農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

ビルの地下から農業は起こせるか?
――人材派遣会社が就農支援

求められる「地域」に根づく「人材」
 農業への理解を深めてもらい新規就農にもつなげようという目的で、人材派遣会社が都心のビルの地下に人工光で農産物を栽培するスペースを開設した。米や野菜、花などを栽培。来訪者も多く、各地の生産法人などからこの取り組みに対する問いあわせも増えているという。「農業分野での将来の雇用創出につながる情報発進基地になれば」との考えだ。果たしてビルの地下からたくましい農業の誕生は期待できるのか。農業とは何かを改めて考えさせられる問題もあるようだ。

◆若者たちが栽培管理

オープニングセレモニーでは竹中大臣も田植え
オープニングセレモニーでは竹中大臣も田植え
水耕栽培は難しいが面白い、と佐久間さん
水耕栽培は難しいが面白い、と佐久間さん
 この地下農場を開設したのは人材派遣会社の(株)パソナ。同社の本社がある東京・大手町の大手町野村ビルの地下2階につくった。総工費1億8000万円。ランニングコストは年間2000万円だという。
 米や野菜、花などを蛍光灯や発光ダイオードなどを使って土耕、水耕栽培で育てている。2月11日のオープン後、3日間で来訪者は1000人を超えた。
 栽培管理するのはフリーターをしていた若者たち。その一人、佐久間俊弘さん(29)は「めったにない機会だと思いました。これまでも面白そうだなと思う仕事をやってきましたから」とここで働くことにした動機を話す。栃木県小山市から大手町への通勤農業の毎日だ。開設前には水耕栽培の農家で研修も受けたが、実は佐久間さんはこれまでにも愛媛県のみかん農家で農繁期にアルバイトした経験がある。6年間、季節になると愛媛の農家で仕事を手伝ったという。
 そして、昨年、パソナが企画した大潟村での農業研修に参加。5カ月間、現地の生産法人で農作業の実習、販売までを研修した。サラリーマン家庭で育ったが、「体を動かすことが好きだし、試行錯誤しながら農産物を育てるのは自分にあっている。農業がこれからの自分の職業選択肢のひとつになりました。将来は自分の畑を持てればと思います」という。

◆農業の雇用創出が狙い

 同社によると若者たちの仕事に対する価値観が変化し、自分のやりたいことを仕事にし生き生きと働きたい、と考える人が増えている。しかし、農業については情報不足で若者たちの選択肢になっていないのではないか、という。
 一方、農業には競争力ある産業としての再生が求められながらも、担い手の高齢化や耕作放棄地の増大など危機的な状況にあり、農業分野にどう人材を集めるかが人材派遣会社としても課題だと捉えた。農業研修は2003年から中高年を対象に企画し、昨年は若者を対象に研修を企画した。研修は無料。10人の定員に100人を超える応募があった。
 「この事業はマッチングビジネス。研修は農業をやりたいという人はどんな人かをヒアリングする機会でもあり、一方で生産法人などはどんな人材を求めているのかを知ることになる。そのうえで将来は両者を結びつけて雇用創出ができれば、ということです。10年スパンで考える息の長い取り組みですが、社会的意義はあると思います」(同社広報部)。
 大手町にオープンしたスペースもあくまで情報発信の場。佐久間さんたちが作った野菜などは販売せず、同社の食堂で利用する。
 このスペースを使った座学での研修はすぐにでも可能とのことで近く具体化の予定だ。また、規模拡大意欲のある生産法人などから人材を求める問い合わせもすでに来ているという。

◆植物工場の可能性と日本農業再生の課題

 ただ、農業に興味をもってもらうための情報発信空間とはいえ、ビルの地下の農業に違和感を覚える人もいるのではないか。都市の緑化ならなぜ屋上につくらないのか、という声も聞こえる。
 今回の試みに技術面での指導をしてきた東海大学開発工学部生物工学科の高辻正基教授は、「太陽のない空間の緑化、美化という点で意義がある。新しい都市のあり方も示していると思います」と話す。
 また、農産物を気候に左右されずに生産できることを示すことで「食料安全保障にも寄与する」と指摘する。
 技術的にはとくに目新しいものが導入されているわけではなく、すでに実現している植物工場の技術で作物は作られている。光と温度管理がポイントだという。
 水耕栽培のために成長が早く、栄養価も高い。農薬も使用しないため「食の安全・安心に応えるもの」だという。
 課題はコストだ。少しでも電気代のむだをなくすため、植物が好む光の色やいかに効率的に光を当てるか、などの研究がなされているという。
 高辻教授は、日本農業は付加価値の高い農産物をつくっていくべきだとして、「水耕栽培はスマートな農業として若者から高齢者まで取り組めるのではないか。生産面だけではなくアメニティ空間づくりにもなる。土づくりを基本とした農業はもちろん大切だが、農業再生のためのアピールとしても、ビジネスになる農業の可能性を象徴的に示す空間があっていい」と指摘する。

◆地域の担い手は生まれてくるか

 佐久間さんは昨年の大潟村での研修では、自分たちでつくった野菜をレストランに売り込みにいったり、不揃いの野菜をカットして鍋セットなどとして販売するなど販売面での工夫も体験した。なかなか密度の濃い研修内容だといえる。「プログラマーや保母さんなどいろいろな職業経験のある人が参加していたので面白いアイデアが生まれた。台風の被害など農業の大変さも分かったが、人手不足といいながら農業の側はあまり積極的に人を集めようとしないのかな、とも思いましたね」という。
 こうした経験からも将来の就農を考えているが、しかし、本格的に農業をするとなると地域にしっかり根づくという生き方が求められるのではないか。それはまさにフリーターとは違う生き方ではないか。
 「私が愛媛のみかん農家に何年も通って仕事させてもらったのは、みな人がよかったからです。むしろ人との関り方を学んだ気がします」。佐久間さんはこう地方への思いを話す。
 こうした若者たちが仕事として農業を選択するようになり新たな農村の人材となることは期待されることだろう。
発光ダイオードによるマーガレット栽培(左)、「水田」もあって稲づくりも行う 発光ダイオードによるマーガレット栽培(左)、「水田」もあって稲づくりも行う
発光ダイオードによるマーガレット栽培(左)、「水田」もあって稲づくりも行う

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 ただし、パソナのこの取り組みが紹介されると、こうした若者たちの思いを超えたところで、たとえば一部では株式会社の参入など規制緩和を安易に唱えられることは問題ではないか。
 新しい技術をもとに農業の可能性を語り、新規参入の必要性を説きながら、一方でなぜ農業に魅力がなくなり、人が離れていったのかとの分析に言及しないのでは新しい農業の可能性も描けないのではないか。植物工場も単純に食料自給率の向上に貢献するといわれるが、私たちはまずなぜ自給率がここまで低下したのかを考えるべきだろう。
 農業には人材が必要とされていることは間違いない。その人材は現場では農業生産の担い手だけでなく、地域社会の担い手としても期待されている。島村農相は今回の取り組について「できるだけ支援していきたい」と記者会見で述べた。産業としての農業の側面ばかりがクローズアップされる議論になりがちだが、農業が真に必要とする今の農業者への支援こそ、まず力強い大地の農業をつくることだということを忘れてはならない。
株式会社 パソナ
(株)パソナは南部靖之代表が1976年に学生ベンチャー企業として創立した。事業内容は人材派遣、請負事業、人材紹介事業、再就職支援事業など。人材派遣では事務系が中心。稼動可能な登録者数は約40万人。農業での雇用創出をめざした研修などの取り組みは2003年から始めた。
(2005.2.25)


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