農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

新基本計画の問題点
施策の集中化で構造改革は進むか

高武 孝充 JA福岡中央会 水田農業対策部長
 新たな基本計画のもとで策定される見込みの品目横断的経営安定政策は、わが国の農政転換の象徴となる政策だ。ただ、農水省はこの施策の対象農家を一定の要件で絞り込む方針を示している。絞り込むことによって農業構造の改革が進むというが果たしてそれは本当か。対象から外れた農家は大規模経営などに貸し付けた農地を返してもらい自由にコメの作付けをするのではないか、との懸念も出ている。そうなれば担い手も面積要件を満たさず「担い手」にならなくなる恐れもある―。
 JA福岡中央会水田農業対策部の高武部長に、検討されている品目横断政策での助成水準の試算値とあわせ、担い手を絞り込むことの問題点を指摘してもらった。
高武 孝充氏
こうたけ・たかみつ
昭和25年福岡県生まれ。48年岡山大学農卒。50年福岡県農協中央会入会。経営監査部、電算情報部、人事部、地域振興部長、農政営農部長、教育センター長、JAグループ米政策改革実践対策本部事務局長を経て、平成16年4月から水田農業対策部長。
  新たな食料・農業・農村基本計画(以下「新たな基本計画」)で議論されている担い手対策とその担い手に絞り込んだ品目横断的経営安定対策(以下「品目横断経営対策」)の具体的な中身は平成17年の秋に持ち越されたようだ。
 しかし、認定農業者を基本とした個別経営体、経営主体としての実体を有する一定の集落営農を対象に集中的・重点的に施策を実施する方針、言い換えれば、要件を満たす担い手=品目横断経営対策の対象者という基本姿勢はかわらないだろう。生産現場では、「品目横断的経営安定対策とは何ぞや」という声も多い。
 そこで本稿では、品目横断経営対策、とりわけ諸外国との生産条件格差是正対策について、批判を覚悟の上でかつ粗っぽい前提条件を付して、どれくらいの水準になるのかを試算する。その上で、果たして認定農業者を基本とした担い手への集中的・重点的施策のみで構造改革は進んでいくのかを考えてみたい。

◆ハードル高い担い手の規模要件

 まず、担い手について、農水省は当初「プロ農業者」という表現をしており、その要件として、(1)経営面積要件は担い手経営安定対策の要件(個別経営体4ヘクタール以上、集落型経営体20ヘクタール以上)よりもさらにハードルを高くする、(2)コスト削減目標30%以上、を示唆し、企画部会に示した考え方は、平成19年度からの導入を前提としたうえで、他産業並みの所得水準(年間530万円)を確保し得る経営規模として「個別経営で10ヘクタール(1年2作)、集落営農で40ヘクタール(2年3作)」を下限とする平成27年度目標を示した。この目標にむかって段階的な要件を設定することになるだろう。
 だとすれば、品目横断経営対策の対象となる担い手の経営面積規模要件は、平成19年度には「個別経営で6ヘクタール以上、集落営農で25ヘクタール以上」、平成22年度には、米改革での担い手経営安定対策の要件を示したのが22年度目標の50%であったといういきさつを考えれば「個別経営で8ヘクタール以上、集落営農で30ヘクタール以上」、平成27年度では「個別経営で10ヘクタール(1年2作)以上、集落営農で40ヘクタール以上」とみるのが自然だろう。

◆生産条件格差はどう是正されるか

 品目横断経営対策とは、毎年の作付面積は原則自由であることを前提として、「諸外国との生産条件格差是正対策」(ゲタ部分)と「収入・所得変動緩和対策」(ナラシ部分)との二本柱とされている。このうち、関心が高いのは「諸外国との生産条件格差是正対策」がいったいどれ位の水準になるのかということであろう。

○関税キロ280円 水準でコメも対象に

 コメは、1キロあたりの2次関税341円は輸入禁止的な高関税であるからゲタの部分は交付されていない。当面、この措置は適用されないということであろう。(農水省資料では「空振り」という表現)
 ならば、1キロあたりの二次関税341円がどこまで削減されたら適用されるのか。
 関税は輸入価格(CIF)に対して課税されるものだから、この輸入価格と輸入国の卸売価格とを比較すべきものだが、ここでは農水省が示した基本計算式(「国内生産費+等級格差」―「諸外国生産費+関税」)で試算してみよう。使用する数値として全国のコメ販売農家の全算入生産費60キロあたり1万7915円(01―03年平均)、諸外国の生産費として我が国に最も影響を及ぼす中国・黒龍江省のジャポニカ米で試算する。生産者価格60キロあたり900円、うち生産費が60%として生産費60キロあたり540円である(注1)。この数値を使って、適用される60キロあたり関税水準をX とすれば、1万7915円=540円+X という算式が成り立つ。そして、X =1万7375円となり、1キロあたりの関税水準が289.5円(1万7375円÷60キロ)以下になった場合に適用されることになる。
 WTO農業交渉の具体的な数値モダリティーが、予定通り2005年12月までに合意するとすれば、2006年末までに農業以外の分野を含めて一括受諾され、その後2007年の一年間は条約としての署名と加盟国の議会批准に費やされる。したがって、新しい農業合意が適用される時期は、2008(平成20)年度ということになる可能性が高い。これと併行して、前述の関税水準が現実になったとき、ミニマム・アクセス米で措置されているマークアップ(上限1キロあたり292円)についても下方修正せざるを得ない。かくして、国内産米価格は輸入米価格に規定され低下せざるをえなくなる。

○コメの補てん水準試算 10アール4万6000円

 生産費には変化がないという前提で、コメの2次税率1キロ200円として試算すると、1万7915円―(540円+200円×60キロ)=5375円(60キロあたり)。10アールあたり生産量518キロ(01―03年平均)として、約4万6400円となる水準である。

◆小麦の是正水準10アール4万3000円

 全国の60キロあたり小麦全算入生産費は、8787円(01―03年平均)である。
 諸外国の生産費としてアメリカの数値を使用する。アメリカの小麦全算入生産費は、1トンあたり199.7ドル(01―03年平均)である(注2)。1ドル=104円(05.1.6時点)として換算すると、2万768円であり、60キロあたり全算入生産費は、1246円となる。小麦の2次税率は1キロあたり55円であるから、基本計算式では60キロあたり生産条件格差是正額=8787―(1246+55×60)=4241円となる。格差是正額を10アールあたり生産量421キロ(01―03年平均)として換算すると、約2万9800円となる。
 他方、小麦の生産条件格差の捉え方について農水省が示した考え方では(1)アメリカ産小麦輸入価格(CI F)、(2)アメリカ産小麦のCI F+マークアップ、(3)アメリカ産小麦のCI F+2次税率、(4)国産小麦の販売価格、のどれを使用するか、ということである。仮に一番低い(4)を使うとすれば国産小麦価格は60キロ2200円程度であるから、生産条件格差是正額は8787円―2200円となり、約6600円である。格差是正額は10アールあたりでは、約4万6300円になる。また、国内小麦生産費を担い手の生産費とすべきだという検討もなされており、仮に5ヘクタール以上層の生産費7560円で計算すると、10アールあたりでは3万8000円になる。私見では輸入小麦の影響は生産者全員に及ぶのであって、担い手の生産費を使用するのではツジツマがあわない。

◆大豆の是正水準 現行交付金を上回る?

 全国の60キロあたり大豆全算入生産費は、2万644円(01―03年平均)である。諸外国の生産費として小麦と同じようにアメリカの数値を使用する。
 アメリカの大豆全算入生産費は、1トンあたり227.5ドル(01―03年平均)である。1ドル=104円(05.1.6時点)として換算すると、2万3660円であり、60キロあたり全算入生産費は、1420円となる。大豆の関税はゼロ円であるから、60キロあたり生産条件格差是正額=2万644円―(1420+ゼロ×60)=1万9224円となる。17年産大豆の交付金は、60キロあたり8320円(うち品質加算300円)であるから相当高い水準となる。格差是正額を10アールあたり生産量202キロ(01―03年平均)として換算すると、約6万4700円になる。農水省の基本計算式ではこうなるのだが、他方で「生産コストのうち、輸入品との品質格差を反映し国内市場で形成された国産品の市場価格では賄えない部分を生産条件格差として捉えることが適当」、つまり、国産大豆の生産コストと市場価格との差を生産条件格差として捉える考えを示している。
 これに従えば、全算入生産費2万644円から国産大豆市場価格約4800円との差額1万5800円程度が生産条件格差是正額となる。10アールあたりでは5万3200円程度になる。小麦と同様、担い手の生産費が基本という考え方も示されており、3ヘクタール以上層の生産費は1万7300円水準であるから10アールあたりでは4万1000円となる。いずれにしろ、現行の大豆交付金よりは相当高い水準にはなる。

◆集落型経営体25ヘクタールではどれくらいの補てん金になるか?

 さて、07年度導入の品目横断経営対策の対象となる担い手の経営面積規模要件は、個別経営体では6ヘクタール、集落型経営体では25ヘクタールが予想される。
 集落型経営体25ヘクタールについて、水稲15ヘクタール、大豆10ヘクタール、裏作小麦25ヘクタールでは生産条件格差是正額がどの程度の水準になるのだろうか。(過去の)面積を基準とした品目横断的な直接支払いと言っても、品目ごとに計算せざるをえない。
 コメは当分適用されそうにない。小麦では、10アールあたり2万9000円〜4万6300円であったから25ヘクタールでは725万円から1150万円程度の水準である。同様に大豆では、10アールあたり4万1000円〜6万4700円であったから10ヘクタールでは410万円から650万円の水準となる。合計1135万円から1800万円である。これにナラシとしての収入・所得変動緩和対策が加われば相当な金額である。農林水産大臣賞を受賞した福岡県内の典型的な二毛作大規模認定農業者の10アールあたりの麦作経営は、麦作経営安定資金や契約生産奨励金がなければ▲2万2197円(02年度)である。おなじく農林水産大臣賞を受賞し大豆を作付けしている大規模認定農業者でも大豆交付金など国の助成がなければ10アールあたり▲1万9228円(02年度)である。このように麦、大豆ではゲタの部分がなければ大幅な赤字であるから、担い手の要件を満たさなければ作付けはやめるということになろう。西日本地帯特有の水田二毛作経営体系が崩れることにもなりかねない。

◆小規模農家の排除で「担い手」が脱落する!?

 米改革の担い手経営安定対策の対象者(経営規模要件4ヘクタール以上)は、北海道を除く都府県で4万3264戸(2000年センサス)である。福岡県では601戸で販売農家6万977戸のわずか1%に過ぎない。また、土地利用型農業の生産組織数は637組織存在するが、20ヘクタール以上の経営面積をもつ組織数は240組織である。「担い手づくり」を促進する仕組みの確立は必要である。集落ビジョン運動は、米改革後に用意されているこうした視点をふまえて、担い手づくりに性根を据えて取り組まねばならない。残された時間は多くない。しかし、「担い手か、非担い手かによってオール・オア・ナッシングでいいのか」。それ以上に重要なことは農水省が考えている経営規模要件などに応じた「プロ農業経営」を目標に、要件を満たさない「準プロ農業経営」も施策の対象とするなど段階的施策を講じる等の柔軟な対応が必要である。例えば、「プロ農業経営」を助成水準100とするなら、「準プロ農業経営」は90とし、100に近づくようなインセンティブを与えるような階層に応じた対策を講じないと構造改革は進まないだろう。下限を設定してこれに達しない農業者は知らないというのでは、今は小規模であってもこれから規模拡大をしていこうという農業者の意欲と活力を奪うことにもなる。そうであってはいけない。また、大規模経営者といってもほとんどが借地によるものである。最も恐れるのは経営対策の対象外となった地権者が農地の貸付けをやめて無秩序に米生産に走ることである。
 こうなると、経営規模要件をクリアーしている大規模経営者であっても施策の対象外になる可能性は十分にある。

(注1)中国・黒龍江省新華農場の職工農家の稲作生産費については、米価格変動の影響で62〜69%あるいは70%台とした報告書もある。(福岡県稲作経営者協議会編「中国黒龍江省のコメ輸出戦略」・村田武編「再編下の家族農業経営と農協」)農業課税の軽減措置が導入される予定なので60%とした。
(注2)出所:USDA小麦生産費(全国平均・推計値)、大豆も同じ。

(2005.1.31)


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