農業協同組合新聞 JACOM
   

特集「改革の風をふかそう 農と共生の世紀づくりのために」


【新春特別対談】
 
農業は日本人の心身支える産業  生産現場の元気で未来を描こう

ジャーナリスト 鳥越俊太郎さん

 今年の新春特別対談にはジャーナリストの鳥越俊太郎さんに登場してもらった。毎日新聞に入社後、配属されたのは新潟支局。今でこそ数々の事件取材でスクープも多いが「実は事件記者は落第だといわれて、それならと農業記者からスタートしたんです」。昭和40年から4年間、新潟県をくまなく取材したという。やがて減反が始まり自由化も進んで日本農業が追いつめられていく姿をずっと見てきたという思いはあると語る。戦後の食料難の体験もあり「国があっても食べ物がないのはいかにもひもじいことを知っている」。農業は国民の食、健康を担うという気概を持って「どういう農業にするか現場から知恵を出すことが求められているのでは。がんばってほしい」とエールを贈る。

■強まるアメリカ一国主義

鳥越俊太郎氏
とりごえ しゅんたろう 
昭和15年福岡県生まれ。京都大学文学部卒。昭和40年毎日新聞社入社、新潟支局、大阪社会部、東京社会部、サンデー毎日編集部を経て、57〜58年アメリカ・ペンシルバニア州クエーカータウンフリープレス紙に職場留学、帰国後、外信部(テヘラン特派員)、サンデー毎日編集長、平成元年毎日新聞退社、同年テレビ朝日系列「ザ・スクープ」キャスター、13年「サンデージャングル」コメンテーター、「日本記者クラブ賞」受賞(桶川女子大生ストーカー殺人事件報道に対し)。主著に『アメリカ記者修行』(中央文庫)、『異見−鳥越 俊太郎のジャーナリズム日誌』(現代人文社)、『桶川女子大生ストーカー殺人事件』(メディアファクトリー)、『ニュースの職人』(PHP研究所)、『親父の出番』(集英社be文庫)。
 梶井 今日は日本の農業者やJAグループに対する期待を語っていただきたいと思っていますが、最初に今年の世界情勢はどうなるのか、イラク問題も含めてお聞かせいただければと思います。 

 鳥越 過去の検証はしますが、私はあまり予測はしません。よくいろいろな予測が出まわっていますが実はそれほど根拠があるものではなかったりするし、今は本当に予測のつかないことが多いですからね。
 ただ、大きな流れとしてアメリカの一国主義がますます強くなるでしょう。それは間違いない。そういうなかで政治、軍事、経済のすべてについてアメリカは自分の国益を中心に主張してくる。たとえば、自由貿易を唱えながら、一方で自国の農産物を保護する。鉄鋼でもそうですよね。つまり、自国の利益になるときは自由を主張しながら、不利なるとすぐ保護にまわる。アメリカはそういう使い分けをしますが、それに対して世界がなかなか正面切って文句を言えない。この状況はまだ今年も続くでしょうね。
 その象徴としてイラク戦争があったのだと思います。私はあれは大義のない戦争、侵略戦争だと思いますね。

 梶井 アメリカの農産物保護の典型的なのは落花生です。ほとんど輸入していません。また、輸出補助金も含めて国内農業の保護水準が高いから、安く輸出しても農家は所得が確保されています。その典型が綿花問題ですね。
 これは昨年9月のメキシコ・カンクン閣僚会議決裂の決定的要因のひとつで、西アフリカの後発開発途上国4か国(ブルキナファソ、ベニン、チャド、マリ)が米国の国内補助金を削減しろと迫った。アメリカの綿花への国内補助金による低価格輸出でわれわれの市場を奪っていると強烈な批判をしました。
 アメリカは、ウルグアイ・ラウンド合意で削減対象となった不足払い制度を一旦はやめて、固定支払い制度に切り替えたのですが、国際価格が低下するとそれじゃ農家の経営がもたないと、廃止した不足払い制度を、固定支払いを残したまま2002年に復活させた。
 そのうえ以前の不足払い制度では、作付制限に参加することが条件になっていたのに2002年農業法ではその条件もなくしてしまったんです。

■日本、多様な農業維持を主張

梶井功氏
かじい いそし 
大正15年新潟県生まれ。昭和25年東京大学農学部卒業。39年鹿児島大学農学部助教授、42年同大学教授、46年東京農工大学教授、平成2年定年退官、7年東京農工大学学長。14年東京農工大名誉教授。著書に『梶井功著作集』(筑波書房)など。
鳥越 それらはブッシュ政権になってからの政策ということですね。作付制限に取り組まなくていいとなると、自分の国だけはどんどん作っていいということではないですか。

 梶井 そうです。こういう先進国の保護政策についての途上国の批判が強く、WTO交渉が進展しないというのが今回の構図になっているわけです。
 日本の立場は、貿易を歪める輸出補助金は削減すべきという立場ですから、その面では途上国の主張に同調できるのですが、一方、国内農業保護政策はすべてやめろという極端な主張には同意できません。そうなれば日本の農業は立ち行かないからです。ですから、日本は、各国の多様な農業が共存できる貿易ルールのをつくるべきだという主張をしているのです。
 関税の問題でも、アメリカは大幅に一律に下げるべきだと主張しています。一方、日本やEUはウルグアイ・ラウンド合意でとったのと同じような緩やかな削減方式にすべきという主張です。この方式は各国それぞれに重要な品目、日本でいえば米ですね、そういった品目には高関税をかけることができるものです。
 一律に関税を下げるというのは農業も工業のように考えるということですね。しかし、農業にとって大事な国土条件のちがいは如何ともし難い。

 鳥越 この対立は古くて新しい問題です。日本は貿易立国であり、工業製品輸出のために農業を犠牲にしていいのかという議論になるわけですね。

 梶井 どういう形の農業をどこまで残すのかという点についての明確な哲学、信念が大事です。それなしに農業にどんどん譲歩を迫るのは問題だと私は思っています。

 鳥越 このままいくと工業製品は世界のトップレベルで走り続け、一方、農業はやせ細ってしまって気がつくと自給率もどんどん下がるということになりかねない。カロリーベースの自給率は40%ということですが、本当はもうこの水準を切っているんじゃないかとさえ思うこともありますね。

 梶井 国の統計ではなんとか40%を維持していることにはなっています。

■食料のない悲惨を知ってほしい

鳥越俊太郎氏

 鳥越 私は昭和15年生まれですから、戦中から戦後の食べ物のない時代を知っています。国敗れて山河ありとはいうけれども、国は残っても食い物がなかった。僕らは、本当に川岸にはえている蔓を食べたりして空腹をなんとかいやしてましたから。食べ物がなければいかに国民が悲惨な思いをするか、よく分かっています。
 今の若い世代は食べ物がないということについて、もしなくなれば外国から買えばいいと思っているかも知れませんが、それで本当にいいのかという疑問をわれわれの世代はいつも感じるんですよね。食料自給率などという言葉を使わなくても、田んぼがつぶれていく、後継者がいなくなっていく、お金になるものしか作らなくなっていく、こういうことでいいのかと正直に思うんですよ。
 私は昭和40年から44年まで毎日新聞新潟支局勤務で、いちばん一生懸命取材していたのが農業なんです。ちょうど食管制度が揺らいできて自主流通米制度ができるちょっと前の時期でした。
 そのころは新潟でもフジミノリという多収穫品種の生産が盛んで、その一方、食管会計は赤字で食管制度そのものが目の敵にされはじめたときです。そしてやがて減反が始まって、さらに自由化が進んで日本の農業がだんだん追いつめられていく姿をずっと見てきたという思いはあります。
 ただ、ここまでくると国の責任の問題、政策の問題ももちろん重要だと思いますが、私は農業、農村の現場がどのような農業をしていこうとするのか、これはJAも含めてということでしょうが、そこが大事ではないかと思いますね。自由化はある程度避けられない時代ですから、海外の農産物とも競争力のあるなど魅力ある農業を創出できるのかどうかではないでしょうか。

■生産の現場での努力こそ重要

 鳥越 激励の意味を込めてあえて厳しい見方から言うのですが、部分的にはがんばっている人もいますが、全体としては後継者がおらず、農家の子どもたちは都会に出ていってしまうということが現実には起きているわけですよね。国の責任は責任として重要ですが、現場レベルの問題としてどれだけ努力して、国民の安全と栄養といったものを支える農業を作り出すかが大事だと思いますが。

 梶井 現場の努力が大事だという点はそのとおりですし、実際にそうした努力は各地で生まれてきていると思います。たとえば、兼業農家というと片手間に農業をやっていて生産性も上がらないと思われがちですが、兼業農家であっても、みんなの農地を集めて計画的に利用するという集落営農という形であれば生産性を非常にあげられる農業にもなる。
 この集落営農という形態は国から指図されて作ったわけではありません。農家がそれぞれの力を出し合おうということでできあがってきたもので、実際に生産性があがっている例も多い。しかし農政レベルでは今度の米政策改革でようやく支援の対象にしていくことになったというのが実態です。そういう努力をしている人たちが意欲を失わないで、農業を続けられる政策的な仕組みをどう作るかが大事なことだと思います。

対談風景 対談風景

■自らが展望を描く気概を持ってほしい

梶井功氏

 鳥越 たしかに国が農業の将来を見えなくしてしまったという面もあると思いますが、やはり最終的には自分たちで立ち上がるしかないなというのが今の私の思いです。国に要求するところはしなくてはいけませんが、先ほど解説していただいた集落営農といった方式を自分たちで打ち立てるような努力が大切ではないかということを感じます。

 梶井 たしかにかつての食管制度のもとでは生産者は売れ行きを心配することもなく価格も一定の価格が維持されていた面はあります。

 鳥越 そういう政策の流れのなかで生産者は農業を続けてきたわけですから、簡単に批判することはできないことは分かります。
 ただ、今後は長い目で農業の将来を考えるのなら、私は現場が早く対応することだと思うわけです。日本の工業製品が世界に通用しているのはすべて個々の企業という現場に任せてきたからです。精密機械にしても自動車にしてもカメラにしても一定の規制はかかっていても、国の基本政策として自動車を生産してきたわけじゃありませんね。
 農業というのは日本人の肉体を支えるものじゃないですか。それを外国に頼らないで同じ国のなかで保障していくというのは大事なことだと思います。

 梶井 活力のある主体に現場に任せれば農業も活性化するという論調で、株式会社の農業参入が言われています。株式会社が農業経営するということを構造改革特区で認めました。それは借地ですが、これを農地の取得も認めるべきと経済団体が主張している。株式会社が農業経営しようというなら借地のほうが経営的にはリスクが少ないはずです。なぜ農地取得にこだわるのか。

 鳥越 それは資産として土地を持ちたいということでしょうね。営農が目的ではなく投機目的ではないか。農業で儲からなければ農地を売り払うということでしょう。もっと言えば農業で儲かるとは考えてないでしょう。しかし、これを認めると、いよいよ日本の農業は風前の灯火となりますね。裏側でじりじりと深刻な事態が進行しているということを知らないといけないですね。

 梶井 どうもありがとうございました。

インタビューを終えて
 鳥越さんにインタビューをしたその翌日、財界がつくっている日本経済調査協議会の農政提言「農政の抜本改革・基本指針と具体像」が発表された。まだ中間報告だということだが、“基本的にはFTA推進に向けた経済界の立場を代弁したもの”(12・20日付日本農業新聞)で問題が多い。本紙でも徹底的に検討してほしいと思う。今年はこういう財界提言や、農業は貿易立国日本の障碍になるなという一般紙の論説などが多発する年になるのではないか。
 それだけに“国は残っても食い物がなかった”悲惨を知っており、“農業で儲かるとは考えていない”株式会社の農業参入が何をもたらすか、的確に見通されている鳥越さんのようなオピニオンリーダーに、日本の農業問題をもっと論じてほしいと思う。そのためには、農業側は鳥越さんたちへの情報提供を怠ってはならないし、意見交換の場をもっともつ必要があるだろう。(梶井)


(2003.12.26)

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