米国のブッシュ大統領は1月の年頭教書演説で「石油依存症」からの脱却を宣言。バイオエタノールの実用化などで、2025年までに中東からの原油輸入を75%削減する目標を掲げた。2月にはGMとフォードがエタノール濃度85%対応車を65万台へと倍増させると公表したという(日経ビジネス)。もっとも米国のエタノール生産はすでに急増しており、2005年にはブラジルを抜いて世界一となった。その原料はほぼすべてトウモロコシ。米国農務省の06/07年の需給見通しでは「旺盛なエタノール需要が輸出向けを抜く」と見込んでいる。わが国の飼料用トウモロコシ1200万トンの9割は米国からの輸入だ。このままエタノール向けが増えると飼料用トウモロコシの需給がひっ迫する可能性もある。飼料穀物を輸入に大幅に依存しているニッポン。将来を左右しかねない畜産飼料のあり方、そしてエネルギー戦略までもすでに問われる事態になっているのではないか。 |
大丈夫か? 飼料穀物の調達
問われる輸入大国ニッポンの畜産政策
◆農家の所得も向上
2000年以降の米国のトウモロコシ生産量は2億3000万トン〜8000万トン程度で推移している。
用途別にみると、04年では米国内向けの飼料用が56.4%ともっとも多く、次に輸出向けが18.5%、そしてエタノール向けが11.7%となっている(RFA、Renewable
Fuels Association資料)。
日本はこの輸出向けの約4500〜4900万トン程度のうち1200万トンを輸入してきた。
しかし、米国ではエタノール向けが年々急増し、今年2月に米国農務省が公表した06/07年の穀物需給見通しでは、「旺盛なエタノール需要が輸出向けを抜く」としている。
同見通しでは、最近の原油価格の高騰で燃料、肥料などのコスト増の影響を受けやすいトウモロコシから、比較的影響の少ない大豆への作付け転換が進み、総生産量は前年比2.7%減の約2億7000万トン程度と見込んでいる。ただし、期首在庫が豊富なため総供給量は約3億3000万トンで、その仕向先としてエタノール用が約5400万トンと前年に比べて34%も増えると見通している。輸出向けは約5000万トンだから初めてそれを上回りそうだという。
エタノール用は04/05では約3400万トンだった。この2年間で1.5倍以上も伸びていることになる。
この結果、在庫は前年比28%減少し、需要に対する在庫割合を示す期末在庫率は22.2%から15%へと大きく減少すると予想している。
「穀物」、「エネルギー」両睨み
米国の国家戦略
◆トウモロコシ需給タイトに
ブッシュ大統領は1月の演説で石油依存から脱却し再生可能なエネルギーへの転換方針を示したが、米国ではすでに昨年8月、エネルギー法が施行されている。その法律では2012年までに再生可能エネルギーを75億ガロン(約2839万キロリットル)まで生産する目標を掲げた。06年の生産量は約40億ガロン、日本のように再生可能エネルギーをほとんど生産利用していない国からすると、その目標は達成できるのかと思う向きも多いかもしれないが、むしろ米国内のあるリサーチ会社はその目標を大幅に上回る予想を立てているほどなのである。
グラフはそのリサーチ会社のデータをもとに作成した今後の見通しだが、米国でのエタノール生産の激増を予想する。政府は2012年75億ガロンを目標にしているが、同社の予想では110億ガロンとなっている。
米国のエタノール生産はブラジルなどのサトウキビ利用と異なりほとんどトウモロコシが原料。同社の予測はエタノール生産の急増をトウモロコシがほとんどまかなうという見込みになっている。
このグラフはまさにちょうど今年から急増する局面にあることを示している。この傾向をどう読むかが問題だが、この傾向が続けば飼料用トウモロコシの需給は中長期的にはタイトになることも予想される。
もっとも同リサーチ会社はトウモロコシの生産性も向上するとみている。今後、10年間の予想で作付け面積は最大でも1.03倍とほとんど増加しないが、単収が1.2倍以上に増加することで、たとえば2014/15の生産量は3億トン以上を確保できる予想をしている。過去の例を考えると毎年、かなりの豊作でなければ難しいのではないかとの見方もあるが、生産性向上のためGM品種の普及も急ピッチだ。
◆急ピッチで進む製造工場建設
米国のトウモロコシ生産性の予想は難しいにしても、もうひとつ確実に飼料需給に影響を与えそうな動きが注目される。
図は米国内でのエタノール工場の分布図だ。エタノール生産を促進する団体が毎年作成しているレポートに掲載されている。現在、建設中も含めて130以上あるとみられる。
工場の立地をみると米国中西部のいわゆるコーンベルト地帯に集中している。米国ではエタノール生産の加速にともなって、工場周辺のトウモロコシ価格が1ブッシェルあたり(約25kg)、5〜10セント上昇しているといわれ、農家の年間収入も毎年2.3%上昇するという(全米トウモロコシ協会など、農水省海外トピックスより)。
また、農家によっては工場に出資しているところも多く、そうなると当然、利益を求めエタノール生産用としての出荷が増えることも考えられる。
輸入用のトウモロコシはコーンベルト地帯から、おもにミシシッピ川を下るルートと西海岸に輸送されて海外へと輸出されるルートがあるが、エタノール生産が加速するにつれトウモロコシが産地、農家からこれまでの輸出ルートに流れずに、工場へと流れる量が増えるともみられる。つまり、エタノール工場の建設によって、産地と需要地の構造変化が起きてくることも考えられるのではないか。
◆中国でも急増するエタノール製造
家畜飼料の9割を米国に依存しているわが国にとってこうした動向に注目するとともに、まずは輸入先を分散することも考える必要があるのかもしれない。しかし、世界のトウモロコシの輸出量は米国が70%近くを占め圧倒的に多い。2位のアルゼンチンは13%、そして中国は現在、3%程度にすぎない。
とくに中国は国内の需要量が右肩上がりで伸びて、2000年以降需要量が生産量を上回り、輸出量は毎年減少している。また、中国のエタノール生産量は米国、ブラジルの約42億ガロンについで、第3位の10億ガロンとなっている。同国もまたエタノール生産を伸ばしているのである。
かりに米国と同じようなエネルギー政策をとり、さらに飼料穀物需要の増大に応える動きが加速すれば、大豆ですでに大輸入国となったのと同じようにトウモロコシでも似た事態になることも。そうなると米国、アルゼンチンといった輸出国、日本のような輸入国という今の構図に加えて、中国も新輸入国として登場することも考えられるのではないか。貿易構造そのものが変化する可能性もあると考えておく必要があるかもしれないのだ。
◆どうする? 日本の食料、エネルギー戦略
エタノール生産が増えれば米国内での飼料向けも不足するのではないかと考えられるが、エタノール生産の副生産物のDDGが飼料として利用されている。これはいわゆる搾りかす。各工場によって水分含量や、タンパク含量が違うため品質基準が難しいとされるが、今後の利用促進が課題となっているという。DDGの生産増が、今後、飼料穀物のマーケットに影響が与えるかどうかも含めて注目される。もっとも日本では今のところDDGを家畜飼料としては使用していない。
いずれにしてもこうした世界の穀物動向は、輸入に依存する日本の畜産生産に大きく影響を与えることもあり得る。
自給飼料の利用をどう増進するかが課題となっているが、日本ではエネルギー政策も含めたダイナミックな政策についての議論はほとんど聞かれないのではないか。
一方、GMやフォードがエタノール対応車の増産をめざすのもハイブリッド車で先行した日本の自動車メーカーに対抗するためとも言われている。エタノール・スタンドの建設も石油メジャーと組んで進めているという。まさに穀物戦略とエネルギー戦略の両方をにらんだ米国の「国家戦略」である。その国家戦略は、わが国の飼料穀物、そして食料を保証はしてくれない。
日本も食料生産だけでなく、再生産可能なエネルギー利用もにらんだ大胆な戦略を農業から打ち出さなくていいのだろうか。
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