農業協同組合新聞 JACOM
   

検証・時の話題

農政見直し策

農業再生につながる政策転換になるか?
東京農工大学名誉教授 梶井 功

 この秋以降、焦点となっていた米政策と品目横断的経営安定対策の見直し対策が年末に決まった。19年度補正予算と20年度当初予算に追加して合計1000億円を超える予算が措置された。具体策では生産調整の確実な実施を図るための実施者メリットの充実と行政の関与強化、品目横断的経営安定対策(水田・畑作経営所得安定対策)の加入要件の弾力化などが盛り込まれた。水田農業の維持・発展は我が国農業の将来に関わる問題であり、今回の政策見直しに至る議論は大きく注目された。「農業再生」につながる政策となるのか。梶井功東京農工大名誉教授に検証してもらった。

真の農政改革に向けた一層の議論を

◆構造改革路線への反省

梶井先生

 「農業再生へ自民党動く」――11・20付で発行された自民党機関紙「自由民主」の農業政策特集号として発行された号外の大見出しである。農業者戸別所得補償法案を掲げた民主党に参院選で惨敗したことが、これまで政権与党として進めてきたいわゆる構造改革農政に問題ありとしなければならないことを、とりわけ農村に基盤を置く多くの議員に認識させ、“農業再生”に取り組ませることになったとしていいだろう。その取組みの第1弾は34万トンの政府備蓄米積み増しを主内容とする米緊急対策として実施に移されているが、このほど発表された「米政策及び品目横断的経営安定対策見直し関連対策」はその第2弾になる。2兆949億円の次年度概算要求とは別に、07年度補正予算で800億円、次年度概算要求への追加として300億円、計1100億円がこの「関連対策」予算要求額として組まれている。ここへきての予算要求であるだけに、農政当局とはむろんとして、財政当局ともある程度の詰めは行われていて、かなり実現性は高いと見ていいのだろう。「農業再生」への“見直し”になっているのかどうか、が問題だが、まずは「見直し関連対策」(要求額)を表示しておこう。

「米政策及び品目横断的経営安定対策見直し関連対策」
1.米の生産調整実施者支援充実対策
(1)地域水田農業活性化緊急対策  500億円(19’補正)
(長期生産調整実施・非主食用米低コスト生産技術確立)
(2)担い手経営革新促進事業  52億円(20’当初追加)
(過去実績がない場合の支援拡充)
(3)生産条件不利補正対策  175億円
〔19’補正(144億円)〕
〔20’当初追加(31億円)〕
(生産調整面積増等に伴う所要額)

2.米価下落緊急対策
(1)収入減少影響緩和対策  111億円(20’当初追加)
(10%超下落対策)
(2)稲作構造改革促進交付金  54億円(20’当初追加)
(小規模・高齢者稲作経営安定対策)
(3)緊急米価安定支援対策  50億円(19’補正)
(全農の飼料処理支援)

3.先進的小麦生産等緊急支援対策
(1)小麦主産地緊急支援対策  151億円
〔19’補正(98億円)〕
〔20’当初追加(53億円)〕
(2)てん菜主産地緊急支援対策  17億円
〔19’補正(7億円)〕
〔20’当初追加(10億円)〕

対策額合計  1111億円※
〔うち19年度補正予算 799億円  20年度当初予算(追加分)312億円〕

※)この他、「米緊急対策」に基づく政府買入に伴う所要の経費として概ね120億円が見込まれる。

◆生産調整の実効確保が鍵

 目玉は500億円を対策費として要求している「地域水田農業活性化緊急対策」だが、生産調整の完全実施こそが当面の最重要課題という認識から組まれた対策である。
 07年7.2万haに達した生産調整非実施面積、予測される米消費減による生産調整要増加面積3万ha、あわせて10万haの生産調整面積増を08年度には予定しなければならないが、その完全実施には既存の対策では不可能として2つの新しい施策が組まれている。
 1つは、「毎年、その経営する水田のうち地域水田農業推進協議会の指示する面積に、麦・大豆・飼料作物又は協議会の指定する作物(ソバ、ナタネ等)を5年間作付ける長期契約を結んだ農業者に、10a当たり5万円(07年度目標を達成していない者は3万円)の踏切料」を交付する長期生産調整実施事業である。
 もう1つは、やはり協議会との間で、“生産調整の拡大を図るための、飼料米、エタノール用米など非主食用米の低コスト生産技術(多収品種・直播栽培・二期作・麦と非主食用米の年2作等)の確立試験に3年間取り組み、その試験結果等を協議会に報告する長期契約”を結んだ農業者に、08年度の試験圃場面積(生産調整の拡大分)について10a当たり5万円の「踏切料」を交付する事業である。
 収入減少影響緩和対策110億円も注目しておくべきだろう。いわゆるナラシは1割程度の米価下落に対応するだけの原資しか持たず、07年のような低米価には全く対応できないことが、各地で生産調整政策への不満を増大させていたのに対応する措置である。
                             ◇
 1割以上の価格下落にも対応できるようにしようというこの対策は、もともとの制度の欠陥を補うものであって当然の対策としていいが、問題は1回だけの「踏切料」がどれだけ生産調整実施率を高めることに寄与するかだろう。これまで生産調整にソッポを向いていた人たちが、年当たりにすれば10a当たり6000円で生産調整に踏み切るか、私には疑問である。重要なのは転作物の収益性が米並みになれるかどうかであって、その点では産地づくり交付金が07〜09年総額固定ということになっていることを問題にしなければならない。特に、飼料米にも「踏切料」をつけて取組みを促すことは私も大賛成だが、そのためには10a7.5万円にもなったことのある発酵飼料用稲作並みの助成が必要となろう。産地づくり交付金の増加をともなわせることが大事になる。

◆食糧法改正の必要はないのか?

 生産調整政策見直しでもう1つ注目しておかなければならないことは、生産調整を進めるに当たって、“農協系統、行政等の関係者がそれぞれ及び相互に連携して生産調整目標を達成するため全力をあげることを確認する”としていることである。
 この限りでは、当然のことを言っているに過ぎないように見える。が、02・10・26に自民党農業基本政策小委員会が決めた「自民党コメ緊急対策」では、“国・都道府県・市町村は、生産調整の実効性の確保に積極的に関与する観点から、次の措置を講ずる”として
 “適切な生産調整目標の設定、目標の配分・作付け・収穫等の各段階における取組状況の把握と適切な指導、生産調整非実施者に対する働きかけ、結果として目標を達成しない都道府県・地域に対する産地づくり交付金の調整等の措置を講ずる”
ということが書かれていた。生産調整目標の県間調整が国の仕事とされ、生産調整量を増やす県にはトン当たり11万で産地づくり交付金を増やし、減らす県にはトン当たり4万円で交付金を減らすこととしている。“連携して…全力をあげる”ことのなかみが具体的にはこのようなことになる――“目標の設定”“目標の配分”も“国・都道府県・市町村”が“講ずる措置”になるとすると、“農業者・農業者団体が、国・都道府県から提供された…情報や市場のシグナルを基に、自らの販売戦略に即して生産を実行していく「農業者・農業団体の主体的な需給調整システム」”を著しく変質させることになろう。私はその変質を歓迎する。
 自民党としてそう考えているのだとするなら、食糧法第5条第6条の改正をいうべきだろう。

◆経営安定対策の変質が意味するもの

 品目横断的経営安定対策の見直しについての自民党提案は、米生産調整対策以上に重要な変質を経営安定対策にもたらす可能性があるのではないか。面積要件、認定農業者の年齢制限、集落営農の3点にわたって見直しを言っているが、いずれも施策対象を狭く限定するこれまでの方針の転換になっているからである。
 まず面積要件だが、都府県4ha以上、北海道10ha以上という品目横断的経営安定対策加入のための面積要件について“従来の知事特認制度に変えて、新たに市町村特認制度を創設することとし、具体的には、…市町村が対策の加入が相当であると認めるものについては、国との協議により対策への加入の道を開くこととする”としている。“担い手として周囲からも認められ、熱意を持って営農に取り組む者であれば”、経営規模の大小は問わないし、“意欲のある高齢農業者が排除されないよう、年齢制限の廃止…を強力に指導する”。
 集落営農組織については、組織の実態が“多様な形態や段階にあることから、…法人化や主たる従事者の所得目標等の要件に係る現場での指導は…画一的かつ行き過ぎたものにならないよう、この旨を要領等で明記する”。官制の枠組みを気にすることはないということである。
 一定階層以上経営への施策集中、集落営農への5年後の法人化強要など、これらは農政が自賛する構造改革農政の中心になってきた施策だが、それは構造改革を加速させるのではなく減速化させると私はかねがね言ってきた。自民党のこの見直しが施策化するとなれば、まさしく構造改革農政の転換となろう。

(2007.12.27)



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