◆国際性を見込まれて
――ご経歴の特徴には海外留学が一つあります。振り返ってその経過を少し、お話下さい。
「住友化学に入社後、もっと英語力を高めるねらいもあってフルブライト奨学金を受け、カリフォルニア大学バークレー校大学院で経営学を学び、その後、経済学にのめり込んでロンドン大学の大学院にいきました」
――話題は飛びますが、住友化学の副社長から、デュポンに移られたいきさつは?
「デュポンから誘われたからです。最初は、同じ化学会社だから、競合する製品があれば、移らないつもりでしたが、調べたら、競合はほぼゼロに近かったので、住友化学の会長、社長に相談の上こちらに来ました」
――国際性を見込まれたわけですね。1802年に火薬の製造・販売から出発した米国のデュポン社は、今は「サイエンス・カンパニー」だといっています。この点を少し、ご説明下さい。
「純粋なケミカル・カンパニーではなくなったからです。バイオテクノロジーの分野に強力に手を打っているし、電子の分野は物理と化学がからみますから、そうした意味合いでサイエンス・カンパニーといっています」
◆京都議定書より早く
――会社の基本方針は?
「当社の4つの経営理念を申し上げますと、第1は『安全を守ること』です。製品の安全だけでなく、作業中の無事故などを含めて人命を守ることを掲げています」
「第2は『環境を守ること』で、例えば、化石燃料は、いずれは枯渇するから、再生可能な天然資源からより多くの製品をつくっていく考えです。また京都議定書よりもっと早くCO2などを減らしていく方向も示しました」
「第3は『高い倫理観を持つこと』です」
「第4は『人間を大事にすること』で、特に相手の人格を尊重することです。いろいろな人種の人とわけへだてなく接し、異性間のハラスメントもなくそうということです」
――昨年の会社の業績は非常に良く、とくに中国や東欧で良かったとのことですが。
「いや日本国内も良かったのですよ。グローバルではとくにアジア、中南米、中東欧で業績が伸びました」
「このため、成長率が高いところへと経営資源の移動が起こりました。資金だけでなく、人員もです。すると米国や西欧などからの転勤が必要ですから、それがいやで会社を辞めた人もいますが、トータルで人員は余り減っていません」
◆事業転換もはかって
「一方、1930年代に始めたナイロン繊維などは、途上国がどんどん生産を増やしているため、先行きを見通して、繊維事業はやめました。これも事業転換でリストラではありません」
――それは、いつですか?
「ナイロン繊維などの繊維事業だけは昨年6月に売却しました。ただしナイロンなどの樹脂は保持しています」
「振り返ればデュポン社の事業は、西部開拓時代は火薬中心でしたが、20世紀に入ると、合成樹脂、合成繊維、化成品、農産物保護、エレクトロニクス、エネルギー資源などの分野へと多角化し、ナイロンや『テフロン』など生活と産業に大きく影響する素材と技術を次々に発明してきています」
――今後の展望ですが、ルネッサンス・プランというのは、日本のデュポンの戦略ですか。
「そうです。円建てで最低年率10%の成長が戦略目標ですが、昨年の実績は19%に達しています。今は第2期に入りました」
「戦略課題を挙げますと、日本の顧客は、海外に生産拠点を移しても、素材などの採用承認は国内でテストして可否を決めています。我々としては、日本発の顧客に貢献する役割も持っています」
「海外への移転で、国内の設備や人材に余裕の出てきた企業がありますから、それを活用していきます。新規に設備投資をせずに、付加価値の高い私どもの製品を、日本国内で生産するという発想で、お互いがトクですから、これを進めています」
◆組織の柔軟化進める
「また農薬で川上にいたのは当社ぐらいですから、川下への展開で失敗しないような仕組みで新合弁会社を作りました。さらに19もあるジョイントベンチャーがデュポンの戦略と一緒になって顧客にアプローチしていく態勢固めとか、社内の活性化も課題です。世界のデュポンの会議では、英語力に自信がなくても、もっと活発に発言しないと誤解を招くので、発言のテクニックなどを教育します。若い人の積極的な登用とか、女性の活力引き出しもはかっていきます」
「それから、製品と技術に基づいて作られた21もある縦割りの事業部制を、顧客本位の組織にする課題があります。全事業部が一体となって、顧客に問題解決の方法まで提供できるような、組織への変革を進めています。すでに名古屋には自動車関係の樹脂、電子材料や塗料などの事業を集めたオートモーティブセンターを設立することを発表しました。同じようなことを電子関係でも進めています」
――多面的な戦略ですね。話題は変わりますが、遺伝子組み換えについてはいかがですか。
「遺伝子組み換えは、医薬の分野では受け入れられていますが、食物ではいやがられています。我々としては天然資源を使ってプラスチックや繊維などをつくるバイオマスの導入を企図しています。しかし中国やインドで肉の需要が増えるだろうし、予測される世界の食料危機をにらむと飼料作物への導入なども考えられます」
◆生産費下げる努力を
――農薬の丸和バイオケミカル(株)とジョイントベンチャーを組んだのは、農協ルートの強化をねらったのですか。
「いや、商系で川下に進むことを目指しています。この分野ではあと第2弾、第3弾を考えています」
――さて、日本農業をどう見ておられますか。
「若い人に魅力のある農業にするためには、もうかる農業にしないといけません。そのためには経営面積規模をある程度は拡大し、効率化して生産費を下げることです。集団経営でも何でもよい。集約化には、法人化もやむを得ないと考えます。しかし規模を拡大しても、もうかるとは限りません。やはり生産費を下げながら、日本特有の高級品を作ることです」
――工業製品と同じ発想だといえますね。
「そうです。日本の産業は全体としてコスト削減に努めながら高級品を作って売っています。農業でも日本の果物などは贈答用など高級品として中国などで売れています。それからブランド力も大切です」
◆食料は足りなくなる
――JAについてはどう見ておられますか。
「JAは技術的水準、農業についての見識、人格など、優れた人材が多い集団です。しかし農業全体が縮小している中、JA合併で職員は減っています。そこで考えるのですが、JAはその人材をもっと一般の民間会社に派遣して使ってもらえばよい。食料関係の産業は多いが、そのベースになる農業生産面の指導者への需要も少なくないはずです。ですからJAはもっと事業の幅を立体的に広げたらよいと思います」
――食料自給率は上げられると思いますか。
「いや、それは絶対に上げなきゃいけませんよ。今のままでは危ない。地球の人口が90億人に増えたら食料が足りなくなるのに決まっています。それに所得が上がって肉食が増えれば、家畜の生産には何倍もの穀物が必要ですからね。EUでは予算の半分は農業に使っています。日本でも補助金の形はいろいろ考えられますが、休耕地にしている農家への補助金よりも、大豆など何らかの作物を作るところに補助金を出すべきです」
――最後にご趣味の話ですが、よくイタリアに行かれるそうですね。魅力はどこにありますか?
「趣味は家庭園芸と海外旅行です。イタリアの魅力は太陽と食べ物、とくに魚ですね。それに歴史と美術。さらに人間が開放的なことなど、語り尽くせない魅力があります」
〈会社概要〉
デュポン(株)(東京・永田町)▽1993年6月設立▽資本金210億円▽日本におけるデュポングループの売上高2686億円(03年度)。うちデュポン(株)は850億円▽事業内容は、デュポン製品の製造・輸出入、販売、研究・開発など▽米国デュポン社が2000近くの製品群を提供している分野はエレクトロニクス、輸送、住宅、建築、通信、農業、栄養食品、安全・防護分野など。
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