直接支払制度と「集落みなし法人」
中山間地直接支払制度は、その交付金の2分の1以上を集落活動として使うという合意を前提にしている。半分以上の交付金を集落活動に使うのはイヤだという人が多数になった場合は、その集落の構成員全員に支出しないという仕組みである。
中山間地直接支払制度の交付金の2分の1以上を集落活動として使う。つまり、2分の1以上が集落という「みなし法人」の収入になるということでスタートした。
だが、スタートして1年ほど過ぎてから、実は国税庁から「横ヤリ」が入って、この制度のカネは全額個人の収入とみなすことになりましたと農水省は言う。集落ではなく個人だという。農水省の「集落みなし法人」説が国税庁によって否定されたのである。
国税庁のいうところの、全額個人の収入とみなし、この制度の交付金は農家の所得補償である、ということになると以下のような問題が出てくると思う。
(1)全額個人の収入であるから、集落の活動に10%寄付しようが、60%寄付しようが個人の自由なので、2分の1以上集落活動に使わなければ交付しないという農水省の理屈は通らないものになってしまった。
(2)国税庁は全額個人の収入とみなし、少しでも所得税をとろうという訳だ。
ところが、タイミング良く、札幌国税庁OBの億単位の脱税が発覚した。脱税OBは「まさか告発されるとは思わなかった」という。つまり、国税庁OBは恒常的に脱税していることになる。
国税庁は脱税のプロだが、徴税コストを計算しようともしない。全額個人の収入とみなすことによって、個人別の収入、経費を計算し、各戸に配布し、一覧表を町に提出するのだという。バカなことをするものだ。集落の事務処理が倍増した。
中山間地直接支払の交付金は1戸当たり約30万円以下である。30万円の収入増で所得税が変わるのは公務員ぐらいのものであって、残りの90%以上の人はなんら所得税額に変更はないだろう。
徴税コストを考えたうえでの所得税の取り方は、税金で給料をもらっている人達だけに、キチンと申告するように通知を出せばすむことである。
(3)個人の収入つまり、所得補償になったので、この制度のカネはなにに使ってもよいことになった。
なにに使ってもよいということは、中山間地の農地の多面的機能を維持管理するというこの制度の目的そのものが消えてしまったことになる。集落活動に1銭も使わず、適当に名目をつけて全額個人に払ってもよいことになってしまった。
さらに、2分の1補助事業でハコモノをつくり、残りの自己負担分をこの制度のカネから支払ってもよいという。税金100%でハコモノをつくってもよいのだという。
このような税金の使い方は許されるのであろうか。脱税よりもましなことは確かだが。
(4)所得補償であるとするなら、この制度のような農地面積×単価で補償額を決めるやり方はないでしょう。所得補償をするなら、少なくとも一定額以上の所得者を、はじめから除外しなければならない。この制度のやり方では、1000万円の年収の人に対しても所得補償をしていることになる。
以上のように、「集落みなし法人」説が否定され、全額個人の収入になったことによって、この制度そのものが早晩なくなると思う。
中山間地直接支払制度の目的は、農地の保全や、その多面的機能の維持管理である。なかなか良いことをやるナと思っていた。
さらに、里山の生態系の保全、水源での農地に農薬を使わないとか、森林の保全にまで発展するとよいナと思っていた。
このような目的を達成するために、今の直接支払制度の仕組みではダメだとなると、どうすればよいのであろうか。
「集落みなし法人」説は予想もしなかった税金面から崩されてしまった。農水省は、集落の「強制力」を、この制度に限らず利用している。だが「集落みなし法人」説は非民主主義的なやり方であって、そもそも無理があるのだ。
「町にも県にも居てる宗男君」(『毎日』川柳)であって、宗男君との共同活動(集落活動)は、できないのである。
宗男君と協同活動できないのは、協同組合も同じだが。(岩手県東和町在住・渡辺矩夫)