農薬はいうまでもなく農作業の省力化に役だってきた。しかし、業界の現状は外資メーカーの直販化など厳しい環境にさらされている。そのなかで日本農薬は業界に先駆けて、研究開発型企業へと大きく舵を切り、国産農薬原体開発に力を入れている。「これからは自己責任の時代」と大内脩吉社長(59歳)。農の自立のためには農協にも自己責任が求められると強調する−−。
メイド・イン・ジャパンの農薬をつくる
■50代の社長誕生。農薬業界も世代交代が進んでいるようですね。ただ、業界としてはかつてとくらべて元気がない状況での舵取りになりますね。
大内 ピークで4000億円ほどあった農薬需要がこの5年間で450億円ぐらい減少してきました。その要因には、農地の減少、減農薬栽培での使用量の減少、さらには価格低下という3つの要因があると思います。
なおかつ外資メーカーの直販化が進行しているという状況です。今までは外資メーカーが原体を提供して、私たちはそれを生産して普及、販売するという役割分担がありましたが、普及と販売も外資メーカーが直接手がけるようになったわけです。そのため当社もこの5年で120億円ぐらいの商権を失いました。
ですから、国内の農薬メーカーとしては需要減の部分と外資メーカーの直販化による商権の逸失という両方の問題から非常に収益状況が厳しくなってきているということですね。
■外資直販の影響についてどうお考えですか。
大内 系統全体の役割としては、国際競争力のある外資メーカーの農薬を直接仕入れれば値段を下げさせることができるという面があるわけですね。農家に安い資材を提供するという大義名分があるわけですから。
では、国内の農薬メーカーはどうすればいいのかといえば、それはそれぞれ自己責任で考えていくことになると思います。
残念ですが日本の農薬マーケットの60%ほどを外資メーカーの農薬が占めているわけですから、国内メーカーによる国産農薬の自社開発が充分ではなかったということも事実です。
そういう面では、当社では「フジワン」の開発以来、原体から製剤まで一貫して販売するメーカーになろうという意思決定をしまして、自社の原体開発をすすめる研究開発型企業をめざしてきました。
会社の生き方としては、メイド・イン・ジャパンの農薬をつくろう、そういう日本農業と一緒に歩む農薬メーカーが1社ぐらいあってもいいんじゃないか、という方向で考えていこうということです。外資メーカーに商権を奪われたと泣き言を言っていても始まりませんから、研究開発をすすめて2005年ぐらいには、売上げに対し自社開発品が50%程度の比率になるようにしたいと思っています。
■日本農業とともに歩むメーカーというのはすばらしいお考えだと思います。
大内 先日、富山県に行ってきたのですが、カメムシが大発生して現場は非常に困り、安い農薬がほしいということになったと聞きました。しかし、今ごろ何千箱もの農薬はもうないんですね。こういうときに国内の農薬メーカーが、分かりました、と言って徹夜で生産してでも供給して責任を果たしていくこと。このような面も日本の農薬メーカーの役割でもあると思います。こういうことをJAグループや生産者にも認識していただきたいと思っているんです。
IPM構想−新時代の流れも視野に
■農薬は農家の労働をずいぶん軽減したと思います。安全性だけでなく、その点ももっと一般にもPRすることも大切だと思いますが。
大内 農薬の役割としては生産性の向上や省力化ですから、新製品を生み出すほか、散布量を10アールあたり3kgではなく1kgでも効果が出るよう改良したり、畦から投げ込めばいいジャンボ剤など、農家が使いやすくて省力化につながる技術はきちっとやっています。ただ、たしかにそれを世間一般に幅広く知らせていくということはまだ十分ではないでしょうね。
かつて食料増産が求められていたころには、農薬の散布回数が多かったのは事実です。その頃は効果の高い農薬も少なくてやはり回数が増えてしまったかもしれません。
ところが、当社が自社開発した「アプロード」では、ウンカに対する防除回数がそれまで5、6回だったのが、1回、2回で済むようになりました。ですから、農薬の新しい技術開発が農薬の使用回数を少なくすることにもなったわけです。現在、育苗箱処理薬剤がかなり伸びているのもやはり散布回数が少なくて済むということがあるからです。これは省力化への貢献でもあり、低コスト化にもつながっていると思います。
それから野菜関係では、最近は化学農薬をできるだけ使用せず、生物農薬、微生物農薬を使う動きがかなり広がってきて、単に薬に頼るのではないIPM(総合的病害虫管理)という防除のあり方も考えられています。私たちもそれを念頭に置いて、たとえば、長期間効きながらなおかつ残留しない薬剤の開発をするなどの方向を考えようと思っています。
日本の農家のための農薬
■新規剤の開発の現状と今後の展望は?
大内 大阪の河内長野市に総合研究所が1996年に完成しました。そのために100億円投資して。私たちの会社の規模でこれだけの投資は非常に厳しかったんですが、ここへきてやっと新しい剤も出てきました。私たちはこの総合研究所を開発型企業としての一番の拠点と位置づけています。今のところは、これからの5年間でほぼ毎年1剤づつ新しい剤を出していける見込みです。
今年は、非選択性除草剤の「サンダーボルト」を発売しました。この分野ではそれまで外資メーカーのものしかありませんでしたから、この分野でもがんばっていこうということです。通常、このタイプの農薬は雑草の地上から上を枯らすだけのものですが、この「サンダーボルト」は、根の部分も枯らす剤と組合わせたものです。早く枯らして、長く効果を持続させることを目標として、2つの薬剤を組み合わせるのに開発現場は相当大変だったようですが、やはり自分の力で闘わなくてはならないということだと思いますね。
海外のメーカーは合併を進めており、日本の農薬産業も世界の動きに巻き込まれるかもしれません。しかし、私たちとしては、世界を相手にするんじゃなくて日本の農家のための農薬が基盤ですから、それをきちっと打ち立てる。そのうえで世界のマーケットに出せるものがあれば輸出していこうということです。現在は、輸出比率が13%ぐらいですが、できるだけ早く20%以上にもっていけるようにしたいと考えています。
自己責任で農の自立を
■これからの農業と農協について考えておられることを聞かせてください。
大内 経済連や農協の方から意見を求められることがあります。そんなときには少し辛口の意見ですが、農家の目線で事業のあり方を考えることが必要ではないかとお話しています。
私たちも農協と一緒になって系統農薬推進運動に取り組んできました。これは、農家や防除組合などまで出向いていって防除技術の普及・指導や事業推進などの活動なんですね。しかし、最近はホームセンターの進出など環境が変わるなかで、価格の問題だけが先行してはいないか。本当に農家が求めている技術指導、どういう時期にどういう薬剤を使用したらいいのかといった指導が減っているのではないかと思います。
農協の合併も、規模が大きくなることはいいのかもしれませんが、農家に対するサービス低下につながるのではないかと心配している人もいます。一方、農家自身もこれから自分で作ったものは自分で売っていかないといけないという状況もあります。ですから、われわれ企業も農家もJAグループも自己責任が求められる時代になったんじゃないかと考えています。
当社の社員にも、この業界ももたれあいではなくて、それぞれが自分の足できちんと立ってそのなかでお互いに協力関係をつくることが大切だと言っています。依存関係ではなくパートナーシップですね。
これは国と農家との関係もふくめ、農業の世界も同じだと思います。21世紀の農を考えると、厳しいかもしれませんがやはり自己責任がなければ農の自立もないんじゃないかと思います。私たちは、小さくてもキラリと光る会社をめざそうと思っています。
■入社されたきっかけは?
大内 大学は千葉大学の園芸学部なんですが、農業というよりも昆虫が専門だったんです。卒論も柑橘に対する農薬薬害の考察でした。それで日本農薬はどうかということになったんです。生まれは東京・日暮里ですが、子どものころから谷中や上野の森で蝶を追いかけていたんですね。ですから、昆虫少年がこうなったということでしょうか(笑)。
■最近では家庭菜園も熱心にされているとか。
大内 千葉に別荘を持ったんですが、それも何とか野菜作りをやりたいと思ったからで、家のほかに60坪ほど畑があるんです。結構、大変ですね。人間は待ってくれますが、植物は待ってくれませんから雑草が増えますし、今の時期は収穫もありますから1週間に1度必ず行きます。ただ、植物は愛情をかければかけるほどそれだけのものになりますが、人間は思うようにはなりませんから(笑)、植物は正直だなと思っています。
■無農薬で栽培してるんですか。
大内 いやいや、農薬をしっかり使っています。周りの農家からは大したものだとほめられている。さすが農薬会社の人だと(笑)。
■どうもありがとうございました。
インタビューを終えて
日本農薬椛n業70年目にして、プロパー社員出身の大内社長の誕生である。昭和39年入社以来、35年目で社長に上り詰めた。まだ50代である。千葉大学園芸学部卒で専門は「虫」、卒論のテーマは「農薬」だったので主任教授から日本農薬(株)への就職を薦められたという。農薬一筋で人生に無駄がない。今の時代は価格だけが先行し、技術指導が疎かになって本当の意味で農家のためになっていないと警告する。社長になってからの訓示では、1.自己責任、2.信頼回復、3.スピードを強調。系統農薬推進運動で農家まで足を運び、部落座談会に参加した若き日の経験を踏まえた上に新しい時代をリードする。フレッシュで誠実な社長の印象を受ける。
大内さんの趣味は、家庭園芸で、千葉県に100坪の畑を買い、都心の自宅から週末通勤で耕す、ナス、トマト、カボチャ、モロヘイヤなど周りの畑のものより生育も品質も良いとの評判。適期適量の農薬で、雑草や病害虫から野菜を守る栽培技術を実践しているからでしょう。(坂田)
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