農業協同組合新聞 JACOM
   

コラム 昔々その 昔

春=わらべうた
文: 種田庸宥 日本福祉大学講師・演劇研究家
挿絵: 種田英幸


   蝶々

 ちょうちょう ちょうちょう
 菜の葉に とまれ
 菜の葉に あいたら
 桜に とまれ
   作詞  野村秋足

 さくらさくら

 さくら さくら
 野山も里も 見わたすかぎり
 かすみか雲か 朝日ににおう
 さくら さくら 花ざかり
 
 さくら さくら
 やよいの空は 見わたすかぎり
 かすみか雲か 匂いぞ出ずる
 いざや いざや 見にゆかん

 

 春のうららの隅田川
 のぼりくだりの船人が
 櫂のしづくも花と散る、
 ながめを何にたとふべき

 見ずやあけぼの露浴びて、
 われにもの言ふ桜木を、
 見ずや夕ぐれ手をのべて、
 われさしまねく青柳を。

 錦おりなす長堤に
 くるればのぼるおぼろ月。
 げに一刻も千金の
 ながめを何にたとふべき。
   作詞  武島羽衣

 『梁塵秘抄』の「舞へ舞へ蝸牛」

 舞へ舞へ蝸牛
 舞はぬものならば、
 馬の子や牛の子に
 蹴ゑさせてん、
 踏み破らせてん、
 まことにうつくしく舞うたらば
 華の園まで遊ばせん

 かごめかごめ

 かごめかごめ
 籠の中の鳥は、
 いついつ出やる、
 夜明けの晩に、
 つるつるつっぺえった、
 鍋の鍋の底抜け、
 一升鍋の底抜け、
 底を入れてたもれ
  (『諺苑』)

 通りゃんせ

 通りゃんせ 通りゃんせ
 此処は何処の細道じゃ
 天神様の細道じゃ
 ちいっと通して下しゃんせ
 御用のない者通しゃせぬ
 この子の七つのお祝いに
 お札を納めに参ります
 行きはよいよい 帰りは恐い
 恐いながらも 通りゃんせ 通りゃんせ

 弥生3月花の季節です。画家種田英幸氏は大変色彩豊かな方ですから、菜の花、桜などのわらべうたを集めました。平安から明治に渡ります。

蝶々

 僧行智の集めた童謡古謡には、
蝶々とまれ 菜の葉にとまれ
菜の葉がいやなら 手にとまれ
 となっている。明治期、野村秋足が、手を桜に変え、スペイン民謡の旋律にのせて、歌いつがれる唱歌になった。


さくらさくら

 江戸時代からの古謡。弥生は旧暦3月、ほぼ今の4月。「匂いぞ出ずる」は内部から発散する美しさの表現。〈霞か雲のように、見わたすかぎり咲きほこる桜を見に行こう〉


 「東京風俗史」(明治35年)に「桜は向島最も盛なり、長堤十里の桜、雲と見まがふばかりに咲き満ちて、花の天井を被いたらんが如し」と。20代の武島羽衣作詞、滝廉太郎作曲で、今に唱いつがれている。


舞え舞え蝸牛

 平安時代から残る、子どもたちと蝸牛の歌。蝸牛に限らず、獣や鳥、虫、山川草木日月風など、天然自然に、あたかも人であるかのように、直接歌い掛け、いうことを聞かせようとする、わらべ歌に特徴的な表現。


かごめかごめ

 300年前の草双紙では2人の遊び。明治期に、しゃがむ子が加わり、中の子を囲む子どもが増えて「後ろの正面だあれ」と人当ての遊びになった。「つるつるつっぺえった」もその頃「鶴と亀が滑った」に。
 私のゼミで「わらべうた」をレポートにした女子学生は「後ろの正面」を、ゼミ仲間に批判されるまで「後ろの少年」だと思い込んでいた。思い違いも、遊びをふくらませる?


通りゃんせ

 江戸時代からのわらべうた。「行きはよいよい帰りは恐い」には関所をぬける難しさが唱われている。そこから「御用のない者通しゃせぬ」が子どもの遊びになった。向かい合う2人が組んだ両手の下をくぐる子は、つかまりそうで恐いのだ。

 (2004.3.11)

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