農業協同組合新聞 JACOM
   
この人と語る21世紀のアグリビジネス
ニッチな分野をグローバルに展開
果樹・野菜に特化して
橋 毅 日本曹達(株)常務
橋 毅 日本曹達(株)常務

 世界の農薬販売額のうち、果樹・野菜用は約3割あるが、市場が各国共分散しているため穀物用に比べればニッチな分野といえる。日本曹達は「果樹・野菜に特化し、ニッチな分野をグローバルに展開する」「巨大なマルチ企業は、穀物など大面積作物に強いが、きめ細かいノウハウを必要とする分野がどちらかというと不得意と思われるので十分に太刀打ちできる。また、補完関係にもたてる」と橋常務の話は力強い。「海外で生き残れなければ日本でも生き残れない」との戦略で海外販売網を整備してきた。主体性のベースは研究開発だ。会社の特徴については「自社技術にこだわった研究開発型の企業」だとする。一方、「新しい見方で日本農業を考えれば、展望が開けてくる」との夢を語り、地域農業の司令塔としてのJAのリーダーシップに期待した。


研究開発をベースに海外販売網を整備

◆チャネルは両建てで

 ――日本曹達には農薬の原体メーカーというイメージがありますが、実際はどうですか。

橋 毅常務
たかはし つよし
1943年6月山形県生まれ。67年慶應義塾大学法学部卒。同年入社、97年取締役購買部長、同基礎化学品事業部長、同農業化学品事業部長を経て常務取締役農業化学品事業部長。

 「自社開発が基本ですから、そういう側面もあります。とくに全農さんとの取引では、各製剤メーカーに原体を供給し、製品は各社の系統チャネルから販売されるので当社には原体販売が中心の会社だという印象があるようです」
 「しかし商系チャネルでは製品の普及・推進も含めて自社で販売をやっており、チャネルは両建てです」

 ――全農との関係の仕組みは常務がつくられたのですか。

 「いえ、大先輩の三宮武夫さんです。後に社長になられましたが、今はリタイアされています。私どもは三宮さんがつくった流れの補強拡大に努力しております」

 ――全体の売上げに占める農薬の割合は3割ほどですか。

 「この3月期は35%でしたが、4月に大日本インキ化学工業(株)からアグリケミカル事業の譲渡を受けたため今年度予算では40%になります。当社4事業部門のうち、農薬がコア中のコアビジネスになってきたとの使命感を強めています」

 ――農薬需要が減っている中で元気の出るお話ですね。

 「日本の食料自給率向上は最重要課題です。農業を合理的、効率的に進めるために農薬は絶対必要です」

◆息の長いトップジン

 ――殺菌剤のトップジンは発売から34年ですか。抵抗性は出てきていないのですか。

橋 毅常務

 「病害の防除がすすむほど、マイナーと思われた病害がマイナーではなくなってきます。トップジンは、それらにも良く効くのです。だから追加登録を求められ、現在は70作物・140病害に登録を持っています。果樹と野菜畑作が中心ですが、今はマイナー作物向けの登録も要請されているので、さらに増えてきます。海外でも120ヵ国以上の登録を持っています」
 「また以前はトップジンが特効薬だったのに、その後徐々に効果が落ちてきましたが種々の病害の予防に効果も大きいので、防除基幹剤の扱いをされています」
 「一方、特効性が必要な場合には、この専門剤を使いなさいなどと、ずばりアドバイスもしています」

 ――それも営業努力ですね。

 「この剤の売上げは60億円強ですが、パテントが切れているため実は世界各地で、その3倍ほどジェネリック(後発)剤が売られています。しかし先発の当社製品は品質管理やブランド力が強いので現在もユーザーの信頼が厚いのです」

 ――大日本インキのアグリケミカル事業買収の狙いを少し詳しくお話下さい。

◆積極的な経営戦略

 「買収品目を挙げますと、ベフラン剤及びベルクート剤は対象が34作物79病害と広く、トップジンの効力が低下した病害にも効力があるため殺菌剤の当社ラインナップが強化され、相乗効果も期待できます。またピリブチカルブ剤を中心とした水稲・芝用除草剤もあります」
 「さらに木材や塗料の防カビ剤、防腐剤といった工業用薬剤(バイオサイド)があり、当社になかった分野で今後の展開が期待されます」
 「基本的には買収によって当社の積極的な経営戦略が市場で評価いただけると思います」

 ――改めて御社の特徴と強みをお聞かせ下さい。

 「自社技術にこだわった研究開発型の企業といえます。また事業展開の裾野が広い化学会社で農薬も一部門です。このため各分野の境界領域から特徴のある技術と製品が生まれています」

 ――例えば、どんな?

 「機能化学品では半導体のフォトレジスト材料「VPポリマー」の開発とか、感熱感圧紙用の特殊染料などですね。環境化学品では、トランス油などに使われておりましたPCBの無害化処理技術の確立等多数あります」

 ――消費者が日常使う商品は余り製品化していませんか。

 「元々川上製品が中心できておりますが、最近では台所の流しのぬめりや臭いを取り去る「キッチンワンダー」があります。タイアップした花王さんのブランドで販売しており、当社の社名は出ておりません。これも境界領域的な開発品です」

◆外資攻勢への対応

 ――さて、日本農業が衰退しているというのに、農薬業界では外資の攻勢が目立ちます。どう見ておられますか。

橋 毅常務

 「今の外資は、たくさんの会社が再編され、品ぞろえが豊富で研究投資額も販売網も巨大です。日本は農薬の販売金額で米国に次ぐ世界第2位の市場ですので、原体を売るだけでは、メリットが少ないとして進出してきました。また直接販売によって日本の集約農業のノウハウを学びたいとの目的もあるでしょう。

 ――覇権を握りたいとの狙いもあるようですね。

 「マルチとして当然の欲求ですね。そういった中で当社は果樹園芸に特化しています。この分野はきめ細かいノウハウが必要ですから、外資との太刀打ちも棲み分けもできると考えます」
 「今後の事業展開では、海外で生き残れなければ日本で生き残れないという方針で、大型剤をベースに海外販売網を整備してきました。例えば「モスピラン」という殺虫剤は92ヵ国で登録を保有し、100以上の作物に使われています。世界の農薬売上げに占める果樹・野菜用の割合は28%という統計がありますが、マルチ企業は、穀物に比べ効率的でないこの分野はやや不得意のようです」

◆JA指導者は自信を

 ――自主独立で特化というのはすばらしいですね。

 「果樹・野菜というニッチな分野をグローバルに展開するという戦略ですが、ベースは研究開発です。モスピランは98年から販売を開始しており世界各国に展開していますが、研究及び開発の費用は累計で100億円以上になります。売上げは年間65億円程ですが、当面の目標は100億円です」

 ――JA改革については、どう見ておられますか。

 「欧米は穀物中心の大規模農業ですので農協も大型化していますが、集約農業中心の日本の場合、この部分をないがしろにしてJAだけが大型化するというのはどうでしょうか。財政上の経営改善を大きな眼目とする大型化だけでは農家とのかい離が出てきます。農家との結びつきは、やはり営農指導事業だと思います。それは、地域農業の司令塔である農協の原点だと思います」
 「指導者はその辺に自信を持って改革を進められてはどうでしょうか。またJAには、たくさんの仕事があり、民間企業には及びもつかないほどのノウハウを蓄積されています。それらの有効活用も課題だと思います」

◆課題は工業的手法

 ――例えば、どんな活用の仕方でしょうか。

 「大型化とともに、農業に工業的手法を採り入れざるを得ない時代がくるんじゃないかと考えます。日本の工業は資源がない中で大量に同じ品質の製品を安価に製造する効率的な手法で日本経済のベースをつくりました。農業も温室栽培や水耕栽培など機能的手法もみうけられるようになりましたが、穀物などの二期作とか二毛作などは、工業的手法だったら簡単に収量を上げられます」
 「大豆や麦でもJAのノウハウと工業的手法をドッキングさせれば、一定の規模なら、かなりの品質のものが作れるのではないでしょうか。新しい見方で農業を考えていけば答えが出てくるはずです。農業関係者には夢を持てる将来像を描いていただきたいと思います」

 日本曹達(株)▽設立1920年▽資本金266億円▽工場は二本木、高岡、水島、千葉▽研究所は小田原研究所と高機能材料研究所(千葉)の2ヵ所▽売上高1352億円▽経常利益45億円▽当期純利益11億円(04年3月期連結)

インタビューを終えて  

 橋常務さんは、大きな体にエネルギーが満ち溢れている。15年ぶりに農薬事業に戻り、そのトップとして張り切っておられる。アグリビジネスは海外も国内も変わりはない。グローバル・ニッチをめざすという。
 事業としての農薬は国内販売だけでは成り立ちにくい。海外で成功すれば国内もいける。ビジネスに「夢」を持っている。JAにも夢を持って欲しいという。今年度は農薬部門の社内売上シェア35%から40%に延ばす予定。有言実行のようだ。
 出身は山形県、スキーが趣味で、かつては家族で蔵王などへも出かけていた。現在は、休日は読書などの他、もっぱら体力維持のために、自宅近くのスポーツジムへ通う。ストレッチのメニューをこなす以外にもプールで泳ぐ。
 娘、息子、夫人の4人家族。 (坂田)

(2004.8.16)

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