◆米価はギリギリの低水準 農外収入・複合経営で成り立つ小規模農家
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ほ場には特別栽培米の表示が |
「いまの価格がギリギリだね。これ以上下がるなら米づくりを止めるという人がいっぱいいるよ」「3町8反作付けしているけれど、これ以上米の価格が下がれば、小作料も払わなければならないから大変ですよ」とTさん。表1は岩手県の10アール当たり収量や所得の推移だが、確実に所得が減少していることがみてとれる。
JA管内の平均的な作付け規模は1町5〜6反だという。ほぼ平均的な農家であるSさんは「平均的な作付け農家は、米だけに頼らないよ。兼業をしたり、複合経営をして、それらを合算して辛うじて何とか回っているというのが実態」だという。Sさんは、原木椎茸を6000本強栽培しており、米よりも所得がいいという。また、この地域はもち米の産地としても知られるが、うるち米より価格のいいもち米の作付けが2300haあり、これで経営を支えている農家も多い。
東北農政局の調査結果をみると、農家1戸当たりの利益を示す「家族労働報酬」は、10アール当たり1万3980円だが、規模別にみると、0.5ha未満はマイナス1万7681円、0.5〜1ha未満がマイナス386円、1〜2ha未満が9374円、2〜3haが2万4239円、3〜5haが2万5591円、5ha以上が2万3692円となっており、小規模農家は農外所得や米以外の農産物による所得を米づくりにつぎ込んでいることを裏付けている。岩手は東北の平均を大幅に下回る5246円だ(表1)。
生産コストからみると、10アール当たりの全算入生産費の東北の平均は13万8184円で、15年産よりは1.5%増えたが、過去10年では2番目に低い数字だ。これを規模別で見ると、5ha以上が約11万2000円で、0.5ha未満が約19万4000円と約8万円の開きがある。これを見ると規模拡大することが、稲作農家の生きる道のように思えてくる。
◆規模を拡大しても価格低下の影響が大きい大規模経営
だが、10町歩作付けしているYさんはそう単純なものではないと指摘する。
一つは、大規模ほど気候変動により収量の減少や価格変動が経営に大きな影響を与えることだ。例えばこの地域の主力品種である「ひとめぼれ」の指標価格(60kg)は、11年産の1万6454円から16年産は1万5062円に1392円下落している(図2)。Yさんの場合、平均反収を9俵として計算すると約125万円の減収となる。Yさんの場合、基盤整備が完了しているが、その償還が10アール当たり1万8000円あるので年間180万円になる。ほぼそれに匹敵する額が減収になるわけで、経営に与える影響が非常に大きい。
二つ目は、かつては早生・中生・晩生と刈取り時期の違う品種を生産していたが、いまは品種統一してロットをまとめないと売れないということから、単一品種づくりになっている。しかし「春作業はいいけれど秋の収穫作業では完全に遅れるほ場がでる」。収穫が遅れれば当然、品質は低下してしまう。「面積が大きければ確かに所得は上がるけれども、品質が低下すれば量は取れても所得は減る」という問題が起きる。だから、単純に規模拡大すればいいということにはならないわけだ。
「私たちの代は親から受け継いだ土地を守らねばと農業をしているが、農業では食えない。この地域でもかつて畜産団地や野菜団地などの事業をやったが、大半は資産を食い潰して借金を抱えて止めていった。大規模化だけが能ではない。国の政策として日本の農業をどう位置づけるかではないか」とYさん。
コスト下げても増えない所得
◆机上計算では経営できない 品種絞込みで品質の低下も
「国は20町歩やればいいという。たしかに10町歩では農機具を購入するにも中途半端かもしれない。機械設備の減価償却などを考えると、大規模ほどコストは下がるから20町歩なら上手くいくかもしれない。しかし、単一品種なら半分以上は低品質なものになる」だろうという。それで所得が確保できるのかどうか疑問が残る。
複数品種を生産したらどうなるか。卸や実需者が要求する銘柄・品質・ロットが確保できるのかどうか。さらに「1粒でも他品種が混じってはいけない」という要求に応えるために、コンバインや農機具の掃除など手間ひまやコストがかかることになる。Tさんも「大規模ほど機械の償却が薄まるから計算上はコストが低くなるが、現実はそんなものではない」と、机上計算では経営はできないという。
図2は、岩手県の米指標価格と生産費(支払利子・地代算入生産費)(いずれも60kg)だ。生産費は11年産に比べて2000円下がっているが、冷害だった15年産を除き価格もそれを追いかけるように下落している。8月22日と24日に関東の米を中心に第1回の入札が行なわれたが、その取引銘柄平均の指標価格は1万4664円と前年同時期に比べて557円低かった。
この地区の収穫はこれからだが、作況の予測は「平年並み」であり価格が昨年よりも下がることが予想される。今年産からは全面積で「特別栽培米」に取り組んでいる。「有機肥料代は慣行農法よりも高いのでコストは上がるのではないか」という。さらに「有機肥料はすぐには効かないし、初めてのことなので収穫量にも個人差が出るのではないか」という。
この地域は「B地区」に区分され図2のA地区の価格よりも2000円ほど低く設定されている。今年からは特別栽培米として、300円(60kg)が加算されるが、肥料代が高くなることもあって、今年の価格がどうなるのか生産者には不安がある。
◆他産業並みの所得を 惨めな思いをしながら続けなくても……
個人では「コストを下げるのは限界にきている。だから集落営農組織や生産組合を拡大して、それを主体にしていく必要がある」が、「私たちができなくなったらそうした組織のオペレーターがいなくなってしまう」。
そうならないためには「集落営農を守ってくれるなら、集落外の人でもいい」という。だが、そのためには「他産業並みの所得が保障されなければ」ならない。例えば「年収300万円なら、後継者も戻ってくるだろうし、よそに勤めている人でも雇えるのではないだろうか」とYさんは考える。
集落営農にしろ大規模化にしろいずれ今ある農機具では老朽化して間に合わなくなる。しかし、いまは農機具に対する助成がないので、自前で購入しなければない。その負担に耐えられるのかも疑問だ。
農業は、国民の食料を確保し安定的に供給すると同時に、地球温暖化防止や国土保全という意味で「大きな貢献をしているわけだから、それをないがしろにするのはどういうことかと思う」。国民のことを考えれば、あまり過保護にされる必要はないが、一定の支援は必要ではないかともいう。
そうでなければ、「どこの農家でも、いろいろと切り詰めてやっているが限度がある。これ以上、惨めな思いをしながらやらなくてもいいんではないかと感じている」というのが、管内作付が少しずつ増えている、東北でも元気なJAいわて中央の生産者の率直な思いだ。そうなったとき、日本の農業は、国民の食料は誰が担っていくのだろうか。 |