◆胡蝶蘭の直売所店長
|
黒川あけみさん |
愛知県刈谷市に広がる農地の一角に洒落たレンガづくりの建物がある。ガラス張りの明るい店内には、高級感あふれる胡蝶蘭の鉢植えが並べられている。
ここが蘭栽培専業農家、黒川オーキッズが6年前にオープンした直売店である。取材に訪れたとき、店内には女性客が二人。その応対をしていたのが、店長の黒川あけみさん(37)だ。
店には刈谷市内のほか、名古屋からも胡蝶蘭を求めてお客さんがやってくる。ファックスでも依頼があり宅配便を利用した販売も行っている。
直売店に隣接したハウスは1400坪もの広さ。黒川オーキッズの特徴は、種子から栽培するのではなく、今はすべてクローンによる栽培が確立されていること。つまり、ここのハウスでしか生産されない胡蝶蘭としてブランド化が図られていることだ。10株ほどのオリジナル品種もあり、品種登録したものもある。年間の出荷量は6万〜7万5000鉢だという。
「品種を指定して買いにくる人もいます。やはり花は生ものですから新鮮さを求め、直売店に足を運んでくれるようです」とあけみさん。黒川オーキッズは以前は卸売市場出荷のみだったが、現在は直売店との2本立て。直売の売り上げは全体の3分の1を占めているという。
経営者はあけみさんの義父の富弘さん。義母の久子さんとあけみさんが店頭に立ち、義父と夫、銑一さん(38)が栽培を行っている。この家族は、平成8年に市内の農家ではもっとも早く家族経営協定を締結。労働内容、労働時間、休日などを決め、経営者の富弘さんから3人は給料を受け取る形態にしている。
◆新たな農業へ挑戦する家族
黒川家はもともとは米麦の生産を中心とした農家だった。今でも周囲には田んぼが広がる。
昭和40年ごろ、富弘さんは米麦専業からの転換をはかり、ハウス栽培でのきゅうりづくりに取り組む。10年ほど後、今度はガラス温室に作りかえ観葉植物栽培に乗り出す。
そして、昭和63年に銑一さんが就農するときに全面的に胡蝶蘭の栽培に切り換えた。
「この家には時代の先を見て、新しい農業に挑戦しようという気持ちが昔からあったと思う」と銑一さん。父に自分が就農するときに胡蝶蘭の栽培で新たな経営をめざそうという思いを伝えたのも「周年出荷で経営の安定を」との判断からだ。
銑一さんと同じ愛知県内の農業高校を卒業し県農協中央会で働いていたあけみさんが銑一さんと結婚したのが13年前。実家も農家だったから蘭栽培を手伝うことに抵抗はなかった。
一年後に長男を出産しても、首が座る時期になると温室に出て手伝った。家族は子どものために温室のなかに子ども部屋を作った。「安心して仕事ができました」とあけみさんはいう。成長にするにしたがってそこは勉強部屋になり、友だちと遊ぶ場所にもなった。
◆協定があるから経営参画できる
|
黒川オーキッズの栽培ハウス。オリジナル品種も多い |
家族経営協定を結ぼうと家族に働きかけたのは久子さんだ。久子さんは、現在も農村生活アドバイザーで生活改善実行グループAKかもめ会で積極的な活動をしているが、農業改良普及センターから平成7年に家族経営協定の話を聞く。
久子さんは「最先端のことをやろう」と家族に持ちかけた。
「休日や労働時間など、協定がなくてもすでに家族で約束事は決めていました。それを書面にするだけなのですが、家族の意識を再確認しようということでした」と久子さんは振り返る。
もっともすんなりと協定の中身が決まったわけではない。休日を決めてもその通りに休めば仕事が遅れるのではないか、という意見も出た。それならパートさんを増やせばどうか、ということになったが、実際にはパートに任せてすむことばかりではなく、実態としては書面どおりに休日がとれるわけではないと、みな話す。
ただ、そうした休日などの問題よりもはるかに意義があるとみな強調するのが家族で経営を考えるために話し合うことができるようになったということだ。
直売店を開設することも家族の話合いのなかから生まれたアイデアだった。
バブル崩壊後の長引く景気低迷は蘭の販売にも影響した。家族で年間売り上げ目標を立てても、目標達成ができないこともあった。どうすればいいのか……。
「家族経営協定があったから、今後の経営についてみなで話し合うなかで、直売店出店の計画も生まれてきたんです」とあけみさんは話す。
店の奥にはリビングと子ども部屋も設置することをあけみさんは提案。ハウスと店は自宅とは少し離れているので仕事中、子どもたちが近くにいられるようにした。また、リビングは家族だけでなく農家の仲間たちが集まるスペースとしても使える。
店は店長としての責任を持たされているが、このスペースがあるから家族や仲間との交流も大事にできる。
◆親の楽しむ姿を子どもに見せる
|
レンガづくりのしゃれた店舗。アイデアはあけみさんが出した |
あけみさんは、生活改善実行グループ「ローズマリー」で仲間との勉強会にも参加している。刈谷市内の専業農家の同世代の女性たちの集まりだ。夫どうしも仲がいい。
月に1回、農家への視察や料理や手芸などの会を持っている。農業に携わっている女性同士でさまざまなことを話し合える息抜きの場にもなっている。
家族経営協定を結んでいる家はまだ少ないが、次第に理解が進み刈谷市内では今年度中に3戸の農家で締結されそうだという。
「協定に基づいてきちんと給料が支払われればやはり仕事にやりがいも出てきますし、責任感も生まれます。農業経営に参画しているという自覚が持て、経営について勉強もするようになりました」。
単に経済的な裏付けがあるというだけでなく、経営に参画するという気持ちが持てることがこの家族経営協定の大切なところではないかと話す。
こうした気持ちからあけみさん夫妻はつぎの夢を持つようになった。
それは長男がこの経営基盤を受け継ぎ後継者になってくれること。まだ小学校5年生だが、最近、将来の夢という作文に「僕は将来、花屋さんになると書いているんです」と微笑む。
小学校5年生だからまだ先のことと思うが、「父が10年先を見て経営をつねに考えてきたことを思えば、遅くはない。息子の就農のためのプランを考えることは夢であり課題でもあると思っています」と銑一さんは話す。
そのための第一歩が立地条件を検討してもう1店直売店を開設し、直売の売り上げ比率を上げることだという。
久子さんは家族経営協定は、当時、「最先端のことをやろう」と考えたのだが「今、思えば当然のことなんですね。実践するかしないかだと思います」という。
家族の役割、責任がはっきりすることによって「助け合って農業をしていけるし、それが農業のいいところでもある。その楽しさを子どもたちに示せれば、きっと後継者になってくれると思うんです」とあけみさんは話してくれた。
「この家は、女が主導権を握って親父と俺がうまくのせられちゃっている気がするんだよな」と銑一さん。「そんなことはないわよ。私たちのほうが乗せられているという感じね、あけみさん」と久子さん。「結局はお互いが相手の手のひらに乗せられている、と思っているんだろうね」と笑い声に包まれた。 (2004.2.4)