◆柔軟性求めるG10提案
WTO農業交渉は各国の意見がまとまらず7月末のモダリティたたき台の提示は見送られ9月からラミー事務局長、ファルコナー農業交渉議長の新体制のもとで交渉が再開された。再開後の会合では今後たたき台ではなく、関税削減率など数値も入ったモダリティ案づくりに向けて交渉を進めることに合意。ラミー事務局長は「11月中旬には何らかのテキストを用意したい」と述べ交渉の加速化を促したことから、10月中旬の非公式閣僚会合で主要国、グループから具体案の提示があった。
市場アクセス分野で日本を含むG10が提示したのはこれまでの議論の対立点を組み合わせて各国が選択できる方式だ。階層内の削減方式について定率削減と削減率に幅を持たせる柔軟性のある方式の2つの選択肢を示した。数字はあくまで例だが、たとえば、現行関税率が70%以上の階層について、定率削減の場合の削減率を45%としたとすると、柔軟性のある削減方法では50%±10%とするというものだ。
さらに重要品目の数にも違いを持たせ、定率削減の場合の品目数を15%とする一方、柔軟性のある方式を選択した場合は品目数を10%と少なくすると提案している。
また、重要品目の扱いについても関税削減率15%と関税割当約束(ミニマム・アクセス数量など)15%の組み合わせを「標準的組み合わせ」として提唱。ある品目について関税削減率をゼロとするなら、関税割当約束を30%とするといった双方を関連させるスライド方式を主張。さらに関税割当約束改善方法には、単なる数量の拡大だけではなく一次税率の引き下げや関税割当運用の改善なども含めるべきとしている。
◆EUは上限関税を容認
そしてG10提案でもっとも強調しているのは上限関税の設定は「受け入れ不可」であると主張している点。関税削減は各国の抱える農業生産事情に配慮してルールを決めるとされていることをまったく無視するものだと強く訴えている。
これに対して米国、ブラジルやインドなどのG20、そして10月の提案ではEUも上限関税の設定を主張した。
米国は関税削減率について最大で90%を主張。重要品目では一般品目削減率の半分の率(45%)とし、品目数はタリフライン(関税分類表に基づく細目品数)の1%と極めて厳しい条件を求めている。さらに重要品目のアクセス改善として消費量の7.5%の輸入拡大を主張するなど代償を要求する内容となっている。
日本の米で考えると、ミニマム・アクセス米としてさらに80万トン程度の上乗せが求められるという提案でさらに米国は上限関税75%の適用を重要品目についても主張しており日本としてはとても認められない内容だ。
ブラジルなどG20の提案は最大削減率75%を要求し、上限関税も100%を主張、これを重要品目にも適用すべきとの内容である。重要品目の数もごく少数に限定した案だ。
さらにEUの提案では一般品目で最大60%の削減率、重要品目では最大20%の削減率を主張。上限関税100%も提案し、10月の会合では重要品目にも適用すべきとの態度を表明したという。EUは当初、上限関税を重要品目に適用するのかどうかは不明だったが、結局、米国、EUと基本的な考え方では同様になったとの見方もある。
EUの重要品目に対する考え方は品目数を総タリフラインの8%と米国やG20ほど限定はしていない。ただし、重要品目の扱い自体、米国やG20のように「例外」とする考え方にシフトしており、G10が例外ではなく「重要品目をルールとして扱う」と主張している立場とは差が出ている。
◆米国提案への批判も
農業交渉が具体的な数字を入れた提案をもとに動きだしたきっかけは米国が国内支持で削減案を示したことにある。
米国提案では削減対象の「黄」の政策について、EUと日本を最上位階層に位置づけて83%削減を主張、米国は60%削減とする内容だ。EUと米国の間では、市場アクセス分野と国内支持分野がいわばトレードオフ関係になっており、EUは米国が国内支持で譲歩しなければ市場アクセスでの譲歩はできないとしてきた。
今回、米国が国内支持削減案を示したことで今度はEUが市場アクセスでさらなる譲歩を示すべきと主張していると伝えられるが、この米国提案についての批判も出ている。
日本の交渉担当者からも真に痛みを伴う削減かどうか疑問とする声もある。
米国は削減対象とされている国内助成合計量(AMS)は2000年約束水準の75%の144億ドルにとどまっているとされているが、WTOへの実質通報値では95年から2000年の平均で99億ドル程度ではないかとされており、この提案では実質的な削減にはならないとの見方だ。カナダ農業者連盟も「60%削減の提案というがあくまで支出枠の話。実際には66%以上の削減を行わないと現実の支出削減にはつながらない」と指摘している。(全中「国際農業・食料レター」11月)。
また、市場損失補てん支払い策など「青」の政策の予算額を昨年の枠組み合意の半額にするとの提案も行った。具体的にはその国の農業総生産額の2.5%を上限とするという内容だ。米国の農業総生産額の2.5%は約50億ドル。一方、市場損失補てんのための不足払いの実支払い額はそもそも46億ドル程度。したがって、この提案も実質的に米国の農業保護に縛りをかけることにはならず、むしろ青の政策を伸ばす余地さえあるのではないかとの疑問が出ているという。
◆交渉の行方は不透明
日本を含むG10の主張は重要品目は例外ではなくルールとして位置づけること。そして重要品目は各国の裁量で十分な数を確保し、その品目についての市場アクセス改善は、選択性のある関税削減と関税割当約束の組み合わせといった品目の事情に応じた方式とすることである。いわば一般品目と重要品目では別扱いのルールとすべきということだ。
さらに主張していることは、一般品目にも重要品目にも上限関税の導入は認められないという点である。かりに一般品目だけに導入を認めた場合であっても、結局は米国、G20のように重要品目にも関連させる考え方が通りかねないためだ。
◆輸出国でも対立が続く
たとえば、一般品目だけ上限関税100%を設定し、重要品目は一般品目に適用する削減率の半分という米国が主張するようなルールになった場合を考えてみる。その場合、1000%の品目を重要品目にしたとしても、まずは一般品目扱いされ100%の上限関税にまで引き下げられると計算されることになりかねない。それは削減率でいえば90%となるから、重要品目であっても削減率はその半分の45%という厳しい水準になる。これでは1000%の品目が550%へと大幅に引き下げられてしまうことになる。
こうした考え方が重要品目にも適用されかねないことや、昨年夏の枠組み合意では上限関税の導入は見送られたとしてG10は断固阻止を目標にしている。10月の農業交渉ではモーリシャスやベナン、ケニアなど55か国が参加しているアフリカ、カリブ、太平洋諸国グループ(ACP)が上限関税受け入れ反対を表明した。日本はこのグループをはじめ途上国との連携が「交渉の柱」(農水省)だとしている。
一方、一般品目の削減についても米国、EU、G20などで意見の隔たりは多い。
たとえば階層の数については4階層とすることでほぼ合意されているが、階層の境界については米国は「60%、40%、20%」を区切りとすべきとしているのに対してEU提案は「90%、60%、30%」と隔たりがある。
EUは市場アクセスのさらなる改善提案を求められているが「もともと果実や野菜など低関税品目を抱える国にとってはこれ以上の削減は厳しい。階層方式になったことで階層内ごとに重要品目を抱えることになってしまった。境界の線引きで譲れないのは域内事情もあるのではないか」とある交渉担当者は話す。
また、米国の綿花保護政策に対するアフリカ諸国の反発などに対しても具体的な解決策が交渉されているわけではないなど、途上国と先進国の対立もある。
「モダリティは数ページ程度の政治的なものではなく膨大な文書。香港で確立するならこの中旬に提示される合意案は、後は数字さえ入れればモダリティになる、というレベルでなければまとまらない」(交渉担当者)という。
交渉は緊迫の度合いを高めているが各国の合意を得るにはまだまだ課題は多く、年末に合意できる範囲はそれほど多くはないとの見方も出てきた。ただ、それは一層の市場開放を求める輸出国などが主張する合意内容の「野心の水準」が下がったということではない。日本にとっては決して楽観できる状況ではなく、交渉が輸出国主導にならないよう政府の積極的な交渉が望まれる。
参照:WTO各国提案イメージ(.jpgファイル)
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