昨年11月末、国内で3例目となるBSEに感染した乳牛が確認された群馬県宮城村。発生農家はこの2月に新たに乳牛を導入し、今月から生乳出荷を再開するまでにこぎつけた。
行政、JAの支援で経営再建に向かって立ち上がったが、一方で、同村の仲間の酪農家たちは、過剰な報道や全頭処分による営農中断など発生農家の苦境を目の当たりにしたこともあって「また発生したらどうなるかと思うと、とても廃用牛の出荷はできない」など、村全体の畜産・酪農に明るさが戻るにはまだまだ課題が多い。現地を訪ね酪農対策の課題を探った。
◆村・JAあげて経営再開を支援
赤城山の麓の村、人口約8700人の宮城村は畜産の盛んな村だ。酪農家は54戸、乳牛3123頭、肉牛飼養農家は52戸、肉用牛7666頭(今年2月現在)となっている。村の農業粗生産額約75億円のうち、畜産物が実に82%を占め62億円の実績を上げている(平成11年)。JA宮城村の農産物販売額も畜産部門が75%を占めている(平成12年)。
村内の酪農家の平均的な経営は経産牛37〜38頭の飼養。乳量は、1頭あたり年間約7800kg。JA単位の比較では県下でもトップレベルの乳量を誇るという。
山間地のため水田酪農は行われてはいないが、昔から自給飼料生産は盛んで、ほとんどすべての酪農家が自給粗飼料づくりに取り組んでいる。平均して4ha程度の農地で生産しているという。そのため排泄物のたい肥利用や、後継牛の自家育成による牛群の改良も進んできた地域である。
村の酪農家が出荷した68カ月齢の雌ホルスタインがBSEに感染していることが確認されたのは昨年11月の末。10月からスタートしたBSE全頭検査体制があったからこそ発見されたものだが、国内3例目、と報道は加熱。「世の中がひっくり返るような騒ぎとなった」(JA宮城村・田村賢次組合長)。
同居牛68頭のうち疑似患畜として検査されたのは56頭だが、残りの12頭についてもこの酪農家は自主的に検査に出した。その結果、畜舎から牛の姿はなくなり、両親を含め家族4人で取り組んできた営農は途絶えた。
この酪農家への支援策として村は独自に疑似患畜への手当てや牛の導入費用の助成、さらに飼料畑の賃借料や畜舎の維持経費などの支援を決めた。
また、JAも畜産試験場に移されて検査を待つ牛の世話を職員が交代で手伝うなどバックアップしたほか、養豚農家なども含め地域全体から経営再建を応援しようとの声を受け義援金を集めるなど村のBSE対策本部と連携して対応に取り組んだ。
そして、2月、酪農家は22頭の牛を導入。その後、13頭が分娩し4月から生乳出荷を再開、現在、日量250kgの出荷ができるようになるまで回復したという。
◆消費が早く元に戻ってほしい
「まさか自分の地域で、と。本当に他人事じゃないと思いました」。同村と隣接町村の酪農家でつくる宮城クーラー地区牛乳共販委員会の北爪善雄委員長はこう話し、仲間の酪農家の経営再開にひとまず胸をなで下ろしている。
自身の経営は、酪農と和牛の繁殖。酪農は40頭の成牛がいて、妻と2人で朝晩の搾乳作業にあたっている。父は米麦と養蚕だったが自分が後継者となったときに酪農経営に切り換えた。
以来、生乳、肥育もと牛(乳用種の子牛)とぬれ子(初生牛)、そして経産肉用牛の3本柱で営農を維持してきた。繁殖は生乳の生産調整が始まったころに経営安定のために導入した。
経営の柱のひとつ、肥育もと牛価格は、低迷が続いている。北爪さんによるとBSE発生前は1頭3万円程度の相場であったが、発生後は8000円にまで落ち込んだ。その後、回復傾向にあるものの2万円までにはいかないという。農水省がまとめた1〜3月期の乳用種子牛価格の全国平均は1万7100円となっている。
と畜頭数は、3月の速報値で約11万頭と前年比116%。乳用種は2万6000頭と前年比104%と前年実績を回復している。しかし、枝肉価格(速報値)は、たとえば和牛去勢牛「A4」で前年同月差1kg538円安、乳牛去勢牛「B2」で同709円安となっている。前月比では高くなっている区分もあり、と畜頭数も増加、牛肉需要は乳用種でも回復傾向がみられるが、依然、枝肉価格としては低迷が続いている状況だ。
北爪さんの場合は、この間、雌の出産が続き後継牛候補として育ててきたため、肥育もと牛としての出荷はなかった。ただし、肥育もと牛価格の低迷は「それだけ肥育農家の経営が苦しいということ。早く消費が元に戻ってもらわなければ」と先行きを懸念する。
もう1つの経営の柱、経産肉用牛は、昨年9月20日以来1頭も出荷していない。そのときは、1頭16万円と「まあまあの数字だった…」。
◆報道への恐怖感 みんなが抱く
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廃用牛、ではなく、北爪さんたちは経産肉用牛という名称にこだわる。BSEの発生が高齢の、いわゆる廃用牛だったが、「乳量や乳質が落ち乳牛としての能力がなくなったからといってすぐに出荷する牛ばかりではない。体重と肉質を上げるため飼養形態も変更して数カ月は育てる」。酪農経営が正しく理解されないいらだちの気持ちも滲む。
国は廃用牛流通緊急推進事業として乳用種に1頭4万円(肉用種は1頭5万円)などの買い上げ助成措置を決め、2月1日から実施している。自分の農場でのBSE発生を心配して廃用牛が出荷されなくなったためだ。農水省は2月末現在で全国で約5万8000頭が滞留していると推定している。ただ、と畜頭数は1月が1万7000頭、2月が1万9000頭ほど徐々に増えてはいる。
しかし、宮城村の調べでは1月の204頭が2月の調査では250頭に増えた。3月の調査結果でもさらに増加する見込みだ。
県農政部畜産課でも県内で約3000頭滞留していると推測する。年に約8000頭と新たに更新されるが、この数字から半年間の廃用牛頭数を推計したものだ。
北爪さんは「出荷すれば検査は免れないし、同居牛が処分される。なにより報道されることに対する恐怖感をみんな持っている」。
かりに経営が中断しても再建のための導入牛への助成など支援策が整えられたことは北爪さんもある程度評価するが、「やはり過剰な反応が怖い」が酪農家たちの正直な声だという。発生現場でなければ理解できない気持ちだろう。
県と村では昨年12月に廃用牛の飼料代を助成、さらに1月には村独自で1頭あたり1万円の助成も行った。
もちろん酪農家は、すべての高齢乳牛を廃用とするわけではなく、なかには再び種付け、出産させて搾乳しているものもある。ただし、高齢牛のため乳質の悪化が懸念される事態も出てきた。
「更新もできず増産にもつながらない。悪循環です」。
村としても村内の酪農家の心情は理解するが、飼料代助成なども限度がある。
群馬県の場合、廃用牛の流通はこれまで酪農家による家畜商組合への委託販売で行われてきた。販売先は9割が県外だ。今回の事態を受けて実施される廃用牛流通緊急推進事業でも、家畜商組合と生産者団体の牛乳販連が事業実施主体となって、委託販売の申し込みを受け付けた。14年度末までを見込んで、今、7000頭の申し込みがあるというが、県によると「とりあえず申し込みはしたものの、本格的な出荷は14年後半からではないか」と話す。
県内2カ所のと畜場にも処理を依頼しているが、廃用牛以外の処理で手一杯で余裕はない。BSE発生で処理に二の足を踏むという現実もある。
ただ、事態打開のための動きがないわけではない。県内の酪農団体が所属組合員に対して団体所有の牧場で放牧預託を始めることを先頃決めた。放牧料は1日350円だが、200円を組合が負担するという。
◆関連産業全体の回復が必要
北爪さんは今回のBSE問題では、畜産・酪農家だけが危機に陥っているのではなく、関連産業全体がダメージを受けており、その回復が必要だと痛感している。「肉が売れなければ野菜だって影響を受けているのではないか」。それだけに相次ぐ偽装表示事件による消費者の食品への不信増幅にやりきれなさを感じている。
今月以降、枝肉価格は回復基調になるとの見方も出てきた。そうしたなか現場では廃用牛対策が大きな課題となっている。かりに発生してもBSE全頭検査による結果であり原因究明につながること、発生の責任は生産者にはないこと、などを改めて明確にし、消費者に認識を広める体制づくりが問われるのではないだろうか。