JA全農は、15年5月に「経済事業改革の基本方向」、同年8月に「事業(物流)改革構想」を決定し事業改革に取り組んできた。さらに同年12月には、全農の取り組みを反映した「経済事業改革指針」がJAグループとして決定され、中央と県域の経済事業改革本部が連携したJA経済事業改革の取り組みが着手された。また、全農は15年度から、生産者・消費者の視点にたった事業運営、役職員の意識改革やコンプライアンスの徹底による誠実な事業運営を基本姿勢とする「3か年計画」にも取り組んでいる。そこで、全農がめざす事業改革の現在の到達点と今後の課題などについて、岡阿彌靖正専務理事と田代洋一横浜国立大学教授に忌憚なく語り合っていただいた。
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◆リスクと量のバランスを考えて、どう力を発揮するか
田代 最近は、農協に対する独禁法適用除外問題は表面的にはいわれなくなりましたが、依然として財界は株式会社が農業や農村という「宝の山」に進出し、新しいビジネスチャンスを拡大したいと考えています。それに対して農地法とともに農協について、系統性を解体して産直農協化とか、単協が買えるものは自分で買いなさいとか、農協の総合性や系統性が問題にされてくると思います。系統性を潰すのに一番簡単な方法は、JRを解体したように、全農を分割・分社化する。そうすれば独禁法の適用除外しなくてもやっていける。そういう意味で、相次ぐ不正表示問題は、絶好の口実を与えてしまっているなと感じますね。
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岡阿彌靖正氏 JA全農専務理事
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岡阿彌 確かに農協は協同組合としておいておくけれども、それ以外は普通の会社と同じに扱うよという傾向はありますね。それから、農産物市場に株式会社は入りたいのだろうと思います。
米は競争原理で、一応、調整保管とか需給調整装置をはずされましたから、農家も作りすぎれば価格が下がるというリスクを負います。また全農も量を扱えば扱うほどリスクが大きくなります。全農自体もどの程度のリスクを担保するのか、それに合わせて量をどう考えていくのか、リスクと量のバランスということを考えざるをえない局面に立たされています。
例えば、契約栽培的なものでリスクをできるだけ少なくできれば、そういうものを拡大し、一般の市場価格で変動するものをできるだけ少なくして量を確保していくとか、そういう方向に変わっていくだろうと思います。したがって、質を保証しますよというJA米の生産を拡大してできるだけ契約に結びつけていくという形で、市場経済が入り込んでくる時代を乗り切っていくという方針を出していますが、どれくらいの力が発揮できるのかチャレンジになります。
◆「三位一体の物流改革」が経済事業改革のキーワード
田代 そうした背景のなかで、安全でおいしくて栄養価がある普通の農産物を普通のルートで消費者に提供し、農家の経営安定化を支えるために、農協系統とその頂点に立つ全農が力を発揮しないといけないと思います。
私は、構造改革が進まないなかでは、コストダウンは農協の生産資材価格を安くしてもらう以外にないというのが農政の本音なのかなと思います。それから農家組合員にしても販売・購買両面での価格訴求の要求があると思います。そういうものに主体的に応えていくために、経済事業改革のポイントと到達点についてお話いただけますか。
岡阿彌 金融情勢の厳しさのなかで、農協信用事業でも利ざやがもう少し圧縮されるということですから、信用事業の収益力は落ちる。そうしたなかで経済事業の赤字を、何とかできなければ止めろという話になると思います。結局のところペイオフを前に自己資本比率を維持するために、経済事業の赤字は許されないというわけです。そこで、農協の経済事業を続けられる状態にいかにもっていくかが大きな柱です。
もう一つは、経済連と全農が統合しても、重ね餅のような統合になっていますから、意思決定を一つにするとか、司令部を簡素にして現場は一つの意思の下で活発に活動できるとか、そういう組織に組み替えなければならない。それと農協の改革とを連動して進めなければいけない。これは車の両輪だと思っています。
生活関連事業とか、農機が赤字だからとか、生産資材価格とか、いくつか課題がありますが、いま、もっとも力点をおいているのは、物流です。いま農協で、商品に占める物流経費は15%〜20%くらいあります。農協の手数料は13%くらいありますが、それでも合わず赤字になっているわけです。平成6年頃に、農協に配送センターを整備して支店ごとに在庫をもつのは止めようという方針を出しましたが全体的に進むという状況にはなりませんでした。
したがって今回の改革では、県で受託し、農協域を超えた地域配送センターを設置し、複数農協で一番効率の上がる方法でということで、物流の整備をここ3年ほど進めています。17年度中には全国150ヶ所を目標にしていますが、これはほぼ達成できると思っています。
配送センターの在庫は連合会が持ち、農協は在庫リスクとかを持ちませんから、農協のコストは軽減され、実績だと5〜6%コストが下がるという具体的な効果がでています。
そして、単なるコストダウンだけの効果ではなくて、前日に注文したものは翌日には必ず配達されるので、いままでの不規則配達がなくなってきて、組合員さんから評価されています。そうなると農協の要員が余ってきます。それから商品を見て買いたいという人もいます。そうしたことに対応するために、経済専任の渉外員制度を充実しようと考えていますし、土日も営業し兼業農家の方にも見ていただけるような店をもつ。つまり「物流合理化」と「営農経済渉外員制度の導入」「生産資材店舗の整備」の「三位一体での取り組み」によって農協がいままでやっていたサービスのあり方を変えようと進めています。
これを進めると、各支所の在庫はなくなり配達をする業務がなくなります。そうなると、金融店舗をどう再配置するかといったことも議論がしやすくなります。そういう意味で「物流改革」が、農協の経済事業の収支改善と金融面での収支改善のキーになると思い進めています。
◆全農が受託して組合員サービスを継続−−生活関連事業
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田代洋一氏 横浜国立大学教授 |
田代 生活関連については、どう考えていますか。
岡阿彌 生活関連事業については、農家に対するサービス機能は落としたくないと農協は考えていますから、全農が受託して営業できるところは、受託してやっています。Aコープについては、県域を超えて1ブロック500億円くらいの単位にして運営していくようにすれば、店舗指導や管理面での人員も充実できますから、そういう単位で受けてやっていこうと考えています。JA−SSについても同じような考えで進めています。
田代 農業機械も赤字が多いですね。
岡阿彌 全体として農業が縮小するなかで、農機の市場も狭まっています。それから、中小農家がやめて大きな農家が増えることで、大型機械になっていくということで、平成6年ころに農協単位でやるには無理があるので、県単位で重点的に施設配置をして運営していこうという方針を出しましたが、諸事情でそれは実現しませんでした。
しかし、最近になって、農業あっての農協ですから、農機を止めるわけにはいかないので、県でまとまって収支トントンくらいのベースで経営できればという意向が強くなっています。リスクは農協と連合会が分担して持つことになると思いますが、仕組みを変えながら、農協と連動して改革をしようと考えています。
◆会社化を含めて検討している販売事業
田代 販売事業はどうですか。
岡阿彌 米は黒字ですが、畜産・園芸販売・農産加工部門は赤字です。これだけ競争が激しくなると、この赤字を購買事業で支えていくのは限界にきていますので、販売事業で費用を賄える収益をあげていくことが必要です。そのため、いま見直しを行っています。例えば、旧全農の部分では、会社形態も含めて検討しています。
農産物の販売は市場価格の変動に左右される部分がありますが、高く売れるものは高く売って、安くしか売れないものは安く受けて売るとか取引きの約束を見直したり、重複機能がないかとか、流通経費として下げられるところはないかとか、きちんとしていかないと収支はとれないと思いますね。
先ほど米についていいましたが、他の品目でも契約的なものを増やす商品開発をしてリスクを減らしていく必要があると考えています。
田代 いまお話を伺っていると、「集中と分権」をどうやって構築するかという面では、着々と成果をあげつつあるということで力強く感じました。ただ、実際に農協などで話を聞くと、部門部門で計画をされていて、専務がいわれる有機的な関連が見えてこない感じがします。そういう意味では、総合農協の持っている良さを説明して、ゆきわたるようにしていただきたいと思いますね。
◆価格交渉力の発揮と商品開発でメリットを
田代 全農の購買面での価格交渉力についてですが、ヨーロッパの生協をみているとイタリアのコープイタリアや英国のCRTG(全国共同仕入機構)などは、仕入れや価格決定を全国一本化し成果をあげています。そういう意味で全農が価格交渉力を発揮することが大事だと思いますが、現実的にどれくらい力を発揮できているのか。交渉力はあるのでしょうが、農家に渡るときには割高になってしまうという問題がありますね。
岡阿彌 価格には二つあると思います。
一つは、注文をまとめて交渉することです。しかし、流通の仕組みがずっと変わらずにきていますから、交渉がパターン化している感じをもっています。パターン化した交渉に対して、新しい店舗業態が殴りこみをかけてきているわけです。いまは農業が縮小していますから、肥料農薬の使用量も減ってメーカーの設備過剰が現出して、その結果、農薬ならもう一般に普及していて営農指導がいらない汎用商品を安い価格で設定した売りこみ商品が出てくるというのが時代背景です。
全農では農薬は1500商品を扱っていますが、汎用品のようなものは競争価格ということできちんと対抗していく。そのために、昨年これを調べましたが、地域地域で千差万別な価格なんですが、23品目を地域価格ということで交渉して下げました。これも価格交渉力の発揮だといえますね。
もう一つは、安い商品の開発です。例えば、ヨルダン肥料のアラジンで20%安とか出しました。そうすると周辺の商品も対抗策として価格を下げてくるというように、価格水準を下げる効果があるわけです。農薬でいえばジェイエースというジェネリック品でも同じ効果がありましたね。
そういう仕入れ面と商品開発と物流という仕組みの中で、きちんと対抗でき農家にメリットを出せるように動いていこうとしています。
もう一つの問題として、農協の手数料が硬直的だという指摘があります。向こうが安い価格で出してくるものに対して、規定手数料をとっていたのでは対抗できません。そこで、全体としての利益率は確保するが、商品別利益率は相手側を見て値入れしていくという値入ミックスという手法をとるとか、競争商品については後戻しの奨励金は織り込むとか、いろいろな形で仕事の仕方を変えてやっています。その点は、評価されてきています。
◆生産部会・集落を生産単位に国民に信頼される食料供給を
田代 販売面では、農産物の販売額が減少する中で、農協の共販率も米を中心に下がってきていますね。野菜・果実では個人出荷する人が増えてきていますし、実需者の直接仕入れとの競合も強まってきています。しかし、統計を見ると、販売規模の大きな農協ほど系統利用率が高いといえます。今後も合併のなかでそういう傾向が強まるのかなという気がします。しかし、過剰とか輸入との競合で価格形成力が衰えているのではないかと思いますが、いかがですか。
岡阿彌 以前あった米の生産調整研究会で、直販している元気な農家があるとか、商人精神をもって活性化しているとか、まるできちんと集荷して安定供給しているのが評価されない議論がありました。しかし、私は、別のアンケートを見ると、都会の7〜8割の消費者は、計画的に流通された米を買っているわけで、安定供給しているところの役割をきちんと評価しない研究会はおかしいと申し上げたことがあります。
いまの動向は過剰時代だ、不足すれば輸入できることを前提にして、市場機能とか生産の位置づけを考えています。乱暴にそれをやれば国際競争に負けてみんな死んでしまうということを含んだ論法だと思います。
それに対して、私たちが国民に評価される商品と供給方式をもって対抗していくかが争点だと思いますね。例えば「安心システム米」の場合、集落全体でこういう農薬や肥料を使い、生産履歴を記帳して、それを2回営農指導員がチェックをしていますが、一定量の商品生産は農協が大きくなると、単位は園芸なら生産部会ですし、米なら集落だと思います。つまり、これからの国民に対して安全・安心な食料を供給する基礎単位は、お互いに約束を守れる農家の集団である農協の生産部会や集落だと思います。無登録農薬問題が果樹や園芸でありましたが、1人でも2人でも無登録農薬を使えば、産地全体に影響をおよぼすことになり、除名とか厳しいことになるわけです。
その生産部会や集落に、農協と一緒になって営農指導とかマーケティング情報を伝えて、生産の支えになってもらうようにしていくのが、ナショナルレベルでの供給責任であり、それが基本だと考えています。そのために、農協がやることと私たちがやることを分担しながら、営農指導やマーケティングをどう組立てるかがこれからの課題です。それに向けて事業の仕組みを少し組み替えたいとは思っています。
田代 いまのお話は、最近は、効率的かつ安定的経営だとか、プロ農業経営だとか、個としてピックアップしていく政策になっていますが、本当に安全・安心な農産物の供給に責任をもつには、点ではなく生産部会とか面的にとらえていくことは大切な観点だと思いますね。それから、法人といっても、集落の中でなかなか支えられなくなった農業を何とか支えていこうということですから、魂は農家なんですね。そういう人たちも含めて面的にということでいいんじゃないかなと思います。環境を守るためにも面的でないとまずいですしね。
◆法令遵守で消費者の信頼を回復する
田代 全農の3か年計画などを拝見すると、コンプライアンスと食の安全・安心を強調されています。食の安全と表示は相対的に別の問題だと思いますが、不正表示によって農協商品とか国産品が本当に安全なのかという問題になってしまったという感じがします。コンプライアンスとかコーポレートガバナンスの問題もあると思いますが、根本のところは、人の問題とか企業文化、企業体質を変えていくことが大切だと思うのですが、いかがですか。
岡阿彌 個別に見るといろいろありますが、例えば、取引先との契約があり欠品することができないので、契約したものよりもグレードの高いものを混ぜて出し、取引先も了解しているようなケースでも表示を変えないと、これは表示違反になるわけです。
表示問題は、法律で定められたように、消費者に情報を正確に伝えることであって、商品の価値である安全・安心とか、美味しいとかまずいとかとは関係ないわけです。そこの認識を変えることと、それに合うような取引き契約をしなければいけないわけです。そのために、規定・規則やマニュアルを変え、設備のおかしいところは点検して直すべきところは直しました。内部監査でも表示を第一優先順位で見ていますので、進歩はしてきています。問題が起きたときに、なぜ起きたのかを現場に説明して、どこが大事かをチェックしていくことだと思います。
田代 日本人は相手により良くと考え善意でやりますが、欧米の市場メカニズムでは相手は嘘をつくものだ、悪いことをするものだということを大前提にして、だから厳しくとなるわけです。それが日本にも入ってきているわけですから、きちんと市場の論理でやっていくことが大事ですので、そういう方針で頑張っていただきたいと思いますね。
この問題とも関連しますが、クレーム処理についてはどう対応されているのでしょうか。
岡阿彌 苦情を受け付けたらコンピュータに書き込み、その日のうちに集中させる苦情処理システムがあります。同じ商品で2件クレームが出たら、製造工程に問題があるかもしれないから調べろといっています。そういう意味で消費者接近型にだいぶ近づいたと思います。
田代 これからの流通業にとって、クレームにどれだけ迅速に責任をもって対処できるかが命だと思います。コープこうべでは、組合員から直接、年間5万件のクレームがあり、それをデータベース化しているそうですが、全農の場合も農家組合員と直接、双方向で対話できるようになると素晴らしいなと思いますね。
岡阿彌 全農の場合には、販売している商品に会社や県本部の電話番号が記載されていますから、会社や県本部に消費者からクレームがくるわけです。そのクレームを会社や県本部に留めないで集中させるシステムで、私も見ています。農家組合員は農協に直接いっていると思いますね。
田代 農協にきているものを集中し共有できるといいですね。
岡阿彌 それは毎年、役員が100農協ほどを訪問して、意見や苦情を聞いて、すぐできるものは実行しますし、そうでないものは翌年の事業計画に反映させています。
田代 今日は貴重なお話をありがとうございました。
インタビューを終えて
グローバル化時代の流通企業には統合力の発揮、適正な経済規模の追求が厳しく問われる。不正表示問題でもたついた全農も、いよいよ経済連との内面的統合力を本格的に追求する段階に入った。その息吹を強く感じさせられるインタビューだった。
物的生産性を高めつつ、うかせた人員を組合員、顧客サービスの充実に思い切って振り向ける。そういう改革の相乗効果、全体像を農協陣営としてぜひ共有して欲しい。問題は現場の商品知識、即答能力、クレーム対応力だ。そして、例えばAコープは店舗であるだけでなく、お年寄りの寄り合い、憩いの場でもある。そういう面への気配りも必要だ。
今後の課題は組合員組織力の統合にあると見た。組合員農家に責任をもち、組合員農家との双方向型コミュニケーションに貫かれる組織になれるか。同時に対組合員だけでなく、対社会的責任の果たし方が課題だ。インタビューでは触れられなかったが、海外企業や生協等に学び、経営監視組織(経営役員会等)に消費者や識者、関係者を大幅にとりいれ、社会に大いに開かれた組織にしていく必要がある。 |
(2004.8.12)