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地域社会計画センター
山本雅之常務理事
やまもと・まさゆき 昭和19年生まれ。東京大学工学部建築学科卒。48年JAグループのシンクタンク設立準備に参画。49年全国JAグループの出資で(社)地域社会計画センター設立。以来、JAの施設再編・業務改革、生活総合センター建設、ファーマーズマーケット建設、農住まちづくり、優良田園住宅団地建設などの実践プロジェクトを多数手がける。
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◆農産物流通は戦国時代 今年5月、コンビニ業界第2位のローソン(本社・東京)が、大都市圏を中心に600店余りの「ショップ99」を運営する九九プラス(同)に対抗して、野菜・果物を取り扱う「生鮮コンビニ」への参入を発表した。これに続いて、ファミリーマート(同)、サークルKサンクス(同)、エーエム・ピーエム(同)、スリーエフ(横浜市)も生鮮強化型のコンビニに乗り出す構えだ。
一方、店を持たずに野菜・果物などを消費者に直接届ける会員制宅配や通販業界も乱戦模様。らでぃっしゅぼーや(東京)、大地(千葉市)、オイシックス(同)、首都圏コープ・パルシステム(東京)、郵便局などの先行グループを追って、農業法人、青果卸業者、小売業者、食品メーカーなどの新規参入が相次いでいる。
この背景にあるのは、少子高齢化とデフレの進行ならびに健康志向。食生活が「外食」から「中食」「内食」へと戻り始め、農産物の鮮度・安全性・価格に対する消費者の関心が急速に高まってきた。JAグループとして、これにどう応えていけばいいのか。 ◆問題は流通コスト
消費者が求める鮮度・安全性・価格のうち、JAグループで最も遅れているのが価格対策だ。従来、農産物の国際価格競争力をつけるには、農業経営の規模拡大や生産資材の価格引き下げによる「生産コスト」の削減が不可欠といわれてきた。だが、それで本当に輸入農産物に勝てるのか。
図の上段の数字は、市場流通における野菜の価格を模式的に示したものである。農家手取り100円に対して、小売価格は2.5倍の250円。産地から消費者に届くまでに選果場経費、卸売市場の手数料、中間業者や小売店のマージン、輸送にかかる段ボール代や運賃などの「流通コスト」が150円上乗せされているからだ。
ここで「生産コスト」を削減するということは、農家手取りの100円をさらに削り込むことである。だが、経営規模拡大や資材価格引き下げでどう頑張ってみても、農家手取りを中国並みの10円に抑えるのはとうてい無理。「生産コスト」を下げれば価格競争力が生まれるというのは空論に過ぎない。
しかし、中国の農家手取りが10円でも、海を隔てた日本で売るには国内以上の「流通コスト」がかかるから、160円以下では売れない。そこで、「地産地消」で「流通コスト」を大幅カットできれば、輸入農産物に勝てる小売価格が実現できる。
図の下段の数字は、ファーマーズマーケットで消費者に直販した場合の価格である。卸売市場や中間業者の手数料・マージンが省けて選果や輸送の経費もかからないから、4割安の150円で売っても農家手取りは3割アップの130円(手数料率約15%)。これなら価格で負けることはないし、農家の所得増にもつながる。
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消費者の支持を集めるFM。それは国内分業から地域自給へと流通を変える場でもある。
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◆国内分業から地域自給へ
2002年の「総合規制改革会議」(内閣府)答申では、兼業農家を切り捨て、担い手農家に施策を集中することで、経営規模を拡大し、農業の国際競争力を高めることを提言している。2003年の「農協のあり方についての研究会」(農水省)報告でも、大口需要者向けの生産資材価格引き下げや量販店・加工業者との直販ルート拡大を通じて、担い手農家を集中的に支援することをJAに求めている。これらは1961年の「農業基本法」以来、国が一貫して推進してきた農政を踏襲するもの。つまり、地域ごとに特定品目を大量生産し、それを卸売市場を通して全国に分配する「国内分業」路線である。
その結果はどうか。昔から地域で生産されてきた多様な品目が姿を消し、大量生産に向かない未整備農地や大型農機具が使えないコマ切れ農地は耕作放棄されていった。同時に、卸売市場の規格に合わせられない兼業農家や女性・高齢者はJAの営農指導や販売事業の対象外とされ、生産現場から排除されていった。
ファーマーズマーケットは、この「国内分業」路線の対極に位置するものだ。地域の消費者が求める多様な品揃えのために、共販品目だけでなく、共販に乗らなかった少量多品目の農産物や手作りの農産加工品などもすべて商品化する。その結果、兼業農家や女性・高齢者が続々と生産現場に戻ってきて、耕作放棄地や庭先農地まで活用されるようになり、地域の伝統的な品目も復活してくる。そして、地域内で消費する農産物を全量地域内でまかなえる「地域自給」に着実に近づいていく
生産者の所得アップをJAの
収益につなげる仕組みづくりを
◆高齢化で増える担い手
現在、年間50万円以上の販売農家では、基幹的農業従事者の51%が65歳以上の高齢者である(2000年農林業センサス)。この先、卸売市場が要求する規格に合った農産物を生産できる農業従事者が激減していくことは確実。それで、農業生産力も急速に落ち込んでいくだろう。
だが、ファーマーズマーケットという強力な消費者直販ルートがあれば、状況は一変する。市場流通のような品目・数量・形状などの規制はないから、高齢化しても自分の体力と技術に合わせて、無理のない農業を楽しみながら長く続けることができる。だから、高齢化が進めば進むほど、担い手はむしろ増えてくるだろう。将来は、市民農園で栽培技術を磨いた都市住民も、新たな担い手としてファーマーズマーケットに参入してくるにちがいない。
◆総合型の営農指導を
いわゆる農産物直売所とファーマーズマーケットの最大のちがい。それは、消費者直販を通じて農家の意識改革を促し、農業生産と農産物流通の構造を消費者ニーズに合ったものに変えていく機能を持っているかどうか。「作ったものを売る農業」と「売れるものを作る農業」のちがいといってもいいだろう。
そのために欠かせないのがJAの営農指導だ。といっても、ここで必要なのは、専業農家向けに作目別に行ってきた従来のタテワリ型の営農指導ではない。年間10〜20品目にも及ぶ少量多品目の基礎的な栽培技術や消費者が求める品揃えに沿った作目選定のノウハウを、主に兼業農家や女性・高齢者向けに伝授する総合型の営農指導である。
それにはまず、JAの営農指導員が持つ野菜・果樹・花き・畜産などのタテワリの専門知識を集約して、地域で生産可能な作目を網羅した「栽培マニュアル」をつくることが先決。このマニュアルを使った栽培講習会や現場指導を継続していくことで、「売れるものを作る農業」への転換は飛躍的に早まり、地域農業の構造は短期間に「国内分業」から「地域自給」へと変わっていく。
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消費者の評価が
組合員農家の“意識”を変える
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◆進む農家の意識改革
このような営農指導に沿った農業生産やファーマーズマーケットへの出荷・販売の過程で、農家の意識は確実に変わっていく。
従来の市場流通では、農家は栽培品目を特定され、定時定量出荷を義務づけられ、卸売市場が定めた規格に合わせて選別され、値段も市場に決めてもらう。これでは、農家の意識が「他力本願」になるのも無理はない。
これに対してファーマーズマーケットでは、どんな品目を栽培し、いつ何をどれだけ出荷し、いくらの値段で売るかは農家の自由。規格の制限もまったくない。その代わり、売れ残ればすべて自分で引き取らなければならない。消費者の求める品揃えを考えて栽培品目や出荷形態を工夫し、売れ残りを教訓に品質向上の努力をする農家はどんどん売り上げを伸ばす。一方、自分の作りたいものを出荷するだけで、消費者ニーズに合わせる工夫・努力をしない農家は、売れ残りが増えてやがて脱落していく。
ファーマーズマーケットは、「他力本願」に慣れきった農家の意識を「自己責任」に変えていく生きた組合員教育の場でもある。
◆JA改革の突破口
「JA改革の断行」を掲げた2003年のJA全国大会では、最重点課題として「経済事業改革」を決議。その実行を促すJA全中の「経済事業改革指針」では、2005年度までに経済事業の収支改善をはかる具体的な目標を示している。そのタイムリミットまであとわずか。今のところ目に見える成果は見当たらないが、これで本当に目標が達成できるのか。
そもそも、経済事業改革の目標とは何か。それは「農家を儲けさせること」であり、JAの収支改善はその結果ではないか。農家を儲けさせることができるJA事業は、販売事業と資産管理事業の二つしかない。いずれも、土地を活用して農家に収益を生み出す事業。金融・共済・購買事業などは、すべてその収益に依存する事業である。したがって、JAの収支改善には原資を生み出す販売と資産管理を伸ばすことが先決だ。資産管理事業は別の機会に譲るとして、ここでは販売事業を伸ばす方策を考えてみよう。
いま、JAの販売事業の実態はどうなっているのか。野菜についてみると、国内の総産出額が2兆1000億円(2000年)に対して、JAの総販売額は1兆3000億円。ということは、JAの販売・取扱シェアは約6割で、JAを通らないものが約4割、8000億円もある。その多くは、兼業農家や女性・高齢者が生産する少量多品目の野菜である。ファーマーズマーケットを通じてこれをJA事業に取り込んで、農家の所得アップとJAの収益増につなげること。それが、経済事業改革の重要な切り口なのだ。
現在、市場流通でJAが受け取る手数料は全国平均で2.2%。卸売市場の各種奨励金を加えてもせいぜい4〜5%に過ぎない。集出荷・選果施設や営農指導員・販売担当者・パートなどを多数抱えて、この手数料率では収支が合うわけがない。卸売市場を通さずに量販店と直接取引する手もあるが、量販店の値下げ競争のあおりを食って、JAにとっては市場流通以上に手間とコストがかかる例も少なくない。
だが、ファーマーズマーケットなら、農家が自分で持ち込んで、売れ残りは自分で引き取るという仕入も在庫もない販売システムだから、集出荷・選果施設は不要。運営スタッフもごく少数ですむ。それで手数料率は15%程度を確保できるから、JAの収支改善効果は抜群だ。
たとえば、現在JAを通っていない8000億円の野菜をすべてファーマーズマーケットで販売したとすれば、JAの粗利益は1200億円(手数料率15%として)。これは、市場流通におけるJAの粗利益500億円(奨励金を含む手数料率4%として)の2.4倍にあたる。もちろん、農家の手取収入も、市場流通に乗らなかった少量多品目野菜が商品化されて、飛躍的に増えることは間違いない。
このように、ファーマーズマーケットを突破口にすれば、JAの経済事業改革のシナリオが具体的に見えてくるはずだ。
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