第23回JA全国大会は「実践」する大会だと宮田勇JA全中会長は強調する。大会決議の着実な実践によって農業・農村の未来を拓く意欲を持とうと呼びかける。一方、梶井功東京農工大学名誉教授は、改革は組合員に対して協同組合運動の理解を深めながら進めるべきと指摘する。また、WTO農業交渉について宮田会長は国民への理解の一層の促進と途上国への働きかけを重視する考えも強調した。
|
=WTO農業交渉= 国民の理解の促進と途上国への働きかけ強める
|
みやた・いさみ 昭和10年北海道生まれ。札幌南高等学校卒。48年新篠津村農協監事、54年新篠津村農協理事、63年新篠津村農協組合長理事、平成3年ホクレン農協連合会理事、8年北海道共済農協連会副会長、11年北海道農協中央会会長、14年全国農協中央会(JA全中)会長、現在に至る。 |
梶井 メキシコ・カンクンのWTO(世界貿易機関)閣僚会議に合わせて、会長は現地で各国農業団体との意見交換などを通じて政府の交渉を支援してこられました。結果は閣僚宣言を採択できずに決裂したわけですが、私はこの段階で妙な閣僚宣言が出されるよりも、これだけ対立が激しいなかでは妥協点を安易に求めるよりまとめなかったことがかえってよかったのではないかという気もします。会長の評価はいかがでしょうか。
|
かじい・いそし 大正15年新潟県生まれ。昭和25年東京大学農学部卒業。39年鹿児島大学農学部助教授、42年同大学教授、46年東京農工大学教授、平成2年定年退官、7年東京農工大学学長。14年東京農工大名誉教授。著書に『梶井功著作集』(筑波書房)など。
|
宮田 今回の閣僚会議では閣僚宣言二次案が示されて始まったわけですが、そのなかでいちばん大きな問題は関税の上限設定の問題でした。
上限が何パーセントに設定されるかは別として、一律に関税の上限が決められるとなるとわが国の農業が大きな影響を受けますから、上限設定についてはこれを削除することを狙いとして、われわれは閣僚会議と並行してEUをはじめさまざまな国の農業団体と意見交換し、日本農業の現状を十分に理解してもらうことも含めてわれわれの主張を訴えました。そのような取り組みを通じて各国の農業団体からその国の政府にわれわれの考えが伝えられるよう働きかけをしてきたわけです。
そういうなかで議長から三次案が示されたわけですが、やはり関税上限の設定は消えることがなかった。ただ、限定付きながら非貿易的関心事項に基づいたその国の重要な作物については特別措置をとるという一項目が加えられたわけですね。これは括弧書きになっていて協議のなかでそれが決まるかどうかということでしたから、関税上限の設定を全面的に削除はできなくてもこの特例事項がきちんと位置づけられるということを目標にして政府ともいろいろな取り組みを進めたわけです。
しかし、アメリカは特例事項に非常に反対しましたし、インド、ブラジルなど途上国グループのG22にも反対の意見が強く、非常に厳しい状況でしたから果たしてきちんと規定されるかどうかわれわれも危機感を持っていました。
ただ、最悪の結果が出たら大変なことでしたから、そういう意味ではわれわれにとっても今後運動を立て直して日本の考え方を幅広く世界にアピールしていくという時間の余裕もできたといえます。
とくに感じたことは、今まではアメリカとEUがWTO農業交渉の主導権を握っていたわけですが、そのことに開発途上国は不信感を持っていて今回は新たに勢力を形成し、2つではなく3つの大きな勢力ができたことです。
ただ、一方でわれわれもノルウェーや韓国、アイスランドなど5か国の農業団体で声明を発表したほか、EU、米国等の農業団体・作物団体との意見交換を実施しました。日本政府も10か国提案を出しましたね。そのように日本も幅広い勢力をつくったわけで今後の交渉のいろいろな面でプラスになることだと思っています。
梶井 今後の対応として何を重視しますか。
宮田 やはりまず国民的な理解を広めていくということが大事ですね。なかでも今回交渉が決裂した要因は何であったのかということです。これは投資の問題をめぐる先進国と途上国の対立だったわけですね。
つまり、農業分野以外でも非常に各国の考えの差が大きいということです。このことからすれば必ずしも農業分野が交渉にブレーキをかけているわけではないということがみなさんお分かりになったと思います。
わが国ではすでに農産物の6割も市場開放しているわけですが、それをもっと開放しろということであり、今回のWTO農業交渉についてはこういった視点を国民に広く知ってもらい、わが国の食と農のあり方について真剣に考えていただきたいですね。
それから、海外農業団体との運動の連携については、やはり今後はインドや中国、それからブラジルといったいわゆるG22の途上国に対しても日本の農業実態や主張を理解してもらうアプローチに力を入れなければならないと考えています。
いずれにしても、わが国のような著しく食料自給率の低い国に対する非貿易関心事項を具現化する新しい貿易ルールの確立に向けて運動を再構築していくとともに、われわれ自ら農業経営構造の強化への取り組みと、新たな経営所得安定対策をはじめとする制度・政策の確立を国に求めていきます。
=JA全国大会= 信頼・改革・貢献が基本理念
梶井 さて、第23回JA全国大会のスローガンは改革の断行ですね。大会でもっとも訴えたいことは何でしょうか。
宮田 今回の大会でわれわれが重視しているのは、JA改革を断行する、実践する大会ということです。もうひとつは、われわれJAグループだけではなくて、広く国民に理解してもらうために開かれた大会にすることです。
具体的には、「信頼」、「改革」、「貢献」の3つを取り組みの基本姿勢とし、次の4つの重点実施事項に取り組むこととしています。すなわち、1つは安全・安心な農産物の提供と地域農業の振興、2つは組合員の負託に応える経済的改革、3つは健全性・高度化への取り組み強化、4つは協同活動の強化による組織基盤の拡充と地域の活性化です。
「信頼」については、BSE問題以来、表示や原産地をめぐる問題、あるいは無登録農薬問題などが原因となった消費者のみなさんの食への不安、不信感をどう払拭し、消費者に信頼される農産物を提供することにより消費者との信頼を深めるかという問題です。
「改革」についてはJAの経済事業改革を中心に経営改革の問題です。経済事業改革は組合員の期待に応える生産資材の供給システムの確立や生活関連事業の見直しなどを全国連とJAで改革していくという問題ですね。
もうひとつはJA内部の問題として、担い手や青年・女性の経営参画やあるいはJAの経営者のトップマネジメントの質を高めていくという問題があります。
それから「貢献」については、組合員だけでなくJAが地域社会にどう役割を果たすかということをきちんと具体化して明確にしていくということです。
たとえば、食農教育の問題や安全・安心の問題でも各JAで消費者も含めた食の安全・安心委員会をつくっていくなどの取り組み、また、学校給食への地場農産物の供給という課題もあります。さらに都会の住民向けの農村での施設づくりや地域づくり、高齢者対策など地域の問題と密接に関係を持ってJAが役割を果たしていくことが重要です。
梶井 経済事業改革を考える際には現在の事業の実態を誤解のないように組合員に知ってもらって進めるべきだと思いますね。たとえば、生産資材販売におけるマージン率も一般企業の手数料にくらべれば低いという実態があると思います。また、JAの手数料とはどういう性格ものなのか、一般企業の手数料とは違い、いわゆる協同運動を組み立てていくためのコストなんだということもあります。協同組合運動への理解を深めながら改革をしていくということが大事ではないでしょうか。
宮田 たしかに経済事業改革の大きな問題は農業協同組合の理念と経済効率をどうバランスをとっていくかだと思っています。JAとしても、それをきちんと区分けして組合員に示していくことが大事だと思いますね。たとえば、一口に手数料といってもJAの場合はそのなかから営農指導事業費に当てる部分もあるわけですね。
その一方で、農村地帯では高齢世帯がほとんどだったりする地域もありますが、そこでの暮らしをサポートするのはJAの生活関連事業しかありません。当然、コストはかなりかかりますがそれがなければ地域社会が維持できないという問題もあるわけです。経済事業の効率化といっても、ではその地域に暮らす人々を誰が助けるのか、JAしかないではないかということもある。こういう点も含めて組合員にしっかり理解してもらって改革を考えなければならないと思いますね。
=米改革= 主体的に生産に取り組む意識を
梶井 米改革もひとつの柱です。この改革では米の生産調整について国はJAグループが主役になって取り組むといいますが、主役になるということと自分たちが主体的に取り組むということはかなり性格が違うと思いますがいかがですか。
宮田 食料政策は国の基本政策です。その責任を生産者にみな転嫁するというのはおかしいと思います。
ただ、今までは生産調整について上から言われたから仕方がないということでやっていた。しかし、今後はやはり需要に見合った生産をすることを含めてわれわれが主体的に考えて行動するということだと理解しています。生産者もきちんとした意識を持たなければならないと思いますね。そういうなかで政策が並行してついてくるということだと思っています。
梶井 そうですね。その政策のポイントは米は需要に見合った生産を主体的にしてもらうけれども、一方では水田をつぶさないように、たとえば、自給率の低い麦、大豆などを作ってもらうように誘導することです。自給力の強化、これが政策の基本であるべきだと思いますね。
宮田 今度は産地づくり交付金という形になるわけですが、やはり自給率の低い麦・大豆・飼料作物へ生産誘導するということが重要です。
いずれにしても、行政や関係者とJAが一体となって策定する地域水田農業ビジョンにもとづき、担い手の育成と特色ある産地づくりなど、水田農業の構造改革を実践していきたいと思います。
=農業・農村の未来を拓く= 時代に合わせた知恵を集めて
梶井 では最後に全国の農業者、JA関係者へのメッセージをお願いします。
宮田 農業も農村も変わってきているなか、どう再構築していくかが課題です。農業はその時代、時代に携わる人間が知恵を絞ってどう進展させていくか、それを大会でみんなの英知を集めて具現化していくことが大事だと考えています。
われわれ農業者は日本農業を守りこの国の食料を生産するという意欲と自負を持ってお互いにがんばりましょうと呼びかけたいですね。
梶井 どうもありがとうございました。
インタビューを終えて
WTO農業交渉は先進国と途上国の対立激化で見通し立たず、「設計図なき破壊」と評される小泉流構造改革は第2幕を開けたばかりだが、第1幕中に始まった米政策改革もまだ具体像がはっきりせず、という状況のなかで第23回JA全国大会は開かれる。1つだけ明確なことは、そういう不透明な農業・農政状況のなかだからこそ、農業者の自主的結集体であるJAの系統組織としての強化が求められているということである。
それに関連して効率向上を求めての経済事業改革が強調されることしきりだが、改革が非効率分野の切り捨てで終わっては何にもならないだろう。この点について会長は、“経済事業の効率化といっても、ではその地域に暮らす人々を誰が助けるのか、JAしかないではないかということもある。こういう点も含めて組合員にしっかり理解してもらって改革を考えなければならない”と言われる。賛成である。本来、「組合事業に関する組合員の知識の向上を図るための教育」(47年農協法第10条1項10号)はJAの大事な事業だった。 (梶井)
|
(2003.10.10)