農業協同組合新聞 JACOM
   
この人と語る21世紀のアグリビジネス
農業機械を使い楽しく、豊かに生活できる農業を
井関農機(株)社長 蒲生誠一郎氏
インタビュアー 坂田正通本紙論説委員
 農業の生産性を高めると同時に効率化・省力化をはかるために農業機械は必須の生産資材だ。だが、水稲の生産調整などによる作付面積の減少、生産者の高齢化などによって農業機械事業は右肩下がりを余儀なくされている。そうしたなか、豊富なアイデアと技術力を活かして井関農機が健闘している。そこで昨年10月に社長に就任された蒲生誠一郎社長に、同社の今後の課題などについて語ってもらった。

蒲生誠一郎
がもう・せいいちろう
昭和19年生まれ、滋賀県出身。昭和43年中央大学法学部卒業、同年に井関農機(株)入社。平成5年同社人事勤労部長、同7年調達企画部長、同9年アイセック(株)専務(派遣)、同11年井関農機人事勤労部長、同13年同社取締役、同16年同社常務取締役を経て、同19年10月代表取締役社長に就任し今日にいたる。

◆商品競争力の向上が生き残りの条件

 ――昨年10月に社長に就任されてからいろいろな方針をだされていますが、そのポイントはなんでしょうか。

 「私は管理部門で仕事をしていましたので、生産関係や営業関係の方をよく知らないということもあって、海外も含めて各社各代理店を訪問するなかで、いまこの3つの課題をやらなければいけないと思いました」
 「1つはコンプライアンスの問題です。昨年3月に不祥事を起こし法令遵守をしていかなければいけないという意識が高まったこともありますが、それにも増して今年の4月から内部統制がスタートしますので、井関グループ全体が高い企業モラルをもった会社にしていかなければいけない、ということです」

 ――2つめは…

 「商品競争力の向上です。いまの農業政策とか農機業界などを見てみると、商品競争力を向上させていかないと、国内・海外で生き残るのは難しいと思います。国内のシェアは18%ですがこれを一刻も早く20%程度にもっていくことが生き残る最低限の条件だと思います。国内が厳しいから海外でという考え方もありますが、海外でカバーするためには、相当な努力が必要です。いま売上に占める海外のウェイトは13%程度ですが、これを20%程度にしたいと考えています。そういうことを考えて1月に組織改革と人事異動を実施しました。これのポイントは、サービス部門の充実です」

◆欧州・米国・アジアの3極体制で世界市場を

 ――もう少し具体的にいうとどういうことでしょうか。

 「いままでは県単位の販売会社と広域販社の両方がありましたが、新潟・長野・山梨をヰセキ信越に、千葉・茨城・埼玉・栃木をヰセキ関東に、関西の京都・滋賀・兵庫・和歌山・大阪をヰセキ関西に再編し広域化しました。販社の再編と同時に、社内の営業本部のあり方を変えたことがポイントです」
 「海外についても、200億円を超え300億円を見通せるようになってきましたので、海外事業部を海外営業本部にし、2営業本部体制にしました。これによってヨーロッパとアメリカそして中国を含めたアジアの3極体制で進めていこうと考えています」

 ――中国ではどのような事業をされているのですか。

 「4年前にコンバイン組立工場を設けました。その後、中国政府の補助金政策がコンバインから田植機にシフトしてきていますのでいまは田植機の組み立てを追加しました。中国は国土は大きいのですが、日本の機械がそのまま通用しない面がありますし、国土が広いのでサービス面でクリアしなければいけない課題があります。魅力がある市場ではあるけれど、一挙に出て行くにはリスクが大きいかなというのが実感ですね」
 ――3つ目のポイントは…。
 「顧客満足度の向上です。組織改革のなかで、営業本部のなかに営業技術サービス部を設置し、サービスを向上していこうと考えています」
 「この3つが早急にやりとげなければいけない課題です」

◆技術力を活かした“軽労化”がこれからのテーマ

 ――御社はアイデアが豊富で特許が一番多い会社ですね。

 「特許査定率(注)については、2004年から3年連続して全産業のなかでトップです。また、農水分野の特許公開数は6年連続トップです。これは弊社技術者の日常的な努力の賜物だと思い感謝しています」

 ――特許技術が各製品で活かされているわけですね。

 「その通りです。とくに総需要が落ちる中で、一番健闘したのは田植機です。コンバイン・トラクター・田植機は業界全体では10%程度落ちていますが、弊社の田植機「さなえPZ」シリーズは、前年比100%超となっています。このPZシリーズにはいろいろな新技術を盛り込んで、簡単に操作できるようにしたことが良かったと思います」
 「とくに生産者の方々が高齢化しているなかで、難しい技術を付加してもダメだということで、簡単に操作できるようにする“軽労化”が、田植機だけではなくコンバインでもトラクターでもこれからのテーマだといえますね」

◆大型養液栽培の技術活かしたイチゴ栽培キット

蒲生誠一郎

 ――これから力を入れていく分野はなんですか。

 「農機の専業メーカーとして、当然トラクター、コンバインにも注力していかなければなりませんが、施設事業にも力を入れていきたいと考えています」

 ――具体的には…

 「イチゴで何haという大きな施設を作っていましたが、そこで培った技術を活かして、50坪から300坪で養液栽培ができる“イチゴ栽培キット”をつくり、複合経営農業とか観光農園をされる方にご提供しています」

 ――定年退職後に農業をという人でも使える…

 「使えます。イチゴだけではなくレタスとかホウレンソウなどの栽培にも使えます。そのほか野菜苗の移植機の開発にも力を入れています。ただ野菜は地域性があり全国一貫体系がつくれないのが悩みですね。ですからどれだけ他社さんに先行できるかですね」

◆日本農業を応援するキャンペーンを展開

 ――輸入農産物が増えていますが、機械化で国内のコストが安くなればいいですね。

 「国内農業は食料自給率が39%という厳しい状況にあることは間違いがありません。国内農業をなくすことは絶対にできません。世界的に食料問題が大きな問題といわれているわけですから、日本全体で食料について考えていかざるをえないと思います。食料が本当に不足して終戦直後のような状況になることを想像すると怖いですね。気象の問題や原油高によって、トウモロコシや大豆が高騰していくなかで、日本はいまの経済力を維持しながら食料を買えるのかと危惧します。そう考えると、日本農業そのものを大事だという国民的な合意で守っていかないと、将来、日本全体が困ってしまうと私は思います」

 ――国民的合意をえても、誰がどうやるかはけっこう大きな問題で、農業機械が中心にならないとできないですね。

 「農業をする人が減り高齢化していますが、将来に希望がもてる農業にしていかないといけないと思います。いまは小規模農家も国が担い手という大規模農家でも将来に不安をもっていると思います。それでは明るい農業とはなりませんので、井関グループとしても微力ですが、農業を応援するキャンペーンを展開しているところです」
 ――ぜひ、それは続けていただきたいですね。若い人も農業機械を使って楽しく農業ができ、生活ができれば農業に入ってくると思いますね。
 「少しでもそういうお手伝いができればと考えています」

 ――そういう意味では農機のコスト低減も必要ですね。

 「最近は先行きの不安もあって買い替え時期にきても買い控える方が多くなっています。私どもでは農家の方に納得いただけるように性能、品質、価格、サービスを総合的に考えて満足できる水準に高めて行こうと進めています」

 ――今日はお忙しいなかありがとうございました。

(注)特許査定率=1年間の特許査定数/(1年間の特許査定件数+1年間の拒絶査定件数+1年間になされた審査着手後の取り下げ・放棄件数)


インタビューを終えて  
 蒲生(がもう)社長の実家は兼業農家だった。父上は、滋賀県の農協の組合長から県経済連の役員を歴任された。社内ではあまりこのことは知られていないという。井関農機の本社は愛媛県松山市、創業80周年を過ぎた老舗企業。しかし、本社機能は東京にある。世界経済も、日本農業も混迷の中で、株価も低迷。蒲生社長は、管理部門が長い異色の社内経歴。昨年10月の就任以来、蒲生社長のリーダーシップのもとに改革の真っ最中との印象。技術畑は毎年一定人数採用を継続しているが管理部門は不況時に採用手控えたのが10年20年経つと人材不足を実感するという。
 井関農機は特許査定率では日本一の会社である。アイデアがいっぱい。ホームページを眺めているだけで楽しくなる。「イチゴ栽培キット」は養液栽培施設、50坪から施設園芸を楽しめる。団塊世代の定年帰農やホビー農業にも適しているとやんわりPR。
 趣味は、博物館・美術館めぐり。この頃忙しいが、絵画・彫刻などぼんやり眺めて廻るのが好きという、ゴルフもするが趣味とまではいえないとか。一男一女は独立して現在夫婦だけの生活。当分社業に専念でしょう。(坂田)

(2008.1.30)

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