農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 第49回JA全国女性大会 農と共生の世紀づくりは私たちの手で

現地レポート 生き生き農村女性たち 女性が自立し輝けば家も村も明るくなる

農家の生活から生まれた手作りケーキを直売
鎌田恵久代さん(岩手県花巻市・かまだ養鶏場農産加工部門ToTo&CoCo統括マネージャー)

◆最初は無理せず 気軽に取り組み
鎌田恵久代さん
鎌田恵久代さん

 JAの運営するファーマーズ・マーケットには年間を通して品揃えをするために、野菜や果実、花などだけではなく農産加工品を充実させることが求められている。
 平成9年にオープンしたJAいわて花巻の「母ちゃんハウスだぁすこ」も、北東北の地に開設するファーマーズ・マーケットとして冬場の品揃えのためにも生産者が農産加工に取り組むことが課題だった。
 そのため加工室を持たない生産者のために店舗内に加工室を作った。
 オープン当初はその加工室を利用し、現在は自宅で手づくりケーキを製造、ここで販売し続けているのが鎌田恵久代さん(44)だ。
 鎌田家は3人の子どもを含め8人家族。夫は採卵鶏を1万羽飼養する「かまだ養鶏場」を経営、採卵やパック詰めを義母と恵久代さんが担っている。そのほか義父は3.3へクタールの自作地で米づくりをするほか、数人で作業受託もしているという農業専業の一家だ。
 手づくりケーキをファーマーズ・マーケットで売るという話に、最初、家族は反対した。採卵は1日1回だが洗浄とパック詰めの作業がある。忙しくてケーキづくりの時間があるのかと言われた。ただ、ファーマーズ・マーケットは自分だけが出荷するわけではなく他の人も出すのだからと、「忙しいときはケーキづくりを休み、本業を優先させますという条件で理解してもらったんです。気軽な気持ちで始めたことは自分にとっても良かったと思いますね」と恵久代さんは話す。

◆卵屋さんならでは 贅沢な味が評判

JAいわて花巻のファーマーズ・マーケット「母ちゃんハウスだぁすこ」
JAいわて花巻のファーマーズ・マーケット
「母ちゃんハウスだぁすこ」

 ケーキづくりには20代のころから興味があり自分でお金を貯めてオーブンを買ったほど。それがかまだ養鶏場に嫁いで来たら、「捨てるほど卵があった」。
 実際、毎日約1万個卵が産み落とされているとしても、全部出荷できるわけではなく、殻がくぼんだり傷ついたりしたものは近所の人たちに割安で販売していた。それでも少し割れかけて販売できそうもなく捨てるしかない卵が1日に100個以上もあり、もったいなくても処分するしかなかった。
 恵久代さんは、その卵を活用して好きだったケーキづくりを思い立つ。家族も理解しオーブンを購入してくれて、まずはクリスマス・ケーキなど家族のために作った。
 そのうちフレッシュ・ミセスの副部長を務めるようになり、さまざまな会合にケーキを持っていくようになった。味が評判になっていろいろな人に知られるようになる。
 JAいわて花巻の生活推進部次長で地域活性化課長の高橋テツさんは、「母ちゃんハウスだぁすこ」立ち上げのため各地を視察したが、この地域の女性がつくる加工品はレベルが高い、これならいけると思ったという。しかも、和菓子などが多いなか、恵久代さんのような手作り洋菓子を売る人は少なく、「若い女性も引きつけられる」と感じた。次第に技術も上がってきた恵久代さんのケーキは、オープン前からきっと評判になるだろうと考えられていたのである。
 オープン1年後、かまだ養鶏場では卵のパック詰め施設を大改築することになったことに合わせて、工房を作ってもらった。オーブンなどケーキづくりに必要な機材費は自分の貯金から支払った。実は、鎌田家では恵久代さんが嫁いできた当初から、養鶏業の仕事に対してきちんと給料を支払ってきたのである。
 それから自宅での製造が本格化する。作るのは夕食後の夜7時ごろから。
 「家族団らんのときに、じゃ、工房に行くね、と言ってがんばるんです。戻ってくるのは12時近くになることもあります」。
 翌朝、かまだ養鶏場の卵とともに夫が「だぁすこ」に届けて並べてくる。
 作るケーキは、シフォンケーキ、パウンドケーキ、チーズケーキなど。クリームは使わない「本に載っている誰でもつくれそうなもの」というが、新鮮な卵をふんだんにつかっているせいか、ファンは多い。最近では「だぁすこ」に予約が入るまでになった。「卵屋でなければできない手づくりケーキかもしれませんね」と笑う。

◆農家の生活を見直すきっかけにも

 恵久代さんはケーキのほか季節に合わせてプリンやゼリーも作るようになった。ケーキにしてもプレーンタイプだけでなく、コーヒーや紅茶で味を付けたものや、形も、たとえばバレンタインデーに合わせてハート型にするなど、工夫している。
 テレビで知る都会の流行情報も参考にしている。たとえば、フランスの菓子「カヌレ」が若い女性に人気だと知るとさっそくチャレンジ。家族の評判もよく並べてみると、流行に敏感な女性が飛びついた。ファーマーズ・マーケットに若い女性が集まるきっかけにもなった。
 ほかにも20年前に趣味で植えたブルーベリーが立派に実をつけるようになったので自家製ブルーベリー入りのケーキも作ったり、伊予柑を1箱買ってきて、せっせと家族に食べてもらい、皮を集めてマーマレードづくりをして材料にしようとも考えている。
 義母が作る自家用野菜も活用して新しいケーキができないかとも思うようになった。かぼちゃ、ニンジン、いちごなどなどケーキだけでなくプリンやゼリーの材料としてアイデアが浮かんだときには工房で試作品を作る。
 「これからはただ加工するだけじゃなく新しい食べ方、楽しみ方を私たちが提案していく必要があると思います」。
 そうした提案ができるのも新鮮な農産物が身近にある農家だからこそでもあるという。
 若いころからケーキづくりが好きだった恵久代さんにとって手づくりケーキはひとつの夢の実現でもあるが、「手づくり、というのは農家だからこそできる生活。農家の生活を楽しむためのケーキづくりでもあると思いますね」と話す。
 むしろ農産加工品を作り出すことは農業と切り離されたことではなく、農家にとって自然なことではないかという。

◆家族に誇らしい気持ちが生まれ

シンプルだが豊かな味わいの手作りケーキ
シンプルだが豊かな味わいの手作りケーキ

 手作りケーキの収入は、JAに支払う15%のマージンを引いても年270万円にもなってきたという。工房の家賃や光熱費、原料となる卵代金もこのなかからしっかり夫に払っている。
 地域で評判になると大学生を筆頭にした3人の子どもたちの友だちの間でも自分のことが話題になってきたらしい。
 「遊びにいくんだけど、お母さんのケーキ、おみやげに持っていっていい? なんて聞いてくるんです。息子たちは母親のことが話題になるのは気恥ずかしい年頃でしょうが、それでも少し誇らしげです。私のやっていることが認められた気がします」。
 ただ、夫と義母で営んでいる養鶏は卵価の低迷に悩む。卵は直売所のほか、小売店、レストラン、洋菓子店などに販売しているが、卸売市場価格を基準に販売価格を決めているからだ。一方、畜産業には糞尿処理施設の整備が法的にも求められるなど環境対策も今後負担となる。
 恵久代さんは「確かにケーキの売り上げは自分で管理するお金です。しかし、家族で経営している養鶏も支えていかなくてはなりません。実際に私が今後資金を出す必要はないかもしれませんが、自分でもいざとなれば具体的に経営をサポートできるんだと思えるだけでも以前とは違います」。
 農家らしい生活を楽しむための手作りケーキ。それが経済的にも鎌田家の農業経営の土台づくりにもなっている。
 「農業をやりたい、と思うような姿を私たち親はみせなければいけないと思っています」。

(2004.2.4)



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