◆無洗米開発のきっかけは海の色から
−−BG無洗米が大変評判です。まず開発のきっかけから聞かせていただけますか。
雜賀
研究を始めたのは昭和51年ですが、そのきっかけは海にありました。私は昭和31年に家内と和歌山から淡路島に船で旅行したことがありまして、そのときの紀淡海峡の美しさは非常に印象的だったんです。ところが、それから20年たった昭和51年に同じ場所に行ってみると、海の色が全然違っていましてね、黄土色に近かった。
当時、仕事では米の研究に取り組んでいて研ぎ汁についても調べていたんですが、意外と量が多く栄養分が高いことを知っていました。ですから、黄土色の海を見たとき、これは米の研ぎ汁がかなり関係してるなと思ったわけです。
そこで自分の仕事の範囲で可能なことはやりたいと考えたんですが、そうなると研ぎ汁が出ない米をつくらなければならない。つまり、無洗米だと。
−−開発は順調に進んだのですか。
雜賀 実はわれわれの業界では無洗米に挑戦するのは、永久運動に挑戦するのと同じで絶対できないことだといわれていたんです。父は精米機のディーラーでしたが、私が子どものころは無石米と無洗米は、氷のてんぷらを作るより難しいと話していました。氷のてんぷらということは不可能ということですよね。
米肌についている糠というのは、栗やピーナッツの渋皮にあたるものなんです。渋皮は簡単につるっと実から剥がれますね。ところが、米の場合は、表面が蜂の巣のような状態になっていてその巣の中に糠が詰まっている。それを取るには、水につけて溶かさなければならない。だから、水で洗う以外に糠は取りようがない。
しかし、水で洗ったら乾燥させなければ商品にはなりませんが、乾燥させると米粒には必ずひびが入るんですね。ひびが入った米はもうまともなご飯にならず、ちょうど糊のようになってしまいます。だから、無洗米はできないといわれていたんです。
ただ、同じように昔は不可能といわれていた無石米の問題は、私が26歳のときに解決していましたから、無洗米にも挑戦しようと腹を決めて、それから2年ほどで解決しました。そのとき私が考えた方法は、水で洗うけれども、水が米粒のなかに浸み込まないうちに乾燥させてしまう方法です。そうすればひびが入らないんじゃないかと仮説を立てたわけですが、これが見事にできた。
−−最初は水で洗う方法だったわけですね。
雜賀 そうです。それで大喜びして今度は汚水処理業者に相談した。各家庭から出る研ぎ汁とは違って、1カ所で出るわけですから集中的に処理をすればいいはずだと考えたんです。
ところが、米の研ぎ汁はそう簡単には処理できないと言われました。汚水でもしばらくして沈殿するような成分であれば浄化しやすいんですが、米の研ぎ汁は1日置いても白く濁ったままでしょう。こういうものはちょっとやそっとでは浄化できないということです。
汚水処理というのはまず沈殿させて、沈殿によっても処理できないものはバクテリアの力で浄化するわけです。しかし、それも有機物だけの処理であって、リンや窒素という無機物はどうにもならないという。米の研ぎ汁にはリンが非常に多いんですね。そうすると米の研ぎ汁をうまく処理する方法はないことになるわけです。
ですから、せっかく無洗米が実現したけれども水洗方式ではだめだということになり、いろいろ試行錯誤が続いてようやく現在のように研ぎ汁を一滴も出さない方法に切り替えることができたわけです。
−−それがBG無洗米ですね。
雜賀
Bは、糠を意味するブラン、Gは削るという意味のグラインドです。糠で糠を取るという方法です。
環境省も公表していますが、東京湾の汚染原因の7割は家庭排水が原因だということです。家庭排水は台所、風呂、洗濯の3つに大別されますが、大半は台所から出る排水です。
その台所から出る排水を私は分析したんですが、そのうち排出されるリンの90%以上を米の研ぎ汁が占めていました。だから米の研ぎ汁を流さなければかなりきれいになるし、赤潮も防げるだろうという確信を持っていたんです。
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(さいか けいじ)
昭和9年和歌山県生まれ。
昭和24年和歌山市立城東中学校卒。
昭和36年(株)東洋精米機製作所入社
昭和38年(財)雜賀技術研究所設立
昭和56年(社)発明協会和歌山県支部常任理事
昭和60年(株)東洋精米機製作所代表取締役社長
平成3年(株)トーヨー食品取締役、同年和歌山大学経済学部非常勤講師。
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◆商品力で対抗するには無洗米がカギ
−−無洗米は生産者にとってどんな意義がありますか。
雜賀
私は、日本の国土から水田をなくしてはいかんとずっと思っているんです。この水源がなくなったら日本の環境が変わる。仮に米は外国から入ってきてもこの水田は残したい。しかし、米と水田はイコールですよね。
となると外国の米に太刀打ちできる米でないといけない。でも、日本の種を外国に持っていって生産して日本の精米機を持っていったら、質に変わりはなく値段だけが安いということになる。これは消費者は絶対そっちを買うことになるでしょう。そうなれば日本の国土から水田が消えていくことになる。
そこで門戸は開放していても商品力で対抗しなければならないわけですが、無洗米こそがその鍵を握っていると思っているんです。つまり、外国の米は安いけれども洗わなくてはならない、しかし、日本には研がずに炊ける米があって、外国の米がいくら安くてもこっちのほうがいいということにしなければならない。そのためには、この技術が絶対外国に漏れないようにしなければいけないということなんです。
−−環境に優しいということで生協をはじめ大変評判がいいようですが、味の点ではどうでしょう。全国無洗米協会が提供しているTVCMが話題となっているようですが、協会さんの話では、一般消費者より無洗米は次の2点をもっと強調すべきというメールが来ているとのことです。つまり研ぐ手間がいらないというのは重要ではなく、消費者に訴えるべきなのは、環境にいいことと味がいいことの2点だと。
雜賀 BG無洗米は先ほど話した蜂の巣の中にある糠だけを取っていて、周囲のうまみ層を残しているわけですね。普通に研ぐとこのうまみ層まで流してしまうわけですが、BG無洗米はそれが残っているためおいしい米だというわけです。環境に優しい米が、消費者・生活者に評価されるのはうれしいことですが、今以上に環境問題に関心を持ってほしいですね。
◆無洗米はロスがないから高くない
−−消費者には無洗米は高いという見方もあるようですが。
雜賀
確かに1キロあたりの価格でくらべれば、たとえばスーパーでは1キロ20円ほど高いようです。ただ、普通、1合炊いたというのは米の研ぎ汁分も含めて言っているわけですね。ですから実際の米の量は1合ないわけです。
ところが、無洗米は最初からそのロスがありませんから、通常の1合より量が少なくても同じ量だけ炊けるということになります。だから、洗う水の量まで含めて考えれば、結局は高くつかないということです。業務用では、こうしたコスト計算で得だと判断して採用してもらっているわけです。私たちは、米のロス分や汚水処理費用などを含めて考えると年間3000億円ほど無駄が省けると試算しています。
−−BG無洗米は非常に理想的な米だと思いますが、この先にはどのような米の姿を考えておられますか。
雜賀 BG無洗米はこれで完成ということではなく、まだまだ今でも開発途上の製法です。精米プラントの歴史を振り返ると、明治時代から何十年もかけて今日に至っているわけですね。その歴史を考えると無洗米はまだわずか10年ですから、まだまだ進歩の過程にあると思っています。ただ、生米とすればBG無洗米はこれが終着駅でしょう。精米工業会の会長さんも無洗米は精米加工のウイニングボールだとおっしゃってくれました。
インタビューを終えて
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雜賀 慶二 社長
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ご趣味はとの質問に、雜賀社長は仕事している時が一番楽しい、開発担当の一学徒としてです。あることに興味を持つと記憶力も高まるからとおっしゃる。
現在のBG無洗米は15年以上研究経過をへたもの。米を研がなくて炊けるBG無洗米は不精者のために開発したのではなく、環境、河川に優しい、米の味が良い、そして輸入米を阻止して日本の水田を守るために役立つと政治家顔負けの壮大な夢を語る。
娘さんの学友が田舎からよくお米をお土産に送ってくれるが、再度会社の精米機にかけてBG無洗米にして食べる。そのほうが美味しいからと娘さん。BG無洗米はびわ湖をきれいにする「エコライフびわ湖賞」の最優秀賞を受賞している。
雜賀姓は和歌山県に多い。織田信長に最後まで怖れを抱かせた雜賀衆の末裔にあたるらしい。(坂田)
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