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樋渡隆美氏  
 21世紀のアグリビジネス

 野菜農家とマーケットをつなぐ

  日本たばこ産業株式会社
   アグリ事業部 部長 樋渡隆美氏

 
    (ひわたり たかみ)昭和23年6月長崎県生まれ。47年東京大学法学部卒、日本専売公社入社、平成5年日本たばこ産業潟Aグリ事業部部長、10年アグリ事業部長。
    インタビュアー:坂田正通(農政ジャーナリストの会会員)

 民営化15年。日本たばこ産業株式会社(JT)のアグリ事業部が青果物流通の事業を本格化した。野菜づくりの農家とマーケットを橋渡しするものだ。「消費者ニーズを受けて付加価値の高い新品種を次々に開発し、量販店などに提案していく」とアグリ事業部の樋渡部長は意欲を燃やす。JAや生産組合などを窓口にした農家約1500軒との契約栽培でトマトやピーマンを販売している。産地は北海道から鹿児島まで。周年供給を目ざすが、安定供給を実現するためには産地をさらに増やすことなどが課題となっている。

◆葉たばこの自給率は約4割

 専売公社が日本たばこ産業になったのは昭和60年ですね。アグリ事業部もすぐにできたのですか。
 樋渡 「結構早くて61年です。公社時代に原料の葉たばこを契約栽培で農家から調達していたため若干なりとも農業関係の知見というか開発力があったので、それを生かしたスタートでした」

 ●葉たばこ農家の耕作組合はまとまっていますね。
 樋渡 「約8割が専業と第一種兼業の農家ですからね」

 ●葉たばこの自給率はどれくらいですか。
 樋渡 「国産葉たばこの使用率は4割強です。農家数は減りましたが、一軒当たりの規模拡大が進み、栽培面積は落ち着いています」

樋渡隆美氏◆種子や苗などの開発からスタート

 ●アグリ事業部の最初はどんなお仕事でしたか。
 樋渡 「ほとんどが開発でした。野菜、花、コメの品種開発を中心に、養液栽培と生物農薬の研究などです」
 「事業活動を始めたのは約10年前からで、基本は開発した種子や苗など、つまり農業資材を農家に販売する事業です。それが近年は川下から事業を組み立て直してみたらどうかということになり、去年くらいから事業方式を転換中です」

 ●どのようにですか。
 樋渡 「農家が契約栽培で作った生産物を私どもが直接マーケットに販売します」

 ●どんな品目ですか。
 樋渡 「トマトとピーマンが中心で、トマトでいえば桃太郎以外のニーズなどに応える特徴商品です。とくに私どもは栄養価の高い商品をねらって野菜のニーズ多様化に応えています。供給先は量販店中心です」

 ●売上げは?
 樋渡 「去年は約40億円でした」

 ●野菜の品種改良はどのように進めていますか。
 樋渡 「品種改良には時間がかかります。かといってお客のニーズは短期に動きます。そこで品種によりけりですが、種子にしないで苗で供給しています。新しい品種ができると、それを培養でどんどん増やし、その苗を農家に使っていただく手法です。種子づくりは約10年かかりますが、これだとF1も作りませんし、2、3年で新しい品種ができるわけです。ナス苗などでも、この手法を始めました」

 ●採算はどうですか。
 樋渡 「苗は若干コスト高になりますが、生産物価格の中に占める資材としての苗のウエイトは大きくないので吸収できるはずです」

 ●資金量が豊富なJTさんとして、植物工場などはつくらないのですか。
 樋渡 「それはコスト的にとても。しかし商品の安定供給が求められますから、周年供給をターゲットにして、ハウス栽培と養液栽培を組み合わせています」

樋渡隆美氏◆農協を窓口に契約栽培

 ●契約栽培の方法は?
 樋渡 「農協さんを窓口に産地の希望者を取りまとめてもらい、品質・規格などを提示して農協と契約します。それから私どもと農協が品種の特徴を強調した栽培指導をし、できた生産物を農協が集荷して、全量を私どもが買い取ります」

 ●全農や経済連とバッティングしませんか。
 樋渡 「いゃぁ、そんな大きな量じゃない(笑い)。野菜の契約栽培農家は去年で約1500軒です」

 ●生物農薬は安全ということで有望ですが。
 樋渡 「えぇ、いくつか商品を出しましたが、業界全体として、まだ一般農家用には高い。ただ消費者ニーズが強いので、できれば契約栽培農家などに使ってもらうアプローチを考えます。天敵農薬は普及し始めましたが、私どもの手がけている微生物農薬なんかは農家が生産物の価格にコスト転嫁できない状況です。  ここで、ちょっと指摘しておきたいのは、私どもの事業は青果物流通がコア(核)で、それを支援する形でバイオ農薬に取り組んでいるということです」

◆事業部の売上げは305億円

 ●肥料はどうですか。
 樋渡 「ほかのメーカーに製造委託(OEM)し、自社製は小規模です。栃木の工場は岡山に集約しました」

 ●アグリ事業部全体の売上げはどれだけですか。
 樋渡 「アグリ事業部を含めたJTのその他事業の売上げとして305億円です」

 ●市場調査はもちろんされているのですね。
 樋渡 「追跡調査では、野菜の鮮度と味に加えて、こちらがねらう栄養価の高さが注目され、一度買ったお客様は継続して買ってくれるというデーターが出ています。値段も固定的ですから」

 ●アグリ事業部のスタッフは何人ですか。
 樋渡 「研究所員約40人を含め200人弱です」

 ●青果物流通の商談はどんな調子ですか。
 樋渡 「商品の特徴を強調して品揃えをより豊富にと提案しています。しかし農産物は気象条件次第なので安定供給に努めてはいても、やはり売り手と買い手の間ではね。苦労がありますね」

樋渡隆美氏◆市場にはまだいろんな消費者ニーズが

 ●農業の現状をどうみておられますか。
 樋渡 「野菜でも花でも新しい試みをしている農家が多いのですが、技術的に優秀な農家でもなかなかマーケットとつながりませんね。また地域や集団での成功例も少ないようです。うまくつながる形を量販店なども期待しているのですがね。
 マーケットには、まだまだいろんな消費者ニーズが転がっていると思います。トマトにしても成分や料理の仕方などで付加価値が高まります。ニーズに合わせた開発と提案のやり方がいろいろあるはずです。  そうした分野で生産者とマーケットの結びつきを図ることが私どもの役割だと考えています」

 ●輸入品についてはどうみておられますか。
 樋渡 「生鮮品は今のところ低価格で入ってきておりますから、一定のシェアを占めることになるかもしれません。しかし作り方や品種を含めて優位性はまだまだ国産品のほうが相当上だとみています」

 ●JTさんには遺伝育種研究所がありますが、取り組みはいかがですか。
 樋渡 「同研究所は昨年10月に、JTとゼネカアグロケミカルズとの合弁会社”株式会社オリノバ”として新たに発足いたしました。オリノバでは、従来育種及び遺伝子組み換えに取り組んでいます。品質や収量を改善した品種や病害虫に強い稲の新品種を5年くらいでつくる目標と聞いています」

 ●では貴重なお話をありがとうございました。  

日本たばこ産業(株) アグリ事業部の沿革
 日本専売公社が会社化され、昭和60年4月に日本たばこ産業株式会社が発足した。会社法及び附則により当面の間、発行済み株式の三分の二を政府(大蔵大臣)が保有することになっている。たばこ事業を中心に医療事業や食品事業などの多角的事業を展開しており、アグリ事業は「その他事業」の中に入っている。
 アグリ事業部は61年11月に発足し、全国に22ヵ所のアグリセンター(営業所)を置くなど体制を固めたが現在は14ヵ所に集約して効率化を図った。野菜や花き種苗の生産拠点は3ヵ所あり、品質の高い苗を供給している。取り扱いは青果物流通、種苗、種子、有機質肥料、農薬(微生物農薬を含む)、ハウス関連資材、養液栽培装置など。アグリ事業部を含めたその他事業の売上げは約300億円(平成11年度)。

インタビューを終えて
 樋渡部長は、東大法学部を出て日本専売公社に入ったが、公社は昭和60年にNTTやJRなどと同様にJTという民間会社になった。売上高2兆8000億円、経常利益1340億円という巨大会社は、ついこの間まで政府機関だった。丁重に広いインタビュールームに通されたので、最初は緊張した。株式を公開している以上、消費者の多用なニーズにお応えしなければならないと樋渡部長はさらっとおっしゃるが、ビジネスとして聞くとどことなくお坊ちゃま的な殿様商売の印象はぬぐい切れない。

 このところの輸入食糧の増加について、生鮮野菜は国産の優位性は動かないと日本農業への力強い宣言も聞いた。アグリ事業部200人(内40人の研究員)のトップ。  樋渡さんの家族は奥さんと一男一女。趣味はドライブ。さすがJT社員、愛煙家でインタビューの時間中タバコの火は消えることがなかった。(坂田)

 


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