農業協同組合新聞 JACOM
   
この人と語る21世紀のアグリビジネス
担い手との関係強化を
JA経済事業改革に期待
「食」関連の事業をつなぐ=新たな戦略を模索=
三菱化学アグリ(株)吉本誠一郎代表取締役社長
インタビュアー 坂田正通本紙論説委員

吉本社長は若いころ、米国全農燐鉱(株)に出向し、副社長を務めた。別の会社ではインドネシアにもいた。メインである肥料の仕事を離れた一時期もあり、多彩な経験と幅広い視野を持つ。肥料工業の顧客は農業者だが、新たな事業のターゲットを「食」関連に広げる方法はないものかと戦略を模索し始めたという。JAの経済事業改革については「JAや全農と担い手のマンツーマンの関係を強化する必要がある」などと語った。

◆先駆的に系統と提携

よしもと・せいいちろう
よしもと・せいいちろう 昭和21年7月生まれ。44年東京大学経済学部卒業。同年三菱化成入社、55年米国全農燐鉱社副社長、同社九州支店農材部門主席などを経て平成9年ダイアホイルヘキスト(株)、14年同社取締役 エムシーペットフィルム インドネシア社長、17年3月三菱化学アグリ(株)専務取締役、6月取締役社長。

 ――戦後、農協運動の高揚期には肥料による系統の結集運動などがありました。当時の三菱化成がそれを支えてきたという気もします。三菱化成と全購連が一緒にやるようになった歴史を少しお話下さい。

 「三菱化成は昭和9年に筑豊の石炭をコークスにする工場からスタートして、12年から硫安の製造を始めました。系統と手を組む決心をしたのは戦後の25年と聞いています」
 「結果的には30、40年代に肥料の需要が伸び、系統の力が強まる中で、最初に手を結んだ当社が系統メーカーの代表と見られるようになりました。実際には当社のシェアはそんなに高かったわけではありません」

 ――どれくらいでしたか。

 「40年代には系列メーカーを全国展開し、高度化成で15%くらい(販売量約40万トン)に成長させていただきました」

 ――高度化成といえば三菱化成といわれるほどでした。

 「29年に普通化成(クミアイ化成)をスタートさせ、36年に高度化成に進出しました。肥料も技術革新の歴史です。39年には四日市工場で緩効性肥料(IBDU)を製造し始め、41年からは、それと化成肥料をコンバインしたIB化成という省力肥料を出しました。当社のキャッチフレーズは“緩効性肥料の三菱”“技術の三菱”です」

 ――売上げ全体に占める肥料の割合はどうでしたか。

 「私が入社した44年当時の三菱化成は肥料の売上げが約四百億円で全体の20%を超えていました。その後、水田面積がどんどん減る中で合理化と撤退を続け、今では200億円強となり、高度化成の販売量では15万トンくらいに減りました」

◆身の丈にあった組織

 ――三菱化成が三菱化学となり、肥料事業は平成14年に分社化されて三菱化学アグリの設立となりましたが、これは、どういう事情からですか。

 「三菱化学グループは化学産業の高機能化というか、石油化学の発展や医薬とかエレクトロニクス関連などに経営資源を傾注し、今や2兆4000億円ほどの事業規模になりました。その中で肥料のシェアは1%弱です」
 「しかし肥料は日本農業に対する事業であり、系統内で一定のシェアもある事業なので何とかこれを維持していくことになりました」

 ――石化とかIT関連などと肥料部門の歩調が合いますか。

 「分社化の前の肥料事業は赤字でした。そこで事業を存続させる中で最適な製品を最適な規模でつくろうと、身の丈に合った組織の形にしました。おかげさまで微々たる数字ではありますが、分社化以来ずっと黒字を計上しています」
 「主力商品は高度化成ですが、近年、機能性肥料(緩効性、硝酸系、有機入)へのシフトが進んでいます。とりわけ、米の一発施肥を可能としたコーティング肥料“エムコート”の伸びは著しいものがあります」

 ――生産体制などをお聞かせ下さい。3工場ありますね。

 「従業員は約100人ですが、工場の現場作業はグループ会社に委託しており、その社員を含めると合計約300人になります。販売拠点も3カ所あります」

◆製品の性格よく見て

 ――分社の悩みを挙げれば、どんなことがありますか。

 「損益責任は当然として人事財務等全ての経営責任を負う点です。業績次第で苦労も待遇も変わってきます」
 「それにつけても企業は昔と比べて各部門の目先のもうけだけを重視し、戦略的赤字や将来、黒字を期待できる部門を余り評価しなくなりました」
 「私は肥料以外の部門も担当してきましたが、IT関連などは事業転換が目まぐるしいですね。例えばビデオテープがDVDに変わったらフィルムの需要がなくなるから生産体制の転換を迫られるといった具合です」
 「ところが肥料の場合は硫安なら100年経っても硫安ですから腰を据えて取り組める事業です」

 ――全農や三菱化学など日本側4社とヨルダンの合弁会社「ヨルダン肥料」は順調ですか。

 「ヨルダン肥料は、高品質の高度化成肥料“アラジン”を安定的に供給するという所期の目的を達しながらやっております」
 「国産品よりも25%安いのがキャッチフレーズで、低コスト農業に貢献しています。国産品が緩効性、有機など高価で機能性の高いものにシフトしていくなかで、すみ分けが進んでいます」

◆マンツーマンが大切

よしもと・せいいちろう

 ――6月末に決着した肥料価格は高度化成で3.78%の値上げとなるなど原油価格の高騰を受けるものとなりましたが、いかがですか。

 「非常に厳しい交渉でした。諸経費の上昇を主張し、一部は認めてもらいましたが、さらなる合理化を要請されました」

 ――JAの経済事業改革についてはどう思われますか。

 「農水省の指導のもとに担い手を中心とした農政改革に見合うように組織と事業を変えるということで説明いただいた中味については最大限の努力を尽くされたと思います」
 「ですが、日本の農業のために流通面から尽くそうという時に人を減らすということだけでよいのかとも思います。担い手は少数ですから担い手対策となると全農やJAと担い手のマンツーマンの関係を強化する必要があります。役職員一人で多くの人を相手にする従来の組織運動とは違ってきます」
 「肥料の事業者に対しても全農や農政の新しい展開に対して協力要請がきており、私どもも一定の協力はさせていただきます」

◆業界は農業とともに

 ――業界の動きについて何かあれば一言お願いします。

 「最近『日本農業の今後と肥料工業の在り方』という提言を日本肥料アンモニア協会かまとめました。結論的にいうと、日本農業は必要かつ重要であるけれど政策は変わってきた、ということから、いろいろと分析をし、今後とも業界は農業とともにあり続けなくてはいけない、そのためには何をしなければいけないかをまとめてあります」

 ――では最後にご趣味についてはいかがですか。

 「遺跡を訪ねる旅行が好きです。海外勤務で米国フロリダ州にいる時はメキシコのマヤ文明やペルーのインカ文明の遺跡めぐりをしました。インドネシアにもおりましたのでボロブドールの仏教遺跡にもいきました。人間ってすごいなと思うと同時に、案外進歩していないなと感じたりもしました」

会社の概要
三菱化学アグリ株式会社(東京都千代田区神田鍛冶町3)

▽平成14年4月創立▽事業=化成肥料などの製造・販売
▽資本金15億円(三菱化学グループ)従業員約100人
▽主要取扱商品=○高度化成○緩効性肥料○被覆肥料○硫安・硝安・リンスター○育苗培土○底面給水プランター○芝生用肥料○樹木用肥料ほか
▽工場は小名浜(福島県)、水島(岡山県)、黒崎(福岡県)。四日市からは撤収した。


インタビューを終えて  
吉本社長は、8年ぶりに肥料事業に戻って来た。若い社員を除けば、ほとんどが元三菱化成肥料部門の人で身分は転籍済み。分社化したのは、歴史ある肥料事業を存続させたいためである、幸いにも肥料の好きな社員ばかり。しかし、親会社に甘えの許される時代ではなく経営の責任を重く感ずるという。
 吉本さんは若い頃、全農と三菱化成との合弁会社である全農燐鉱(株)へ出向した経験がある。子供がいないので、ペット犬のマルチーズのオス一匹を連れてアメリカに4年余駐在した。フロリダ州タンパでお嫁さんをもらい、やがて子犬が生まれ犬3匹同伴で帰国した。夫人も愛犬家。吉本さんは愛妻家である。
 趣味は、海外の遺跡巡り。メキシコのマヤの遺跡、ペルーのインカの遺跡、インドネシアのボログドールの仏教遺跡にも行った。感想は、昔の人は良くこんな物を造ったなあ。
(坂田)

(2006.7.14)

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