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小島正興さんが5月11日亡くなられた。丸紅常務そして専務、更にセコムに迎えられて副社長、副会長をされた方である。丸紅常務時代にはロッキード事件に巻き込まれ、広報担当として大変な苦労をされたらしい。その難関もクリアされた方だけに、財界でもその見識は高く評価されていたようだ。
が、私たちの間では、財界人でありながら、日本農業のありようを真剣に考えてくれる人という声望の方が高かった。かなりの期間農政審議会委員、専門委員をされていたし、農林中央金庫の監事も10年余にわたりつとめられた。「農協のあり方研究会」の委員もされた。
戦後農業の再建方策が盛んに議論されていた1947年に東大農学部農業経済学科を卒業、直ちに経済安定本部に入省され、再建方策立案に参画された経験が、51年丸紅入社で民間に転じてからも農業農政問題への関心を持続させることになったらしい。亡くなられる直前、「皆様へのご挨拶」を口述されている――このこと自体、並みの人にできることではない――が、そのなかで、
“農業問題は、私にとって、終生取り組んできた「難問の宿題」であったといえるかもしれません”
と、言われている。
本紙にも度々登場、広い視野から農業農政問題に関し御所見を披露していただいた。「農協のあり方研究会」の議論についての
“…本来、今の経済の実態を大きく支配しているのは大資本なんだという認識が不足していましたね。大資本に対抗していくためには、協同組合はもっとまとまっていかなければならないという議論が出てくるべきですよ。…また、同時に行政のほうも農協との関係について転機にあるという自覚をもって、農政自身も考えなおさなくてはいけない。私は、今回の議論を“農政のあり方研究”の端緒にしなければならないとも考えています”(03・11・20付本紙)
といった御発言など、小島さんの見識をよく示していると思う。
私は小島さんが卒業された年に入学した後輩だが、後輩への忠告として、20年ほど前、何度か
「今の経済界の重鎮は、皆さん戦中そして敗戦直後の苦しい食糧難を体験されている。だから、農政にきびしい発言をされても日本農業を弱体化させていいなどとは誰も考えていらっしゃらない。しかし、財界も次の世代になるとわかりませんよ。このことを頭に入れておきなさい」
といわれたことを想い出している。昨今の財界の農政批判には思い当たる点が多いからである。小島さんもそれを心配しながら逝かれたのではあるまいか。
合掌。