農業協同組合新聞 JACOM
   

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智さん、がんばれ!

 今年は台風が多い。
 この原稿を書いている今も、テレビでは新たな台風情報が流れている。
映画「おにぎり」の舞台になった山形県の置賜地方といえば、天災とは縁がない地方ということを自慢にしていたが、今年ばかりは違った。
 台風16号が置賜地方を襲った。
 「智さん、どうだった台風は?」。私が電話を掛けたのはその翌日である。「やられたー、リンゴが全部落ちた」。智さんの声は悲痛だった。数年に及ぶ智さんとの付き合いの中で、こんな彼の声を聞いたのは初めてである。撮影の時はいつも明るく豪快に、スタッフや本職の俳優さんを引っ張っていた智さんが、こんなに落ち込むなんて。
 私は智さんがコメだけではなく、自分が手がけた農作物に対する並々ならぬ愛情を知っていただけに、その心情を察するあまり、慰めの言葉もなかった。それにはもう一つの理由があったからである。

◆感動呼ぶ詩作

映画場面で、嵐の夜、小屋の中で若者と二人
映画場面で、嵐の夜、小屋の中で若者と二人

 私には気心知れた映画関係者ばかりで作った会の仲間がいる。
 利害関係はなく、うまい酒と肴さえあれば、後はお互いの近況報告と、多少の情報交換だけという屈託ない会で、結構楽しい会なのであるが、映画の完成時、そのグループが私の「おにぎり」ロケ地を訪ねるツアーを計画し、実際に山形の置賜地方まで訪れたことがある。
 その時私が彼等に紹介したのが須貝智郎さんだった。既に試写を見ていた仲間たちは、想像通り智さんの豪快且つ天真爛漫な演技に喝采を送り、実際に逢って更にその人柄に惚れ込んだ。
 メンバーの評論家の白井佳夫さん、翻訳の戸田奈津子さん、プロデューサーの角谷優さんたちが特に熱心で、次の例会の時、一度智さんに東京まで出てきてもらおうということになり、やがてそれは実現した。
 智さんも農作業で忙しい中をわざわざ東京まで出てきてくれたが、その晩、飲むほどに酔うほどに、興が乗り、智さん得意の歌をということになり、そこで智さんが新作の歌を披露した。題名はまだなかったが、リンゴをテーマにした歌で、自分が畑で精魂込めて育てあげたリンゴを出荷する時の切々たる叙情歌で、胸に迫るものがあった。
 撮影で山形に来られなかったメンバーの一人で、現在乗りに乗っている映画監督の黒木和雄さんが、「今の詩は素晴らしい、こんな詩が書けるなんて…斎藤さん、素晴らしい人を発見しましたね」といって絶賛。私まで大いに面目を施してしまったものである。
 台風16号が山形を襲ったのは、それから2週間後ぐらいだった。
 「俺たちは、コメじゃ喰えねえけど、リンゴとサクランボやってるから助かるんだ」といって笑っていた智さんが、台風で実の落ちてしまったリンゴ畑で、奥さんと二人で黙々と拾っている姿を想像し、私は心の底から「ガンバレ、智さん!」と叫んだ。
 そして改めて、自然が左右する農業の厳しさを痛感すると同時に、智さんだったら絶対大丈夫、きっと立ち上がり、またその事を感動的なる詩に書いてくれるだろう、と信じている。

(2004.11.8)


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