農業協同組合新聞 JACOM
   
特集 これで良いのか 日本の食料

自給率とともに自給力の向上を
種市一正 JA全農経営管理委員会会長に聞く
インタビュアー:白石正彦 東京農業大学教授

 「胃袋の6割を外国に依存している状況」を憂えて種市会長は、「人の命は食にあるとわかってはいても、食と農を直結させるほどの理解には至っていない。食と農の距離を縮めることが大事」と強調。そして「どこへ行っても食と農業の結びつきをいい続けたい」と力説した。さらに自給率を高めるためには自給力をどうするかを前面に立てた論点が必要と指摘した。BSE対策の見直しについては、人命にかかわることだから「アメリカの圧力に屈するようなことがあってはならない」とも語った。

◆食と農の距離縮めたい

 白石 「独掌鳴らず」(片手だけでは打ち鳴らせない)という会長の座右の銘には、どんな思いをこめられておられるのですか。
種市一正氏
たねいち・かずまさ
昭和16年青森県生まれ。青森県立三本木農業高等学校卒。昭和62年三沢市農協(現おいらせ農協)組合長理事、平成5年同代表理事組合長、8年青森県農業協同組合中央会会長、信用・経済・共済各連合会会長、11年全国農業協同組合連合会理事、13年同青森県本部運営委員会会長、14年同経営管理委員、同経営管理委員会副会長、16年同経営管理委員会会長。
 種市 農協青年部の活動をしていたころから、自分の農業経営を考えれば、産地づくりが必要だし、そのためには仲間がいる、物事に対処するには、すべて話し合いの相手があるといった、そんな経験を重ねてきたことに由来した座右銘です。
 白石 水田7ヘクタール、畑6ヘクタールのほか牧草地も経営されていますが、農作業は奥さんもご一緒ですか。
 種市 はい。コンバインに乗ってやっています。今年は連休が多かったので、私自身もコンバインで作業する機会が多くもてました。
 白石 きょうのテーマに入りますが、まず日本の食料事情についてどうお考えですか。
 種市 日本の胃袋の6割を外国に依存している状況ですから、ちょっとした国際的な出来事で国内の安定供給も損なわれます。しかし飽食の時代ですから、人の命は食にあるとわかってはいても、食と農を直結させるほどの理解はまだ足りないようです。食と農の距離を縮め、農業生産の現場を理解してもらうことが非常に大事です。
 白石 食料・農業・農村基本計画の見直しの中で、食料自給率向上の問題は必ずしも十分には議論されていませんね。
 種市 自給率という言葉が先行していますが、まずは自給力が問題です。自給力を前面に出して論点整理すべきです。
 白石 品目別に見ると、家畜の飼料の自給率が低いことも問題です。ホールクロップサイレージやエサ米づくりなどについてはいかがですか。

◆不安のツケは生産者に

 種市 米を余らせておくことはない。稲わらにしても、日本にあるものを最大限に活用することは一つの賢明な方向です。
白石正彦 東京農業大学教授
白石正彦 東京農業大学教授
 白石 それには試験研究を含めた国や自治体のサポートが必要ですね。
 種市 今、JAグループは地域水田農業ビジョンの実践強化を進めていますが、集落ビジョンづくりといっても言葉では簡単ですが、現実には大変です。我々の組織も政府も、もっと、いろいろな支援の仕掛けをしないといけませんね。飼料の自給力強化にも支援が必要です。
 ところで、私は財務省のWTO対策の審議会で関税分科会の委員をしていますので、その関連でちょっと申し上げます。
 牛肉輸入の急増に対する特別セーフガードの仕組みが今年3月で期限切れになるため、昨年暮れに審議したのですが、多くの委員から、関税を含めて撤廃論が出ました。そこで私は国内生産を守るために防波堤が必要だと説いて結局、座長の適正なまとめで、特別セーフガードの仕組みは4月以降も継続となりました。おりしも米国でのBSE発生があって輸入にばかり頼っていてはだめだということが裏づけられ、これで私の主張が少しはわかってもらえたかなと思いました。
 白石 BSE対策の見直しについてはどうですか。
 種市 昨日も対策の維持を農相と厚労相に要請しました。いずれにしても米国の肉牛生産規模は巨大だから、どこで生まれたか月齢はいくつかなんて把握できないでしよう。米国肉は危険部位の除去も不安です。
 国民の不安のツケは結局、日本の生産者にいきますからね。国内では、20か月齢以下でも感染を検出できる検査方法の開発を急いでほしい。21か月齢で発見されているのですから、開発は可能だと思います。

◆家族農業経営の持続を

 白石 マスコミが先行して食品安全委員会の中間とりまとめを輸入再開と結びつけていますから、JAグループとしても、きちんと対応すべきです。
種市一正氏
 種市 言葉は悪いけど、アメリカの圧力に屈したなんてことになれば問題です。これは国民の命の問題ですから、日米貿易や経済がどうのということでなく、もっと重い事柄です。
 白石 大豆問題もありますね。米国の不作から、日本でも価格が高騰しました。備蓄や調整保管も必要だと思いますが。
 種市 輸出国の事情で、輸入国の安定供給が損なわれることを、もっと理解してほしいと思います。最終的にはやはり教育の問題かなと思います。
 白石 次に担い手問題ですが、女性起業者や定年帰農者を含めると元気な人が多様にいるのに、担い手がいなくなるから株式会社に門戸を開けなどと構造改革を叫んでも成果はあがらないと思います。むしろ農協が多様な担い手を結集してアグリサービス事業に取り組むことによって真の構造改革の実現が開けると思います。
 種市 農作業の受委託などを含め農協がそういう方向の事業に参入していくのは当然です。たまたま昨日、家族経営が株式会社になって大失敗をしたという話をある商社の会長から聞きました。例えば台風襲来への緊急の備えにしても家族労働なら深夜でもやれますが、会社の社員では難しいことになりますよ。また、あまり知られていないようですが、米国の農業も80%は家族農業です。州政府もサポートしています。日本も家族経営を継続することが必要です。

◆地域特性を発揮して

 白石 集落営農についてのお考えはいかがですか。
 種市 全農は生産資材の値下げ、農業生産コストの低減を追求していますが、個別農家のコスト低減には限界があります。やはり行き着くところは集落ぐるみの効率化・合理化です。
 私の地元農協には機械化銀行というのがあります。わずか3日間の田植えに100万円以上もの田植機を個々に買っていては大変ですから、農協が農機を買って貸し出しています。
 また、私の県下では以前に「50万円所得増加運動」を提起しました。「現状維持でも大変なのに増加なんて」という組合長もいましたが、規模拡大だけでなく、効率化や作物転換、集約化など「地域・集落によっていろんな方法があるじゃないか」と説得し、運動を始めました。
 さらに各地域の創意工夫をビデオにして提供しています。それぞれが地域特性を発揮していこうと促す情報提供です。

◆誇りを持って販売を

 白石 農業者が元気になることがビジョンづくりの原点ですから、集落での自由な発想は大切なことですね。では次にトレーサビリティについてはいかがですか。
 種市 ダンボール箱に番号がついており、出荷者がすぐわかります。安全・安心にしろ産地づくりにしろ、農協の指導に加えて生産部会などの自発性が推進力を発揮しますね。
 白石 部会が強くなるような農協運営、それと全農とのネットワークが重要です。そこで全農の販売力が問われます。
 種市 全農は集荷事業はやっているが、販売事業はどうか、などとよくいわれます。マーケティング機能をもっと発揮できる体制の構築が必要です。
 白石 個々の職員が自発的に伸びやかにマーケティングをやれる職場風土をどうつくっていくかですね。
 種市 やはり意識改革です。消費者の8割は国産品を食べたいといっているのですから、それを供給しているという充実感や誇りを持ちたいですね。私は事業拡大の川下作戦として、国産品だけを扱う専門店を出店したいと考えています。

◆統合メリット発揮へ

 白石 関連会社との連携はどうですか。
 種市 職員は全農本体が1万2000人、関連会社を含めると約3万人で、この大組織を事業拡大に向けて結集すれば、すごい力となります。それを考えるのが私の課題でもあります。
 白石 経済連と統合して36県本部がありますが、全国本部との役割分担はどうですか。
 種市 業務の重複をなくすとか様々な効率化を進めていますが、その効果が生産現場には見えてこないため、統合メリットがないじゃないかとの声があります。私としては、県域独自の役割と、全国ネットの機能をうまく交通整理して、本来の組織整備のねらいを追求していけばよいと思います。もう後戻りはできないのですから、各県からも役割分担について、どんどん提言してほしいですね。
 白石 日本の飲食費額80兆円の中で国内農業分は15%ですから、農協も全農も農産加工、食品工業、流通へと、もっと進出して役割が担えるはずです。
 それから購買事業は販売事業に結びついてくる事業ですから、販売面でのコスト意識を高める運動の中で、組合員を購買に結集していく仕組みをつくっていくことも課題だと考えます。

◆販売戦略と資材供給

 種市 事業拡大の上にあるのは、やはり農協運動です。それがないと、資材を買ってくれといっても、うまくいきません。
 そんなことから、地元の農協では、事前に品目別の年間生産量がつかめるように作物の登録制度を実施し、登録農家には生産資材をセットで供給し、価格を割安にしています。登録によって販売戦略を立てるとともに、それに対応した購買事業を進めているわけです。
 白石 営農指導の役割が問われることになりますね。
 種市 今年は営農指導員3人を採用しましたが、2人は女性です。農業従事者の多くは女性ですから、これは好評です。
 白石 担い手の女性たちを元気づけることになりますね。

インタビューを終えて

 種市一正新会長は、青森県三沢市で営農に従事され、おいらせ農協会長、県連会長でもあるが、日本人の胃袋の6割までも外国に依存するなど、国民への食の安定供給と安全・安心の2つに基本的な問題があり、この両面から食と農の距離をいかに縮めるかが大きな課題である点を強調された。
 また、組合員の目線で、農協と農業者等組合員、農協と連合会が左右の手となり、お互いに協調し、理解し合いたいという思いを込めた「独掌鳴らず」という新会長の座右の銘には感銘した。JA全農は本体の職員1万2000人、関連会社を含めると約3万人の大組織であり、経営管理委員会が理事会・職員との連携を密にして、いのちを大切にする使命感を共有しながら激化する市場競争の中での強みと弱みの両面を冷静に分析し、縮み志向ではなく、農業者等組合員、単位農協の経済事業を高度に補完して、日本の各産地ブランド品のネットワークづくりを通じて、消費者(生活者)に購買してもらえる組織力重視の事業革新戦略(農産物の高付加価値化と低コスト化の組み合わせ)の先導的カジ取りをされるように新会長に期待したい。

(白石)
(2004.10.13)


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