「東洋のアルカディア」と称えた形容に愛着があります。しかし一方で、公認のおにぎり第1号は山形のものです。さらに学校給食におにぎりを初めて採用したのも山形です。
 しかも映画の最初は、主人公が「こんなもの食えるか」とおにぎりを蹴飛ばすシーン、最後は自分の作ったコメのおにぎりに「うまい」と食らいつく場面でエンドマークです。そこで、こうしたテーマにぴったりの題名に変えました。
 最近の日本映画には洋画風なカタカナ題名が多く、その風潮にこびているような題名はやめようという理由もありました。

 ご飯がないと寂しくて

 浅茅 日本人には「おにぎり」と聞いただけで、わっと湧くものがあり、いろいろな具を包んだり、巻いたりした懐かしい思い出もありますからね。今でも私の常備食といってもよいくらいです。

 斎藤 それに、どこかユーモラスでしょ。営業面でも印象が深いと思います。

 −浅茅さんはテレビの料理番組にも出演され、造詣が深いと聞きますが。

 浅茅 いえいえ、素人の趣味的なものですけど出させていただいています。

 −おコメをベースにした日本食というものについては。
浅茅陽子さん

 浅茅 私はご飯がないと食がさみしくって仕様がないんです。ご飯は日本人の生活の基本だと思います。また、おにぎりはコメのうまさが一番実感できる調理法だと思います。ちょっと勉強したことですが、コメさえ食べていれば栄養失調にはならないって。すべての栄養分が含まれているからで、菜食主義者が健康なのはコメを食べるからだとのことです。 私はタイトル変更を大決定打だと思います。これで半分以上は成功したのではないかと思います。
映画「おにぎり」より

 斎藤 この映画の内容について、農業をつらいもの、くらい話と捉える作品ではないかと危惧する人が山形にもまだいらっしゃいますが、私はそうじゃない、今度は明るい農業映画、農業に希望が持てる映画なんだと説明に回っています。

 浅茅 脚本を読み直すたびに随所で笑います。ほんとに面白い脚本です。

 −ところで、来年は国連の「国際コメ年」で世界各国が「コメはいのち」とコメの重要性をアピールします。この映画の上映開始は絶好のタイミングです。

 斎藤 そうですか。ぴったりですね。驚いたな。2年越しになったけど。

 浅茅 本当によかったですね。

 家庭菜園にも感動が

 −コメを映画のテーマに選んだ思いをもう一度お聞かせ下さい。

 斎藤 日本人の主食であるコメを作る農家の方々と話をすると、先行きの見方が暗いのですよ。これでは日本からコメがなくなっちゃうんではないかという危機感を持ちました。そこで具体的な解決策の話は後にして、とにかく意識革命をやって若者を農業に戻したいということで映画を一度撮ろうと考えました。そんなことで青春映画ともなっています。

 −浅茅さんは今も家庭菜園を作っていますか。

 浅茅 

左から浅茅さん、齊藤監督、倉光氏

いえ、今はマンション住まいですから。以前の1戸建てでは庭にトマトやナス、キュウリ、ダイコンと全部私が作って楽しんでいました。小さな種子や双葉が大きくなって自分の口に入る作物ができたという収穫の喜びと感動はかけがえのないものだと思います。
 たまたま私は静岡県のJAさんにかかわる仕事をさせていただいた時に農家のみなさんから、安全でおいしいものを食べてもらいたい、それが作る者の喜びですと聞きました。私としては、やはりそうなんだとつくづく思いました。

国際コメ年への贈り物 「おにぎり」
 都会から駆け落ち同然で田舎にきた茶髪の少年少女が、とある農家に転がり込んだ。そこには百姓フォークシンガーを名乗る主を中心に、様々なわけありの人々の共同生活があり、コミカルなドラマ展開が…。そして映画はコメと日本人のかかわりを紡いでいく。
 2年がかりの撮影が今年10月に終わって、来年始めから一般上映。JAグループ各組織や地域での上映運動も予定されている。来年は国連決議による「国際コメ年」とあって世界中でコメの大切さがアピールされるから、上映運動にとっては絶好のタイミングとなる。
映画「おにぎり」より
 出演は、吉永雄紀、大貫あんり(以上新人)、永島敏行、松原智恵子、浅茅陽子、須貝智郎、鹿内孝、ガッツ石松、毒蝮三太夫、小林旭、長門裕之ら。
 監督は斉藤耕一。企画・制作は叶ト藤耕一プロ。協力が山形県、南陽市、高畠町、映画製作協力委員会、JA山形おきたま、文化庁芸術文化振興基金。
 なお題名は「ARCADIA」(アルカディア)から「おにぎり」に変更。作品のテーマを強く押し出した。

 

インタビューを終えて
 「脚本を読み直すたびに笑いが…」と浅茅陽子さん。都会から駆け落ちしてきた茶髪のカップルと、それぞれ訳ありの大人たちによるコメ作り。そして人の心の暖かさ、自然の偉大さ、命の尊さに目覚めていく感動のドラマが、稲の生長に導かれるように広がる−−。
 聞いていて、斎藤監督の映画づくりの手腕の冴えに大きな期待がふくらむ。構想8年、撮影2年、この粘り強い製作も年末には終わり、来年1月から上映という。
 それにしても、何というタイミングの良さだろう。来年はFAO(国連食糧農業機関)設定の「国際コメ年」。“米は命”のスローガンと洒落たロゴマークが決まっている。コメは命とは、まさにこの映画の旋律そのものでもある。「えっ!」と驚いた監督の表情が印象的であった。コメ作りをめぐる内外の状況は、作り手の大きな粘りを求めている。それだけに映画「おにぎり」の応援歌が本当にうれしい。JA全中も推薦、上映はオールJAで応援したい。

(倉光)

(2003.10.1)


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