農業協同組合新聞 JACOM
   

特集「改革の風をふかそう 農と共生の世紀づくりのために」


  経済事業改革のめざすこと 現地ルポ  JAはが野(栃木県)

誰かに言われたからではなく組合員の目線で考え、それしかないから実践

 JAグループの物流改革は経済事業改革の大きな柱に位置づけられ、すでに多くの県域やJAで取り組まれている。そして17年度末までには145の広域物流拠点が実現される見通しだという。物流改革は一朝一夕に実現できるものではないが、着実に実現のペースは早まっている。物流改革は単なるコスト削減ではなく、組合員サービスの再構築や新たなビジネスモデルの構築、これを支える組織体制や役職員の意識改革など、物流を一つの切り口として、JA全体の事業改革に展開していくことに本来の目的がある。そこで「農協は必ず高く売る」と販売事業で広域合併の効果を出し、さらに購買事業でのメリットを目に見える形にするために物流改革を核に、経済事業改革に取り組んでいるJAはが野に取材した。

◆日本一のイチゴ生産地

杉山参事
杉山参事

 JAはが野(武田周三郎組合長)は、関東平野の北東、栃木県の東南部、真岡市・二宮町・益子町・茂木町・市貝町・芳賀町の1市5町からなる郡単位の広域合併JAとして、平成9年3月1日に誕生した。正組合員1万8442名(1万5363戸)、准組合員3526名(3258戸)。経済事業の規模は、販売事業が206億4000万円、購買事業が77億5000万円。販売事業の約4割強にあたる83億円がイチゴで、栃木県全体のイチゴ販売高の3分の1強を占め、単協レベルでは日本一の出荷高だ。コメが30%弱の約60億円あり、この2品目で販売事業の7割強を占めている。その他、ナス、ナシ、花などが主要な生産品目となっている。購買事業では、生産資材関係が53億4000万円、生活葬祭事業などが24億1000万円となっている。このほかに燃料や自動車事業を行うJA100%出資の協同会社がある。

◆共計共販確立で合併 メリットを目に見える形に

 JAはが野では、第23回JA全国大会の議案討議が始まる以前から、「広域合併したメリットを組合員に目に見える形で出す」ために、JAの経済事業改革に取り組んできている。まず、「広域営農指導員体制」を構築(本所に8名)し、平成10年後半ころから「同じ品物を作っているんだから、同じ価格で売れなくては」と、JA全体としての共計共販体制の確立をめざした販売事業の改革に取り組む。
 広域営農指導員は、それぞれがイチゴなど青果物主要品目の生産部会の事務局を担当し、直接、組合員のところに行き、共計共販や栽培方法、生産資材、部会の話などを地域の枠を超えて提供し、合意をえながら、営農指導を進めていこうというものだ。各地区には、その地区を担当する営農指導員がいるのだが、どうしてもその地区に縛られてJA全体が見えにくくなるので、JA全体で技術レベルを向上させ、同じ品質の生産物を生産し「共計共販の実をあげ、農協は必ず高く売るという努力をする」ために、地区の枠にこだわらない広域営農指導員体制をつくったと杉山忠雄参事。だから、広域営農指導員は地区の営農指導員の指導も行う。
 取り組みを開始してから4年が経過。おおむね共計共販体制が確立。組合員からは「農協が合併したメリット出てきた」と理解され、組合員・農協の一体感が生まれてきている。

◆JA経済事業の経営基盤を強化する県域物流

「愛・生命(いのち)・そして未来へ」というJAのビジョンを掲げたJA本所
「愛・生命(いのち)・そして未来へ」というJAのビジョンを掲げたJA本所

 販売面では合併の実をあげることができたが、生産資材など購買面ではまだ目に見える形でメリットを示すことができなかった。そこで14年11月から栃木県JAグループが進めている物流改革・県域物流を導入し、購買事業における事業改革に取り組むことにした。
 栃木県では、県中央会や全農栃木県本部が中心となって早くから、JA経済事業における競争力回復と部門収支確立、多様化・高度化・専門化する組合員ニーズへのタイムリーな対応、広域合併にともない組合員とのコミュニケーションの強化など、JA経済事業の課題に応えるために、県域物流の実施、営農経済渉外員制度の確立、大型専業農家対策、生産資材店舗の設置などに取り組んできている。
 なかでも、全農県本部在庫による集中配送と物流情報システム導入を核とする「県域物流」の実施はその大きな柱だ。平成12年に具体案を提案し、13年にはJA宇都宮市が県域物流に取り組み始める。そして14年11月からJAはが野が、15年にはJAなすのへと、着々と取り組みが広がっている。

◆年間8000万円 物流コストを削減

 JAはが野が県域物流を導入して1年が過ぎた。本当に物流コストは削減され、生産資材価格で効果がでてきたのだろうか。
 図にもあるように、県域物流導入前のJAの物流コストは4億7425万円だが、導入後は3億9187万円と8238万円(約17%)削減され、物流対象供給金額に占める物流コスト比率が9.5%から7.9%に引き下げられた。

県域物流導入によるコスト比較

 これを項目別にみると、物流業務に携わる人員が、導入前の正・臨時合わせて92名から70名へと22名削減されたことで、人件費が約1億円強削減された。そのことで、物流コストに占める人件費率は、71%から59%と12%も圧縮された。物流コストを削減するためには、人件費の削減を確実に行うことがポイントだということがよく分かる。
 その他の項目では、県本部が在庫を持ち配送業務を行うのだから、支払輸送費、保有車両費、在庫金利などが当然削減される(合計で6000万円弱)。しかし、新たに委託料1億1676万円発生する。これらを差し引きすると、約4550万円となり、8200万円には3600万円足りない。従来は、購買事業の業務の多くの部分を県電算センターに委託していたが、県域物流実施に併せて、全農県本部が開発した「JA自営購買システム」を導入し、これをJA内で処理することで業務改善・事務合理化がはかられ、情報処理費が3600万円強も削減され、8200万円の物流コスト削減が実現した。

◆JAの仕入機能を強化する「共同協議方式」

 しかし、こうした物流改革がすんなりと実現できたわけではない。県域物流への移行は、物流の仕事をしていたJA職員から仕事を奪うことでもあるし、配送委託などで「地域に落としていた金が落ちなくなる」ことでもある。「全農に仕事を、金を取られる」と反対する意見は当然でてくる。また、従来からの慣習で「いますぐに欲しい」と電話がくれば、例え農薬一つ、醤油一本でも即届けるのが「組合員サービス」だと考えている人たちの意識改革も必要だ。
 杉山参事は「いまはそういう時代ではない」「JA改革といわれるから物流改革をするのではない。組合員の目線で考えると、それしかないから」だと、地道に説得したという。そして同じことをJA内部だけではなく、全農県本部にも要求した。
 それは、県域物流を導入したJAと全農県本部が「一体化・信頼関係を基本とした新たな事業方式を構築し、地域ごとの市場実勢価格を踏まえた魅力ある組合員価格の実現およびシェア拡大を目的に」肥料・農薬の価格について協議し決定するという「共同協議方式」の実現だ。
 詳細を紹介することはできないが、末端市場で競合する商品について市場実勢価格を調査・把握し、それにもとづいて「目標組合員価格の設定」を行い、その実現に向けてJAと県本部がそれぞれ仕入れの見直し・強化をしてJAの仕入価格の引き下げに取り組み、魅力ある価格を実現しようということだ。
 これは「JAの仕入機能の強化」だと杉山参事。「物流改革だけではメリットは十分ではない。共同協議による仕入機能強化と両面がなければ満足する価格にはならない」。そのためには「県本部もJAと同じように、組合員の目線に立って仕事をしてもらう必要があった」と。
 これの実現には法律的な問題も含めて数々の課題があったが「県本部が本当によく努力をしてくれた。県本部も変わり“企業努力”をしている」と、杉山参事は県本部を高く評価する。

◆「JAは高い」という風評を断ち切るために

 物流改革と仕入機能の強化によるメリット還元として、JAでは、年間50万円以上JAを利用する大口利用農家を3つにランク分けし、0.5〜1.5%の値引率を設定し「即値引きによる組合員価格の引き下げ」に取り組んでいる。そのために、JAの手数料も品目によって異なるが平均0.5〜1%ダウンさせたという。これは経営的には大きな数字だが「実際にはほとんどの品目で商系には負けていないが、商系の目玉品目価格との比較だけで“JAは高い”という“風評”がある。これを断ち切り、シェアを高める」ためだ。

◆はが野の農業を振興する「ACSHチーム」

 全農とJA、JAと組合員とくに大規模生産者との間には、それぞれ壁(溝)があるとよくいわれる。共同協議方式の実現で全農(県本部)とJAはともに「組合員の目線で考える」ことで信頼関係が強まった。JAと組合員の関係も共計共販の確立や物流改革のメリット還元で信頼関係は改善されてきているが、広域JAになったことで「ふれあい」が少なくなり「個別指導が難しくなっている」など課題は多い。先に見た大口利用者は約1900名で購買品(飼料を除く)供給高の75%を占めている。その中の200名前後の組合員が向こうを向いているか、向こうを向きがちの人たちがいる。その人たちをこちらに向ければシェアは高まる」。「急激にではなくていいが、熱くJAを見てもらう」ために、庭先やほ場に出かけ、生産資材から信用・共済さらに青色申告まで総合的に組合員が何を考え、何を求めているのかを知り、相談にのれるようにするために15年3月に「農業相談支援チーム(ACSH・アクシュ)」(営農経済渉外員制度)を設置した。ACSHは「はが野の農業を振興する」というメンバーの熱い思いを込めて、Agriculture・農業、Consulting・相談、Suppoter・支援、Haganoの頭文字をとってネーミングされた。

◆常勤役員も同行し組合員から熱い視線が

 現在、8名のメンバーが先の1900名を分担して月2回訪問することを目標に活動している。彼らは推進目標(金額)をもたない。「従来の推進のイメージ、見方を変えてもらい、本当に農業を支援し考えるというJAの推進の姿勢転換を組合員にアピール」したいからだという。そして月に1回必ず武田組合長が同行し訪問することになっている。最近は、常勤の専務や常務理事も自ら申し出てメンバーと同行している。時には「座敷に上がって半日話し込む」こともあり組合員から好評だ。同行する役員も「直接、組合員から話が聞けて勉強になる」という。
 ACSHの活動は始まったばかりだが、早くも組合員から熱い視線で迎えられている。その期待に、寄せられるさまざまな要望や意見にどうJAが応えるのか。応えたときに「俺の、俺たちの農協」になるのだと思う。そして、経済事業改革は「誰かに言われたからやるものではありません。組合員の目線で考え、必要だと思うこと、それしかないということをやること」だという言葉は、農協の、協同組合の原点だといえる。それを実現するための努力が、JAはが野では日々積み重ねられている。 (2004.1.9)


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