「つぼ八」の創業者、石井誠二氏は居酒屋界のカリスマ的存在だ。80年代の終わりに「つぼ八」の経営を離れ、現在は東京の城南地区を中心に展開する「八百八町」の代表取締役。「地域密着」、「消費者の視点」をキーワードに事業展開の先頭に立っている。今回はそんなこだわりの居酒屋経営者に農と食についての思いを聞いた。聞き手は原田康本紙論説委員。 |
■食べ物に「命」を感じられない時代
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いしい せいじ
30歳のとき札幌ではじめた居酒屋「つぼ八」で成功、洋風居酒屋ブームをつくりだす。社長解任事件の13年後の今、居酒屋「八百八町」を展開、店頭公開をめざしている。現在、代表取締役。 |
原田 居酒屋チェーンの草分けとなった「つぼ八」を北海道で創業されたのが1973年ですね。それ以来30年以上この仕事を続けてこられたわけですが、今日はざっくばらんに居酒屋経営から見た食と農についてのお考えを聞かせていただければと思います。
石井 今62歳ですが、最近考えているのは、70歳ぐらいまでに後継者を育て、その後は自分で田んぼや畑をつくって、その横に居酒屋をつくるような生活をしたいと。そう思うのは年をとってからも誰かの世話になるんじゃなくて最後まで自分で自分のことはしながら生きていきたいからです。それなら自給自足的な世界で暮らしてみることはできないかなということです。
ただ自分はずっと居酒屋をやってきましたから畑の横に居酒屋を出して自分のつくった野菜を出す。何人来るか分かりませんが、こういう生活をしたいと考えている人は結構いるんじゃないか。
それをどこで実現するかと考えたときに思い浮かぶのがゴルフ場です。日本にこんなにゴルフ場はいらないし、現に外国資本が低価格で買っているといいます。この先もっと下がるかもしれないから実現可能性はあるのではないか。そこを活用して原野に戻したり畑をつくったりする。それはいいアイデアだと手を上げてくれる人もいるかもしれないと思っているんです。
原田 スローフード運動など、自然に合わせた生活に返ろうという考えも広まってきましたからね。
石井 ええ。それも農業をやりたいという人だけじゃなくて、絵を描いたり陶器を作ったりという人も含めてでいいんです。
そして子どもたちも受け入れる。家畜の世話もさせるし、鶏を自分たちの手でしめて食べさせてもいい。われわれは動物や植物の命をもらって生きているということを教えるんです。加工食品ばかり食べているが、食べ物には命がある。そういう本当の考え方を植え付けることもできるのではないかと思います。
原田 流行の外食レストランでもコストを下げるために冷凍食品を使っていることが多い時代ですからね。
石井 確かに食べ物に自然や命を感じることが少なくなっています。ただ、外食を経営する立場からすれば、みんなが求めているしコストも下がるし、という時流もあるということでしょう。
■料理のコンセプトは「客の命を預かっている」
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はらだ・こう
昭和12年愛知県生まれ。東京教育大学農学部卒。36年全農(全販連)入会、63年総合企画部次長、平成2年生活部長、5年全農常務理事、8年(株)全農燃料ターミナル社長、11年(社)農協流通研究所理事長、14年同理事長を退任。
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原田 そういうなかでも冷凍食品は極力使わず新鮮な素材を提供するという姿勢で事業を展開されてきたわけですが、石井さんの居酒屋哲学を改めて聞かせてください。
石井 料理づくりのコンセプトが大事だということです。それは、われわれはお客様の命をお預かりしているということ。そしてお客様はわれわれを信頼してくれているのだということです。こういうベースがないと責任ある料理を出していけない。
そのうえで自然の恵みを届けることを基本として、季節感、素材感を考えるということです。こういうコンセプトがないと限りなく加工品ばかりになっていってしまう。
昨年の4月には、「ひもの屋」をオープンしました。これは干物という日本の伝統の味を若い世代にも提供したいということから生まれたのですが、オープン前の試験期間中に「骨を抜いてくれ」という依頼があったと店長が私に相談してきた。店長は悩んだようですが、私は「魚を食べるのに骨を抜いてくれというなら、どうぞよその店に行ってください」とそんな依頼は断れといったんです。骨を抜いた魚が人気のようですがおかしいと思う。骨が喉にひっかかるのは人間にとっていい体験です。このぐらいの考え方を持たないといい仕事はできないと思っています。
原田 現場の人たちにそこをきちんと理解させるのは逆に骨が折れるのじゃないですか。
石井 いえ、最初にきちんとコンセプトを示せばいい。あとは、諦めない、変えないということです。もちろん仕事をしていけば当然悩みが出てきますが、悩んだら最初のコンセプトに戻れ、と言っています。戻る場所があることが大切だと思っています。
■農業も商売も自分の人生 自己判断で切り拓け
原田 居酒屋は庶民的ですが競争の激しい世界ですね。農業もこのところ厳しい国際競争にさらされてコストダウンで対抗しようとしています。農業についてはどうお考えですか。
石井 米を作らなければ助成金がもらえるという政策をしていたのではやはりだめでしょう。俺の作り方でこれだけの量を作る、こういう点をもっと突っ込んで考えたほうがいいんじゃないでしょうか。もちろんコストダウンした大量生産も必要ですから、そこは法人化するなどの対応も必要でしょう。ただ、俺の作り方はこうだ、という信念で作る人ときちんと区分けをすればいいと思います。
畑でばりばり食べられる大根、そういうものを作る人にはいつの時代にも絶対にファンがつきます。右に行けと言われて右に行き、左だと言われて左に行き、そして今度は、どっちへ行けばいいんでしょうかと聞くような人生でどこがおもしろいのかと思います。私は農業も商売も仕事として捉えるのではなく自分の人生だと考える必要があると思っています。
原田 自分の人生だから自分で判断をするということですね。
石井 自分から頭を下げるのは、感謝する時だけだと思うんですね。その点、農業者の方々は土に頭を下げる、水に感謝する、お日様と話をするということをやってらっしゃる仕事でしょう。よく聞きますが、あの山に雲が出たから明日は雨だということが分かるといいますね。それは土と会話し水に感謝し、ということを通じて自分で判断しているということだと思います。
自分のいる場所はやはり宝島でなければならないでしょう。宝島にするには、これは自分の人生なんだと思うことじゃないでしょうか。
■変わるライフスタイル 「地域密着」キーワードに
原田 ところで創業した「つぼ八」を離れて1989年に「八百八町」の第1号店を立ち上げたわけですが、これまでの居酒屋ビジネスとはどう違うのでしょうか。
石井 「つぼ八」を創業したのは30歳のときですがそこを離れた46歳までの間は、県庁所在地に店舗を出せば間違いなく繁盛しました。それは勤め人を対象にしていたからです。
ところがゼロからの再スタートを考えた80年代の終わり、これからは時代が変わるのではないかとふと思った。どんな時代になるのか、いろいろ本を読んだりアメリカに行ったりして考えていたんですが、たとえばアメリカで何回もホームパーティに招待されていると、日本も10年後、つまり、21世紀にはこういう時代になるのかなと考えた。
つまり、みな「自分人間」になるんじゃないかということです。「つぼ八」が対象にしていたのはまさに会社人間でした。だから会社人間のいるところに店を出せばよかった。
しかし、これからは趣味の仲間で食事を楽しむというように会社とは違うネットワークを大事にする人が増えるんじゃないか、あるいはやはり家族が大事だという人も出てくるだろうと。さらに家族が大事だということでいえば、養っていけなくてはいけないから仕事は必要だが、会社は重視しないという、これまでの会社中心の働き方まで変わってくるかもしれないと考えたわけです。
では、そういう人間はどこでネットワークを作るのかを考えて出てきたのが「地域密着」というキーワードです。たとえば、家族連れでも来てもらえる居酒屋ということですね。
それから社員を「独立させる」会社というのをもうひとつのコンセプトにしました。つまり、われわれの居酒屋で働きたいというだけではなく、独立したいという気持ちがある人間に来てもらいたいということです。
もちろん誰だって資金はありませんから、志さえあればいいと。年齢も学歴も経験も問いません。直営店で働いて実績を上げて、それそろ行きます、ということになれば全面的に支援するという企業として立ち上げました。
■あきらめなければ 必ず支持は集まってくる
原田 志のある人間を応援しようという姿勢ですね。
石井 小さなことからでも一生懸命やる人なら来てもらっています。ただし店の運営マニュアルはありません。地域に密着した居酒屋としてお客様の視点でどうしたら喜ばれるのか自分自身で考えてもらうということが基本です。
原田 最後に農業者へのメッセージをお願いします。
石井 あきらめないでやっていると応援団が集まってきて助けてくれます。がんばれ、がんばれってね。私もそうでした。一生懸命やっていればその姿を見て、自分もやりたいという人も出てくる。そう思いますね。
原田 ありがとうございました。
インタビューを終えて
石井誠二氏は日本一の居酒屋チェーン「つぼ八」を創りあげたが、パートナーの商社伊藤萬(後に倒産をしたイトマンの前身)によって社長の座を追われ、暫く充電をされ再び居酒屋チェーン「八百八町」を立ち上げられた。
社長の哲学は、信念を持って努力をすれば支持をしてくれる応援団ができ、環が拡がっていくというのであり、亀は目標を見据えて一歩一歩歩いたが兎は亀を見ていた、との比喩を云われたがなるほど世の中兎が多い。
学歴、経験、年齢は問わず、「志」を持つ人の独立を応援するという経営方針でフランチャイズ方式によって店舗を拡大されているが、若い人達は真面目によく働き頼もしいとの評価である。
農業は人に頭を下げず、自然の営みに感謝をし、人の指図を受けずに自分の信念を持って経営ができる。21世紀の「自分人間」の時代にピッタリである。(原田)
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(2004.7.8)