農業協同組合新聞 JACOM
   

特集「改革の風をふかそう 農と共生の世紀づくりのために」


私たち、環境創造型農業の実現を目指します
あるJAの挑戦 農でつなぐ、いのちと未来
 

千葉県・JA山武郡市
 地域のなかで議論を積み上げ自分たちの地域農業像を描く――。気候風土、地理条件など地域の特徴をじっくりと見つめ、未来へと農と暮らしをつなぐ、今こそ、そうした取り組みが全国のJAに求められている。
 千葉県のJA山武郡市は昨年秋、「環境創造型農業の実現」などを柱とする地域農業振興計画を策定、内外に向けて公表した。合い言葉は「安全・安心な農産物は山武の大地から」。地域の声を積み上げてJAの若手職員が中心となってつくったもので新たな農業や地域像への提言にもなっている。
 今年から生産者、JAが一体となって挑戦の一歩を踏み出す。夢の実現をめざす元気な生産者の思いを現地で聞いた。

◆産地、産物、人を伝える
管内3カ所あるJA山武郡市の直売所「緑の風」
管内3カ所あるJA山武郡市の直売所「緑の風」

 JA山武郡市の地域農業振興計画の柱となるのは2つの宣言だ。
 ひとつは「環境創造型農業宣言」。これは産地としてのポリシーを示したもので産地間競争が激しくなっているなか、単に安全な農産物を生産するだけでは生き残れないという危機感をもとに、今後は「産地の自然環境や農産物の作り方そのものをアピールする農業」へ転換しようという宣言である。いわば、産地丸ごと評価を高めようという取り組みだ。
 具体的な目標としては、農薬や化学肥料の使用量の削減や、耕畜連携による地域循環型農業の促進、地域の生活者との地産地消の取り組みや、学校給食への地場農産物の供給などの自給運動など10か条を掲げた。
 今年から、米づくりではさっそく農薬、化学肥料を削減した千葉県基準の特別栽培(千葉エコ米)に取り組む。約100人の生産者がJAの呼びかけに応え75ヘクタールでの作付けが予定されている。収量は6000俵を見込む。計画では17年度に300ヘクタールまで拡大する。販売もJAが手がけ取引先を開拓していく方針だ。
 地産地消の拠点となるのが直売所とインショップ形態での販売。
 JAが開設した直売所「緑の風」は現在、3店舗。昨年一年間で2億7000万円の売り上げがあった。野菜、花のほか加工品も多く、出荷者が増えているという。
 インショップは千葉県内の量販店に8か所あるほか、都内の量販店に15か所が開設されている。組合員であればだれでも出荷でき、多様な販売ルートの一翼を担っている。

◆農のある暮らしやすい地域づくりをめざす

 計画のもう一つの柱が「農のある地域づくり宣言」だ。
 これは農業者と非農業者が一体となって地域の農業と暮らしを守り発展させていくための活動に取り組むことを宣言したもの。農を地域の核とすることでとくに暮らしの基盤である食、環境、文化、教育を守っていこうというものだ。
 同JA管内は条件に恵まれた広々とした農地が広がる。しかし、都市化も進み農業者は地域住民の10%程度に過ぎない。
 一方、この豊かな大地で家庭菜園を楽しむなど農業そのものに関心を持つ人は多い。
 この宣言は、大規模な農業者だけでなく、あらゆる形で農業に携わる人々を巻き込んで農のある地域づくりへのうねりを作り出そうとするものといえるだろう。さらに地域に住む人々からさまざま形で農業に参加してもらえる人材を掘り起こす活動も目標にしている。農の価値に共感を寄せる人々をJAが育て農の担い手としていこうという意欲的な取り組みだ。
 そのほか、子どもたちへの食農教育活動や、食、農、環境、福祉、文化などに関わる活動を地域の人々が自主的な協同活動として広めていくことも目標にしている。
 「農のある地域づくり宣言」は同JAが策定した地域農業振興計画の大きな特徴だ。農業者だけでなく、広く地域住民の農業に対する思いを結集して地域づくりのエネルギーとしていこうという方向はJAらしい活動だろう。
 昨年、11月末、この地域農業振興計画を内外に公表するプレゼンテーションが開かれたが、行政や生協、流通業者など関係者のほか、会場には生産者も多数詰めかけた。
 また、会場の前列席は地域住民で埋まった。JAが地域住民向け広報誌でこのイベント開催を知らせたところ約200名の応募があったという。単に農産物を作るだけではない農が生み出す多彩な可能性に関心が高いことを伺わせる光景だった。
 同計画の策定を助言した茨城大学の中嶋紀一教授は当日の基調講演のなかで、このふたつの宣言について「地域農業の方向転換を示したもの。それは売れる農業、儲かる農業から、『値打ちのある農業』へという考え方。この地域の自然を生かし、自然を育てる農業でもある」と指摘した。
 このイベント運営は、生産者が実行委員となって企画した。当日の司会も生産者組織の代表が務めり、JA若手職員による宣言の読み上げもあるなど生産者とJAが手作りで一体となって盛り上げた。
 今回、インタビューしたのは実行委員会のメンバー。山武の大地への思いを語ってくれた。2004年。生産者とJAの挑戦に期待が高まる。

◆食べることは命につながっている

今関百合さん
今関百合さん
 成東町在住の今関百合さん。就農5年め。家族とともに野菜づくりに取り組む。
 将来、就農することを決めたのは高校の担任の一言。「おまえがやらなくてだれが農業をやるんだ」。それが背中を押すきっかけとはなったが、農業が大好き、趣味は仕事と断言する父の姿をずっと見てきて「受け継ぐのはその思い」と考えていた。大学で食品経済学を学んだ後、ドイツへ農業研修に出かけたり、国内でも各地に研修に出かけ仲間を増やした。ホームページも作成していて、全国の同世代の農業者が情報交換する場となっている。
 最近、今関家の農業で変わったのは直売所やインショップに出荷するようになったこと。収穫作業のほか、シール貼りや出荷準備に百合さんは忙しい毎日を送る。直売所で消費者からの声を聞くようになって家族の会話も増えたという。母は加工品づくりに励むようになり、家族で作付ける品目もバラエティーに富むようになった。
 市場出荷一辺倒だった経営から多様な売り方へと変わってきたが、それには直売所の設置などJAの役割が大きいと話す。
 「JAは生産者がつくった組織。自分たちがアイデア、意見をどんどん出して自分たちの組織にしていくべき」。
 直売所への出荷は経営面へのプラスだけではなく、新たな夢も与えてくれた。今後は食農教育に力を入れたいと語る。「食べることは命につながっている。農業について聞く耳を持つ食べる人を育ていかないと、日本の農業は支えられないと思う。それを伝える活動ができれば」。

◆家族中でアイデア出す農業を続ける

渡邉明さん、和代さん
渡邉明さん、和代さん
 渡邉明さん、和代さん夫妻は米と野菜づくりで市場出荷が中心だったが、最近は、契約栽培や加工品づくりにも力を入れ、JAの直売所、インショップにも出荷する。
 直売の試みは和代さんが始めた。最初はバザー感覚で子ども連れで朝市への出荷を始めたが「お客さんと対話で学ぶことが多かった」という。消費者が望んでいるものや対話のなかで、こんな加工品を作れば売れるのでは、といったアドバイスももらったりした。一方、この地域が大根の指定産地になっていても地元の消費者は「そんな代表産地であるなんて知らなかったことに驚いた」。
 そうした消費者と生産者のギャップを埋めるために販売する農産物1点1点にメッセージカードを入れることにした。どうやってこの野菜を作ったのか、どう料理すればおいしく食べられるのかなどを記した。
 また、加工品づくりにも力を入れた。形の良くないサツマイモをスイートポテトにしたり、春菊の茎をドーナツの生地に入れたり、米の未熟粒を粉にしてイモ、ユズ、カボチャなどと合わせて彩り豊かな餅を作ったりした。
 「原材料をわざわざ仕入れるのではなく、自分たちで生産したものから家族中で知恵を絞って加工品をつくる。農家の生活そのものからヒントを得るということだと思います」と和代さん。こうした地域の食文化を伝えるには女性の力がますます大事になると語った。

◆農のある安らぎの地域をつくっていきたい

石井清一さん
石井清一さん
 千葉県農協青年部協議会委員長でもある石井清一さんは米と野菜のほか、花づくりにも力を入れてきた。「農家一人ではやれることが限られている」と今回の地域農業振興計画の実現にJAのリーダシップを期待する。
 就農して25年。かつての単品大量生産から、花など品目も増やしてきたが、さらに今年からは環境創造型農業での米づくりをめざす。JAが呼びかける千葉県の特別栽培基準を満たす栽培に取り組むことを決めた。品種はコシヒカリ。石井さんは「自分のつくった農産物が正当に評価されることを期待して」のことだという。それだけにJAによる販売の拡大に期待を寄せる。
 地域農業振興計画を内外に公表して以降、青年部も各支所で説明会、勉強会を持つ予定だ。「環境に配慮した農業、と思ってもどうやればいいか分からなかった。この宣言で意識が広まってきた」と語る。
 一方で三人の子どもの親として次世代に地域をバトンタッチすることも課題になる年齢でもある。「環境創造型農業」もそのために大切な目標だと考えているが、もうひとつの柱である「農のある地域づくり宣言」には、自分の親たちも含めここで暮らし農業をしてきたさまざまな高齢者が心豊かに暮らせる地域、というイメージも浮かんだ。
 「この宣言の実現にはさまざま人々の交流が大事だと思う。人々にとって安らぎのある地域にしていきたいと私は思います」。

◆私たちの農業のすばらしさ 地域の人々に知らせていきたい

富谷明子さん(右)と富谷和美さん
富谷明子さん(右)と富谷和美さん
 富谷明子さんと富谷和美さんは山武町で15年前から有機農業に取り組んできた。
 当時、地域では慣行農法から有機農業への転換をしなくては生き残れないという悩みがあったのだろうという。たとえば、単品の大量生産がもたらす連作障害などだ。ただ彼女たちは「嫁に来てすぐに有機農業へ。草取りに追われる日々でした」と笑って話す。JAで有機部会を設立し東京都内の生協や産直グループとの取引を拡大してきた。
 もちろんすべて無農薬栽培では供給できない。農薬を使わなければまともに収穫できない農産物もある。そのことを夫たちやその仲間とともに都会に出かけていって説明して理解をしてもらってきた。
 都会の関係者には支持者も増え、都心の幼稚園児などさえも農業体験にやってくるようになった。今では第三者の有機認証による格づけも得る生産者組織となった。
 しかし、地域に開設された直売所に出荷してみると、安い野菜のほうがいいという消費者の声に触れた。今まで都会の消費者をターゲットにしてきたことは間違いではなかったが、地域の人々が自分たちの実践を知らなかったことに気づいた。
 「その点で地域の生活者を地域農業づくりに巻き込んでしまうという発想はいいと思いました。自分たちの農業を自分たちの地域に知ってもらう、それが地域づくりにもなると考えています」と2人は話す。

◆女性が伝統の食文化を受け継ぐ役割担いたい

鈴木隆子さん

鈴木隆子さん

 県の生活改善協会の会長でもある鈴木隆子さん。夫とともに米づくりに励むかたわら、加工品にも力を入れる。女性たちが農産物加工に取り組むことによって「生き生きしてきました」というのが実感だ。
 きっかけは農産物価格が低迷するなか、少しでも付加価値をつけて収入を上げられないか、だった。味噌づくりから始めた試みは地域の研修所で女性たちに指導することにもなった。なかには自分の小遣い程度になればという参加者もいたが、直売所での販売で今では「自分の夫に小遣いをあげる人までいます」という。
 加工品は多彩だ。イモと米を合わせたイモかきもち、赤飯など米農家ならではもののほか、タマネギが大量に穫れるためそれを利用した焼き肉のタレも好評だし、トマトを使ったソース、ケチャップまで作った。
 今回の地域農業振興計画には、地産地消や文化の継承などが目標にあるが、自分たちが消費者との交流を進めてきた経験で感じるのは「お互いの気持ちが満足するかどうかだと思います」。今後それをさらに地域に広めようとするには、「農協という組織の大切さを改めて理解できた」と話す。そのためにも「JAは生産者の身近にいてほしい」。これは地域の夢が実現するキーワードかもしれない。女性の立場からは農村に伝わる伝統的な食文化を地域に伝えていくことも役割と考えている。 (2004.1.14)


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