農業協同組合新聞 JACOM
   
この人と語る21世紀のアグリビジネス

化学肥料への誤解を解きたい 食育面でも広報活動強める

日本肥料アンモニア協会  理事・事務局長 和田紘一氏
インタビュアー 坂田 正通 本紙論説委員

 数年前、コメが不作の時“コメがなくてもパンやうどんやスパゲッティがある”という声が出たが、そういう浅はかさが、今後もしコメ自給率の低下につながったらどうなるか、と和田さんは憂える。「その時は小麦の値段も高騰するだろう」。そうした食料事情の先行きを心配する人が少ないのが「心配だ」ともいう。そして「WTO農業交渉では日本農業を守るというよりは発展させるという立場の主張を貫くべし」と強調した。「アメリカやフランス、ドイツなど食料自給率100%以上の国は、肥料工業もしっかりしている。それに比べて日本はこれでよいのかと思うと悔しい」とも語る。「農業と肥料産業は運命共同体」というのが持論だ。

和田紘一氏
わだ・こういち 昭和18年埼玉県生まれ。40年東京農大農学部農業経済学科卒業。同年燐酸肥料協会入社、41年日本化成肥料協会技術調査部、その後、札幌事務所長、調査部長などを経て平成2年事務局長、13年1月理事・事務局長、15年7月現職。

◆川上と川下が合併

 ――燐酸肥料協会は昭和41年に日本化成肥料協会となり平成15年には日本アンモニア協会と合併しましたが、和田さんは燐酸肥料協会時代からの事務局プロパーですね。

 「そうです。しかし、もともとは農業志望でした。友人からは『農業なんて将来性がないよ』などといわれたりもしましたが、大学は農学部に進み、学生の時には開拓目的で北海道に約20町歩の原野の分譲を申請しましてね」
 「しかし就農にはいろんな壁があり、結局はあきらめ、縁あって協会事務局に入りました」

 ――話は飛びますが、大企業を会員とするアンモニア協会と合併した事情は?

 「合理化と効率化です。いわば川上と川下の事業者団体がいっしょになった形です。肥料原料をつくる企業をメンバーとするアンモニア協会と、最終製品の肥料メーカーからなる化成協がいっしょになって合理化を目指しました。肥料産業は厳しいですから」

 ――原材料価格の高騰について原油なんか以前は30ドルで高いと思ったのに今は70ドルです。製品価格への転嫁はどうですか。

 「川上の場合は転嫁を納得いただいておりますが、川下は供給先が農業ですから非常に難しいです」

 ――構造改革や意識改革が必要ということですか。

 「農業は自分の作った物に自分で値段をつけるのが非常に困難です。流通任せ、消費者任せです。肥料も、そうした構造に立脚していて自分で値段をつけられない面があるのです。また減反拡大の影響をもろに受けるといった具合で肥料産業は農業とともに歩んできました」

 ――確かにそうですね。

 「日本の肥料業界は輸出産業じゃないから日本農業がなくなれば、消え去ります。だから各メーカーには農業を守ろうという使命感もあると思います」


原料確保が大問題 資源ナショナリズム台頭で

◆肥料の輸入は無理

和田紘一氏

 ――リン酸やカリなど原料確保の状況はどうですか。

 「これはもう資源ナショナリズムの台頭で大変です。安値なら売らないというのです。米国は資源保護のため数年前にリン鉱石の輸出をストップしました。ただしリン安などの二次製品なら付加価値がついて高く売れるから輸出するといいます。中国もリン鉱石輸出ストップを考えています。今後は原料確保が大問題です」

 ――どんな対策が考えられますか。

 「場合によっては共同購入組織をつくることまで検討する必要もあるとの意見も出ています」

 ――話は戻りますが、肥料各社は身を削って合理化を進めました。そのため、まだ倒産は出ていないとの見方もあります。

 「いえ、川上ではアンモニアもリン酸液もリン安も事業撤退が相次ぎ、尿素は今1社だけ。硫安も10年前に比べ半分になりました。次にくるのは化成肥料からの撤退です。しかし、この生産基盤は残さないと日本農業に対して大変なことになります」
 「化成肥料メーカーは総合化学メーカーの子会社になっていますから、収支が厳しいと『もうやめなさい』といわれかねない。それが心配です」

 ――親会社の判断で最終製品を供給できなくなる……

 「そうです。しかし輸入すればよいとの声も出そうです。ところが例えば1番近い韓国を見ても安定的な輸出は無理です。需要の季節が同じなので国内向け生産だけで手いっぱいだと思います。EUから持ってくるのも困難です」

 ――肥料は重いから。

 「重いというマイナス特性があって製品価格に比べ運賃が大変高くつきます。それにしても最終製品を輸入に頼っている国はありません。また農業立国の米国や仏独などは肥料工業が非常にしっかりしています。それに比べ日本の状態はこれでよいのかと悔しい思いがします」


◆大きい系統の役割

 ――私は都内の区民農園で花や野菜を作っています。肥料はJAが1番安いのですが、20キロ袋単位でないと売ってくれません。家庭菜園では20キロなんて短期間に使いきれませんから結局は高い小袋を買っています。

 「私どもにとってはJAや全農が持っている代金回収機能の役割はとても大きいのですよ。系統があるからこそ代金回収に多くの人件費がかからないし、計画生産もできます。そのシステムが崩れたらメーカーは製造・販売を考え直すことになります」

 ――化学肥料は環境に良くないといった印象を持つ向きがありますが、そうした誤解に対する広報活動はいかがですか。

 「化学肥料は×で有機肥料は○といった思い込みが一部にあるため10年ほど前から継続的に広報をやり始めています。『化学肥料Q&A』という本もパート4まで発行しました」
 「その結果、有機農業の信奉者から『有機資材だけでは作物は育たない。化学肥料と補完し合う使い方が必要』などという手紙をもらった時は意を強くしましたね。Q&Aの執筆者はみな協会外部の先生方です」

 ――私も読みましたが、専門用語があって難しいですね。マスコミ人などにもっとわかりやすく書かせたらどうですか。

 「でも肥料の不適切な使用は土壌を悪化させる原因となるとか、使い過ぎると作物に吸収されなかった残存成分が流出して川や湖の水質を悪化させるとか、肥料のマイナス面もはっきりと指摘してもらっています」
 「今後はシンポジウムを開くとか、食育の面でマンガを出すとか、学校に野菜と肥料をセットにして贈り、子どもたちに農業体験をしてもらうとか、いろんな広報活動を考えることも必要でしょう」

 ――水質汚濁の話が出ましたが、肥料メーカーの責任を問う説もあります。


◆規格は誰のために

 「名指しはされなくても、疑惑の目はみんな肥料にくるといった状況があります。肥料とは無関係の砂漠のオアシスにも硝酸系窒素があるのですから。また家畜ふん尿由来の有機物質は効く量よりも流出量のほうが多いのですよ」
 「肥料メーカーは使える有機物はみな使ってきました。ナタネカスもホシカも骨粉も。しかし田畑はゴミ捨て場ではない。使えないものもあります。コーヒーカスの肥料成分はごくわずかです。また生ゴミの中の塩分などは取り除かないと大変です。下水汚泥のコンポスト化は重金属の含量が問題になっています」

 ――日本農業の現状について何かひとこと語ってください。

 「現状がここまできたのは農産物を扱うスーパーなどの流通業界も問題があると思っています。流通コストを下げるために長さや太さの規格をそろえ、例えばトマトやキュウリは形が崩れたり、傷がつかないよう皮の堅い品質のものを農家に求めます。だから味が一律で、消費者は昔の野菜はおいしかったと嘆いて、野菜離れの一因ともなっています」
 「流通のために品質を変えるのではなく、食べる人のために農業者も肥料サイドも現状の打開に向け、何かやらないといけないんじゃないかと思います」

 ――最後に、ご趣味のほうはいかがですか。

 「狭い庭ですが、花を作っています。冬も絶やしません。それから日本の近代史の検証をやっています。学校では近代史を余り教えませんから、かえって興味を持つようになりました」


インタビューを終えて  
 和田さんは農学部出の農業大好き人間という。家庭菜園はもちろん、自宅の庭には四季折々の花を植えて楽しむ。
 肥料協会の事務局だけに、日本農業の行く末も心配する。先進国のアメリカ、ドイツ、フランスは農業立国、そして肥料工業もりっぱに育っている。食料自給率向上や、安全・安心で新鮮な農産物供給のためにも、和田さんは日本農業と肥料事業の発展を望んでいる。
 休みの日は日本近代史の勉強、裏面史の本も読むことで時間を費やす。学校で習う日本の歴史は江戸時代で終わってしまうが、それ以降、明治維新・日清戦争辺りからが面白い。日本人は優秀だったとの感想。浦和から神田まで電車通勤、親御さんと全中の広報にお勤めの娘さん夫婦の3世帯で生家に住む。 (坂田)

(2006.5.12)

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