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この人と語る21世紀のアグリビジネス

JAグループは自己完結型の
ビジネスモデル
―― 問題は専門性など


住友化学工業(株) 
取締役・支配人   多田 正世
インタビュアー:坂田 正通 (農政ジャーナリストの会会員)
 「農業と不況は関係が薄いと思っていたが、今はそうじゃない。安全性は二の次で安値の輸入農産物に手を出す消費者も多く、商社なども、そこをねらって輸入に拍車をかけている」と多田取締役の目はリアルに柔軟に需給の相乗関係などを追う。しかし「値段さえ安ければよいといった風潮の社会ではいけない」と話は社会のあり方に及んだ。「好況で生活に余裕があれば、美味、安全が第一とされて、国産の農産物が強みを発揮する。日本の農業者が良いものを作るために大変な努力をしていることでもあるし、値段よりも質を求める社会でなくてはならない」としめくくった。
多田 正世氏

◆ 統合や買収で大きく変化する国内外の農薬メーカー

 ―― 4事業部門のうち農業化学部門の売上高は、約12%ですが、それでも他の大手化学各社と比べると大きいですね。

 多田  ええ、肥料がありますし、家庭用や防疫用の殺虫剤、それに畜産用の飼料添加物などの製品もありますから。それらを除いて農薬だけに限りますと、連結ベースで900億円近い売上高です。

 ―― 農薬メーカーの世界ランキングでは何位ですか。

 多田  一昨年は11位でしたが、上位の海外メーカーが統合や買収などの再編で減っていますし、一昨年買収した事業も寄与しますので、今年は8位に上がるのではないかと見ています。
 一方、国内他社の順位も、海外の原体メーカーから、製剤・販売権を取り上げられて、売上げの落ち込む社が出てくるため大きく変わると見ています。

多田 正世氏
(ただまさよ) 
1945年1月大阪府生まれ。
68年東京大学経済学部卒。
住友化学入社、経営企画部長補佐、本社勤務ベーラントUSAコーポレーション事務従事、アグロ事業部長兼開発部長などを経て98年取締役、2000年6月から取締役・支配人(アグロ事業担当)。

住友化学工業(株)
総合化学大手。1925年設立。資本金847億4800万円。01年3月期連結売上高1兆200億円、経常利益750億円。
事業部門別売上高構成比は石油化学約39%、以下、基礎化学、精密化学、農業化学の順。農業関連事業は農薬で殺虫剤、殺菌剤、除草剤、植物成長調整剤を品ぞろえ。そして肥料、農業資材・飼料添加物、生活環境関連製品がある。

◆ 情報チャネルの一本化で現場の情報をフィードバック

 ―― 外資系が日本で直販に切り替えたわけですが、それについてのご感想はどうですか。

 多田  欧米では原体メーカーが子会社をつくって製剤・販売をしています。私は海外の子会社にいる当時から、日本でもそうなるだろうとみていました。

 ―― しかし日本では、日本の製剤メーカーを使ったほうが効率的だと、海外メーカーは見ていたのではありませんか。

 多田  ところが5年前にモンサントが直販に切り替え、他社も、そのほうが効率的だと考え直し、追随したわけです。
 我々も、かつては原体メーカーとして、欧米では現地の会社に販売を任せていました。ところが彼らも、そのうちに同じような機能をもった原体を発明するから、こちらの製品を売ってくれなくなります。そこで我が社は1988年、米国に直販方式の子会社を発足させ、私は、そこへ出向しました。あちらでは、だいたい州ごとに卸売を1社に任せていました。
 ところが日本では全国一律で同じ剤を取り扱う製剤メーカーが数社に及ぶんですね。また系統と商系の2つの流れがあり、それが最終的に単位農協で1つになるということもあります。私には、そうした関係が、どうもよくわかりませんでした。

 ―― 海外から見れば、日本の流通システムは複雑だというとらえ方が必要ですね。

 多田  そうです。だからモンサントが直販を始めた時に「他社も追随するのは間違いない」と私は問屋や製剤メーカーにいいましたが、その時は、もう1つ信用されませんでした。

 ―― まだ直販に切り替えていない海外原体メーカーがありますが、日本の製剤・販売業界の今後を、どう見ますか。

 多田  今、果たしている機能をどう評価するかですね。1つは製剤技術、2つ目は普及、これは製品の使い方や安全性の技術的な説明です。3つ目は物流、4つ目は債権回収、大別して、この4つの機能の評価です。
 人に真似のできないような技術やシステムをお持ちの社は強いと思います。
 もう1つ、原体メーカーにとっては農業現場での各種の情報をどの様に入手するかの問題があります。製剤メーカーさんが間にいると、それが子会社であっても現場の情報が間接的になる。そこで我が社は、アグロスという製剤・販売の子会社を10月に統合し、情報チャネルを一本化します。
 これによって我々は現場のニーズや期待を適宜適切に開発へフィードバックさせる事ができるようになります。

◆ 住化と三井化学の全面統合で合併効果を発揮

 ―― 住化の農薬事業は水稲用殺虫剤パラチオンの国産化から始まったといいますが、展開過程を少しお聞かせ下さい。

多田 正世氏
 多田  1961年にはパラチオンなどを低毒性にした汎用性の「スミチオン」を発売し、これが事業拡大の第一弾になり、70年代後半にはピレスロイド系殺虫剤を開発して海外進出を促進しました。また殺菌剤などもそろえ、開発技術で事業の基礎を固めてきました。

 ―― 海外展開は?

多田 21カ国に現地開発販売会社などがあります。

 ―― 三井住友銀行ができますが、住化と三井化学の統合スケジュールはどうですか。

 多田  2003年を目途に全面統合をすることを昨年11月に合意し、今年10月にはポリオレフィン事業で統合を先行実施します。名称は三井住友化学工業株式会社ですが、英語では住友三井ケミカルで、略称はSMCCとなります。

 ―― 統合効果については、どんなところをねらいますか。

 多田  両社の商品構成では、困るような問題はありません。効果は出やすいと思います。

◆ 系統の自己完結型の事業と組織に敬意

東京本社ビル
中央区新川にある東京本社ビル
 ―― 住化さんは最近になってJAグループへの関心を強めておられるようですが。

 多田  最近というのは誤解ですね。肥料は別として農薬では、もともと系統向けメーカーとの取引が多いのですよ。全農とは平成10年からエスマルクという生物農薬を直販の形で取引をはじめ、系統メーカーのひんしゅくを買いましたが、全農との関係を一層強化するステップとなりました。
 それにね、私は系統の生産・販売、金融、保険をセットにした自己完結型の事業と組織を1つのビジネスモデルと見て、以前から敬意を抱いています。

 ―― しかし、中身がね。農協職員の人事異動による専門性の低下や、販売力の弱さなど問題が多いのです。一方、肥料購買などでは「看板」を回せば注文が集まるといった効率の良さもあるのですが、協同組合組織の優位性の上にあぐらをかいているという面があります。

◆ 圧倒的多数の消費者がバックアップしてくれる農政に

多田 正世氏
 多田  販売が1つのネックですね。そこで我々としては、農家と農協が販売しやすい農産物を作るのに必要な技術や資材の開発を心がけています。例えば生物農薬や生物起源薬剤を中心としたアボット社の事業買収もこの一環です。
 専門性の問題では、プロの農業者が、プロでない営農指導員に嫌気がさして農協から離れていくという面がありますね。
 また商系の資材業者は、はしこいというか柔軟性がある、それとの競争に耐え抜く専門性が必要です。金融や共済にしても専門業態との競争ですから、そこは、農協の内部でプロ集団を養成するよりも、アウトソーシングしてはどうでしょう。
 農協のビジネスモデルは基本的に強力ですから、このように資材購入、農産物販売、金融、共済等の各ユニットモデルの改善で効率的に専門性を強化できると思います。

 ―― 多くの示唆をいただきました。最後に全体として日本農業をどう見ておられますか。

 多田  悲観と楽観のないまぜといったところでしょうか。新しい基本法による政策が出ていますが、消費者の生活が農業との関わりでどうなるのか、そこがわからない。食料自給率の向上でも半信半疑の消費者が多いと思います。基本法はやはり生産者側の論理に立っています。
 農業人口は我々農業関係者を含めても3%ほどでしょうか。だから圧倒的多数の一般消費者がバックアップしてくれるような農政が今後の日本農業の行方を考えるカギになります。基本法が掲げる食糧安全保障の方向は進めるべきだと思います。

 ―― では、どうも貴重なお話をありがとうございました。


インタビューを終えて

 誰に聞いても多田取締役の評判は良い。ビジネスの本質的な議論ができる。目から鼻に抜ける理論を展開する人。その上責任感強く、部下、家族想いという人もいた。インタビューしてみると多田さんは世評どおりの人であった。
 農薬業界に入る前に、企画畑を中心に管理部門を長く務め、また米国に4年駐在し住化製品の販売を担当していた(ベーラントUSA)。業界も農業も外から観察できる習慣が身に付いて、改革の深い読みのできる人である。
 最近の外資系の農薬直販の動きについて、彼らの戦略を肌で理解できるから独特の分析をする。子会社アグロス鰍フ本社への統合、2年後の三井化学との合併には見とおしに余裕がある。現場の情報を得ること、カスタマーの期待は何かを知ることだという。業界のリーダー、住友のエースとも言われる。世界マーケットをターゲットにして仕事していることが良く分かる。
 美人と誉れ高い夫人と今は2人暮らし。娘さんは中学・大学と米国で教育を受け米国で働く。息子さんは日本でベンチャーを起こし、若い家族はアメリカン・ドリームを追跡中。(坂田)


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