わが国の麦の生産量は年々増加し、小麦の生産では転作麦の増加によって14年産で83万トンと、平成22年の目標数量80万トンをすでに達成した。しかし、需要とのミスマッチが拡大し、実需者のニーズに合わせた良品質麦の生産が課題となっている。こうしたなか、17年産からは、契約生産奨励金のランク区分に収穫後の品質結果を反映させた新たな区分方式が導入されるなど、産地にとっては一層の品質向上、均質化が求められるようになる。今回は群馬県・JAたかさきに取材し、今後の麦産地づくりの課題とJAグループの麦類事業への取り組みをレポートする。
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◆新品種への転換進む
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JAたかさき本店 |
JAたかさきの15年産小麦の作付け面積は約903ヘクタールで、生産量は約4200トン。小麦のほか、小粒大麦シュンライも157トンを生産した。
民間流通制度への移行以来、売れる麦づくりに向けて新品種の導入に力を入れており、小麦では「農林61号」が中心だったが、県全体として「きぬの波」、「つるぴかり」への転換を推進してきた。
このふたつの品種は、いずれも「農林61号」よりも早生で収穫期に梅雨に会いにくい。また、草丈が短く倒伏しにくいため作業効率がよく作付け面積の増加にも対応しやすい。もともと「農林61号」より多収だが、倒伏しにくいため、施肥量を増やしてさらに収量の増加を図ることもできる。
「きぬの波」は日本麺用として食味の評価も高く、作りやすさだけではなく加工適性にも優れていることから生産量が増えた。また、「つるぴかり」も麺用としての食感に優れているほか、「きぬの波」よりもさらに収穫期が早く、収穫作業が重ならないため、大規模に小麦生産に取り組む生産者も積極的に作付けを進めてきた。
こうした取り組みによって、「農林61号」の生産を抑制し、新品種を導入してきた。従来生産されていた「バンドウワセ」は16年産から作付けはゼロになった。
◆地産地消が生産を後押し
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佐原義和営農部長 |
生産計画は生産者からの希望を積み上げ、実需者の意向をふまえた県全体の生産計画とすり合わせて決められる。これまでは生産者の希望が大きく変えられることはなかったが、16年産では「つるぴかり」で生産者の希望数量が上回るというミスマッチが生じた。
「つるぴかり」は日本麺用としての食感に評価はあるものの、単一品種として原材料に使われるよりもブレンド用として使用されることが多いという。そのため品種の違いからくる麺の茹で時間の差など製麺適性の点で実需者に慎重な見方も出てきた。生産者にとっては作りやすく収量が多い品種であっても、製麺業者など実需者の現場のニーズと食い違えば、生産と需要のミスマッチを生む。
こうしたことを避けるため県全体の方針としては「つるぴかり」については実需者の意向を見ながらほぼ毎年横這いの生産量とすることにしている。
JAたかさきでは、このような事情を生産者に説明し、「つるぴかり」の生産を減らす分、「きぬの波」に転換するよう指導した。
当然、その分「きぬの波」の生産量が増えることになるが、この11月に高崎市は市の農業振興策の一環として「きぬの波」を使ったうどんをデビューさせることになっていることをJAとしても見込んだのである。
「行政としても販売対策を打ち出していることから、過剰生産にはならないと考えられた。小麦全体の生産量を維持し、しかも売れる麦づくりが課題となっているなか、こうした販売対策があったため生産者にも品種転換についての納得が得られた」と佐原義和営農部長は話す。
地産地消の取り組みが売れる麦づくりを後押しする例だといえるだろう。
◆担い手育成と売れる麦づくり
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農地利用集積と担い手育成も
麦づくりの課題だ |
JAたかさき管内で麦づくりに取り組む生産者は約1200戸。品質向上と物流効率化に対応するため、すべてカントリー・エレベーターとライスセンターでの施設集荷を実施している。
今後の課題には、担い手の育成がある。品質向上対策も含め、16年産のように品種ごとに適性な生産量を指導しなければならないケースが増えてくれば、担い手を中心として対応するしかないとの考えもある。たとえば、大規模に面積を受託している作業集団であれば、適正な品種構成への指導についても理解も得られやすい。これまでのように個々の生産者ごとに調整していくのでは、需要に合わせた品種構成を実現するのも難しくなるとの判断がある。
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JAたかさきでは品質向上対策として
現地講習会にも力を入れている |
対策としては、既存の作業受託集団への優先的な作付け品種割り当てなどによる支援と、作業受託集団などが形成されていない地域での集団づくりだ。
作業受託集団づくりのためには、まず基幹作業の共同化について理解を求め、そのなかで農地利用の集積を図っていくことにしている。
米政策改革にともなう産地づくり交付金のメニューづくりが各地域で課題となっているが、同JAでは集落での共同作業化の促進を支援する交付金について行政にも提言していく方針だ。
◆生産履歴データの活用
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阿久沢正義農産課長 |
17年産からは実需者が生産者に支払う麦契約生産奨励金制度は、収穫後に「たんぱく」、「灰分」、「容積重」、「フォーリングナンバー」の4項目に基準値を設け、どれだけ項目数をクリアしたかによって、支払われる額に差がつくという方式になる。
この評価は品種別に一定数量以上を基準にJA単位で実施される方針のため、JAの生産指導が一層重要になってくる。
同JAでは、これまで生産指導については支所単位での栽培講習会のほか、生産者をほ場に集めて行う現地指導にも力を入れてきた。
とくに課題となっているのが、たんぱく含量の増加。対策は適切な追肥だが、生産者の高齢化や兼業化もあって、追肥という中間作業がなかなか徹底されないという実態もある。
先に触れたように担い手育成のためにまずは基幹作業の共同化を進めようという方針を打ち出したのも、こうした基幹作業を担い手に任せることによって、地域全体の品質向上につながり、結果的に個々の生産者の手取りアップになるからでもある。
また、16年産からは生産履歴記帳運動にも取り組む。収穫後にデータを回収し、翌年の栽培指導にも生かすほか、実需者にも生産現場を理解してもらう材料にしたいと考えている。たとえば、今年のように低温が続くと追肥をしてもたんぱく含量が増えないこともあるという。「生産履歴にきちんと追肥の記録が残されていれば、品質と天候の関係など現場の実態の情報を実需者に伝えることもできる」と阿久沢正義農産課課長は話す。
そのほか同JA管内では、高たんぱく質小麦で醤油の醸造用やパン用としても期待されている「ダブル8号」や、食用小粒大麦の「シュンライ」なども生産されている。いずれも実需者のニーズをふまえて計画的に生産を進めていく方針だ。
売れる麦づくりに向けては、品質向上策のほか、実需者への情報提供、あるいは行政と一体となった地産地消への取り組みなどの販売対策といったきめ細かい対応が求められている。
新区分方式を視野に入れ着実な品質向上対策を
田中洋 JA全農米穀販売部麦類グループリーダー
実需者が生産者に支払う麦契約奨励金制度の「品質改善奨励額」は、17年産から「たんぱく」、「灰分」、「容積重」、「フォーリングナンバー」で新たな基準を設けて支払い額が区分(現行A、B、C、D)されることになった。現在までに詳細が決まったのは日本麺用小麦だけだが、今後、パン用小麦、大麦・裸麦等についても新ランク区分を決める基準を設定することになっている。
良品質麦に対する実需者からの拠出金約60億円についてはこれまで転作麦の増加によって、9割弱がAランクとなっており、収支の改善とさらに品質向上を支援するには、新区分による助成が必要とされ、今年8月までに実需者、生産者、消費者などから構成する新区分方式検討会で議論されてきた。
この方式は4項目について基準値を設定し、収穫後にどれだけの項目をクリアしたかを評価し、それに応じて奨励金を支払うという制度である。評価単位はJAを基本とする方向のため、JAの生産指導、集荷体制などが一層大切になる。
当面、2年間は、基準値に許容範囲を設定することにしているため、この間は助走期間となるが、評価を上げるための対策が求められる。とくに栽培指導については、地域の試験研究機関など行政との連携が重要になる。なお、平成17年度から適用する新ランク区分方式の導入に向けた産地の取り組みに対し、約2億円の緊急支援が措置された。
また、品質向上対策と同時に、「安全・安心対策」も麦生産に求められる。
生産履歴記帳運動は15年産は大半の県で指導・推進を実施し、16年産からは、主産地を中心に取り組みが開始されるが、農薬等の適正使用といった課題のほか、生産履歴記帳によって栽培管理が徹底されているかどうかといった観点からの活用も求められる。
さらに14年に厚生労働省が小麦の暫定基準値を設定した、赤かび病によるDON(デオキシニバレノール)対策も実施する必要がある。
現在、DONは自主検査を行い、この基準値を超える小麦は流通させないこととしている。このようなことから、JA段階でもエライザ法(スクリーニング)を用いた簡易分析を導入して自主的に検査を行っているところも増えている。こうした機器の普及によって安全な麦の出荷体制をつくることも課題となる。
民間流通制度に移行以来、良品質麦生産が課題となっているが、新区分方式の導入に見られるように、これまで以上に安全・安心で実需者の要望に応えた産地づくりがJAグループの麦事業の課題となっている。
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(2003.11.5)