農業協同組合新聞 JACOM
 
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特集 対談 カナダにおける農業・農村の現状と協同組合・NPOの役割

摩擦の多い小麦市場
米国の保護政策に不満
イアン・マクファーソン カナダ・ビクトリア大学教授
白石正彦 東京農業大学食料環境経済学科教授

 カナダといえば農産物の輸出国で、WTO交渉に当たっては、輸出補助金なしのケアンズグループ(17ヵ国)の中核国だが、農業や農協の実態は日本では余り知られていない。そこでカナダ・ビクトリア大学のマクファーソン教授(同大学協同組合研究所所長)が来日したのを機会に「カナダにおける農業・農村の現状と協同組合・NPOの役割」をテーマに、東京農大の白石教授と対談してもらった。マ教授は、輸出国と輸入国に共通する農業者と専門農協の悩みを鋭く衝いた。また大規模な農業経営が多い同国と日本の農協がはからずも、よく似た問題点を抱えているという話が協同組合運動の深部に触れていた。


営農形態の将来像は大規模な協同組合経営
===マクファーソン教授


◇影響力強める多国籍食品産業

 白石 最初にカナダ農業の特徴的な動向をお話下さい。

イアン・マクファーソン(Ian MacPharson)氏
イアン・マクファーソン(Ian MacPharson)
 氏は、カナダのウィニペグ大学やヴィクトリア大学で教鞭をとり、同時に地域から全国にいたる各種協同組合の理事をつとめ、1989年から93年にはカナダ協同組合連合会(CCA)の初代会長をつとめた。1992年から95年にかけてICAの新協同組合原則起草案責任者を務めた。その後も1999年のICAケベック大会などで理論的指導者として報告を行った。1992年から99年までヴィクトリア大学人文学部長をつとめ、2000年1月からは同大学内のブリティッシュ・コロンビア協同組合研究所を立ち上げ、その所長を務めている。

 マクファーソン ここ50年間に急激な農業構造の変化を経験しました。50年前の農場数は60万でしたが、今は25万弱に激減し、高齢化しています。農民は経済主義的に走り、社会的関心が薄くなっています。

 白石 カナダ政府は農業安定化計画つまり経営所得安定化政策を導入していますが、農業者のために役立っていますか。

 マクファーソン 穀物は市場のせいもあって価格が低く、また気象条件、災害により、生産も価格も収入も不安定です。
 政府の支援は、米国の60%程度です。米国は広範囲に、しかもち密な保護政策をとっています。また米国では小規模経営など様々な農家を統合し、穀物生産が大規模化しています。
 加工分野では多国籍食品企業の販売力が市場に大きく影響し、農業者はなかなか市場にタッチできない状況です。食品産業が取り扱う農産物は大変増えました。例えばカリフォルニアのあるストアは多くの農業者をたばね、品質、数量、出荷時期まで細かく条件をつけて農産物を調達しています。こうして企業による物流ルートができてきています。種子についても開発と流通面で多国籍食品企業が大きな力を持っています。

 白石 有機農産物の生産は増えていますか。

 マクファーソン カナダでは着実に生産が伸び、いくつかの協同組合が関わっています。これには農薬に汚染されていない土地が必要であるため原住民の土地を使って生産する傾向があります。

◇改革迫られる専門農協

 白石 農業者に対するNAFTA(北米自由貿易協定)の影響はどうですか。

 マクファーソン (協定国の米国とメキシコに)牛や豚を輸出するにしてもアクセスが難しく、米国は果実の輸出にも文句をつけてきますし、メリットは余りありませんね。

白石正彦氏
白石正彦
東京農業大学食料環境経済学科教授

 白石 次に、カナダの農協についてお話下さい。

 マクファーソン 19世紀後半にサスカチュワン州でスタートした小麦販売農協は、10年前に市場の状況変化で財政的な困難に陥り、改革を迫られました。そして事業の多角化と企業化の方向を打ち出し、組合役員のうち3人を員外者としましたが、協同組合本来の体質のキープが難しい状況です。それから、ブリティッシュコロンビア州の酪農組合がイタリアの企業に買い取られるという状況もあります。
 これらの教訓は何か。問題点の第一は、企業化した協同組合が、どちら側の活動をしているか、はっきりしないことです。第二は、輸送や通信の分野で、どのように事業運営をしていくかです。第三は、組合員が高齢化して、やめていく場合に出資金の戻しで財政的困難が起きていることです。第四は、農産物とくに穀物の価格が不安定で、収入も不安定だということです。
 サスカチュワン州の小麦農協は食品加工業を目指しており、それは良いとしても、資金不足と、市場の需要に合わない部分、さらに契約先の厳しい条件などに活動を制約されています。

◇新世代農協支援に格差

 白石 事業を多角化していく組合は、米国やカナダでいわれているニューゼネレーションコーポラティブ(新世代農協)の概念に含まれますか。

 マクファーソン 米国には、たくさんの新世代農協があり、ニッチマーケット(すき間の市場)をうまく開拓しています。これは米国が農業を巧妙に保護しているからです。カナダの新世代農協はたったの25です。

 白石 25の中には、どんなタイプの組合がありますか。

 マクファーソン 鶏肉や果実(ジュース)の加工、蜂蜜やワイン原料のブドウ生産などがあります。しかし残念ながら、新世代農協の事業はマクロ経済に大きな影響を及ぼしていません。これは90年代以降、行政による農業支援のシステムが後退してきているからです。

 白石 規制緩和ですね。

 マクファーソン 米国には金融にしろ通信にしろ、新世代農協を支援するシステムがありますが、カナダにはありません。
 それでも、カナダには牛肉加工の新世代農協が7つあり、加工事業による経営改善を試みています。また酪農協とか、農業機械を共同して使う組合もあります。このほか地域に根ざした信用組合が力強い活動を見せており、一方、生協も大きく事業を展開しています。

 白石 農業者は生産分野の専門農協に加えて信用組合などにも入っているのですか。

◇企業化は良いことか?

イアン・マクファーソン(Ian MacPharson)氏

 マクファーソン 地域住民はいろいろな組合に関わりを持っています。農村の状況は人口の変化やコンピュータによって変わってきており、コミュニティも弱体化の傾向です。
 特徴的なのは、ソーシャルコーポラティブ(社会的協同組合)という組織の出現で、健康管理とか高齢者福祉などの活動をしています。これは州政府が行政サービスから手を引いてきているからです。
 さらに特徴的なものに、原住民による協同組合が、池に生えている野生の稲の実を採集して売っている活動があります。

 白石 珍しい話ですね。それは、おいしいのですか。

 マクファーソン おいしいだけではなくて健康にも良いので高級レストランで普通のコメに混ぜて料理しています。原住民は経済的に安定的な生活をする一つの手段として協同組合に関心を持ってきています。その組合の事業には手工芸品づくり、観光業、漁業などがあります。

 白石 新世代農協は外部から資本を導入し、役員も外から迎えていますが、これを株式会社化への変質と見ますか。

 マクファーソン 株式会社化は一つの流れですが、それが協同組合にとって良いことかどうかは疑問です。現実に外部資本の導入はいくつかの組合だけです。
 ケベック州にある大規模な酪農協同組合は株式会社化の動きを拒否していますが、今後も組合運営は持続されると見ています。

◇組合員と役員との距離

 それ以上に問題は、農協が資本を十分に持っていないことです。大農場はあっても、すべての農場から出資金をさらに集めて組合を維持する力を持っていないし、地域金融機関から借り入れることも難しい状況です。だから多国籍食品企業が買い取りやすい。これは農業の分野だけでは対応できない問題です。

 白石 カナダの農産物輸出額は173億ドルで、その多くは小麦だと思います。小麦の協同組合は各州にありますが、輸出では一本化しているのですか。

 マクファーソン 協同組合の連合体をつくってマーケティングしています。連邦政府が小麦ボードを設置したのは、10年代ですが、近年では、その激しい販売活動に米国が不満を募らせたため米国市場から遠ざかっており、代わって私企業も含む連合体がアクセスしている状況です。

 白石 小麦専門農協のシェアはどれくらいですか。

 マクファーソン 各組合が農場から小麦を集め、うち輸出分を小麦ボードに売りますが、それは生産量の80%です。

 白石 組合と組合員農業者との関係はどうですか。

 マクファーソン 一つの組合の例をとると、農業者は組合に小麦を出荷しますが、それがどのように販売されたかという情報が伝えられないなど、組合役員との距離が遠くなっています。

◇家族的な農業を基盤に

 白石 農業者への農業生産資材の供給状況はどうですか。

 マクファーソン 組合だけでなく、業者数は限られているものの、卸売からも、また生協からも供給され、競争は激しいのですが、資材価格は高くなっています。このため農業者はいつも不満をいっています。日本の農家は不満をいいませんか。

 白石 日本とよく似ていますね。ところで組合運営への女性の関わり方はどうですか。

 マクファーソン 関わっている例はサスカチュワンの信用組合くらいで、全体として少ないですね。子どもの面倒を見て、畑仕事もやり、その上で組合の運営に関わるのは困難です。

 白石 では、最後にカナダ農業の今後を語って下さい。

 マクファーソン 大規模な生産体制が将来の一つの形です。900〜1500ヘクタールほどの穀物農場経営を想定しています。

 白石 それは雇用を主体とした経営形態ですか。

 マクファーソン 一口でいえば協同組合経営です。ただ組合員の農業者はそれぞれ家族でやっていますから、掘り下げていえば、家族的な農業を基盤とした大規模なコーポラティブファームといえるでしよう。

 白石 一つの経営体で何人くらいの農業者を想定していますか。

 マクファーソン 穀物生産エリアは多くの人手を必要としません。3、4人で大型機械を使えば大農場でも運営できます。
 すでに、ほかの仕事のため農業を続けられない農場の土地を周りから集約して大規模化に成功している農場があります。

 カナダ ▽人口3100万人(01年国勢調査)▽面積は日本の26倍▽うち農地面積は4570万ヘクタールで日本の約9.5倍▽農場数は24万7000▽天然資源が豊かで輸出はGDPの4割弱▽対日輸出の主な品目は木材、小麦、豚肉など▽10州3準州からなる連邦国家。
カナダの略図

対談を終えて

 日本ではWTO交渉で緑の政策として容認されているカナダ政府による「農場単位での所得政策」の導入に関心が向けられている。マクファーソン教授は協同組合の研究者の目線からカナダの農業・農村が、WTOとNFTAの枠組みで苦悩している実態を穀倉地帯や果樹・畜産地帯の農業者や原住民の営農など多様な諸相を例示しながら語られた。
 また、日本では米国・カナダの新世代農協への関心が高いが、米国では曲がり角にあり、カナダではほとんどその影響力が弱い点も語られた。むしろ、農業・農村の苦悩を内発的に克服しようとしている小麦などの作目別専門農協が株式会社化への歯止めをかけ、信用組合、原住民の協同組合や農村福祉など地域社会の維持に取り組む社会的協同組合の組合員参画型の挑戦に21世紀の展望がある点を語られたのが印象的である。最後になりましたが、この対談のためアジア農協振興機関の中嶋徹氏に的確な通訳を頂きスムースに論議できたことを心から感謝致します。

(白石)
(2004.10.26)


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