農業協同組合新聞 JACOM
   

コラム
 ケータイを持ったサル

 どん底の不況、冷夏によるコメ不作、二大政党制の到来を思わせた総選挙、年金改革問題、自衛隊のイラク派遣問題と波乱に満ちた国内情勢。でも、人びとは、穏やかな正月休みを過ごし、何事もないようにそれぞれの持ち場に戻る。
 今年は申年。こんな年賀状が届く。「人類は本当に進化したのでしょうか。サルに馬鹿にされないように、気を確かに持って邁進していこうと思います」。人類、いや人間、いや日本人は進歩どころか後退していると、サル学者の正高信男氏が「ケータイを持ったサル」(中公新書)で警告している。氏に言わせると、現代日本人は年を追って、人間らしさを捨てサル化しつつあるそうだ。
 とりわけ、今の若者はいつもケータイで他人とつながりたがるが、これはサルが仲間と交わす音声によるコミュニケーションと本質的に同じで、言わば「メル友を持ったニホンザル」だという。こんな若者が出現したのは、サルと同じ母子密着型ライフスタイル、子離れができない親たち(ことに母親)に責任があると指摘する。
 こんなサルと似た親子関係になったのは、ほかの誰でもない父親の責任。朝早くから家を飛び出し、毎夜呑んだくれてご帰還。休日も、過日の疲れでごろ寝か、はたまた、会社のゴルフコンペとかで、いつも母子家庭状態。家事も、育児も主婦(専業主婦は今では、「不良債権」といわれている)の大事な仕事だと任せきりで、子どもがメル友を持ったサル以上になるわけがない。
 正高氏の言をつづけると、人間というのは、放っておいても「人間らしく」発達を遂げるのではなく、社会文化的に涙ぐましい努力を経て「人間らしく」なっていく、サルの一種という。逆に言えば、人間は「人間らしく」なる努力をしなければ、サルとなんら変わらない人間にしかならないということだろう。今にして思えば、自分たち親の世代は、子どもたちに何と罪深いことをしてきたのだろうと、今ごろになって反省(少し前、「反省ならサルでもできる」というCMがあったが…)。
 終りに、もう1通。「今年はよく見ます 思ったら言っちゃいます ようく聞きます」。三猿主義は捨てよう。物事をしっかり見、穏やかな生活、平和な世界、住みよい地球環境のために互いの意見を述べ、聞く耳を持とう。でないと、人間はますますサル化する。(だだっ児)

(2004.1.19)

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