4月7日に小沢一郎氏が新たに党首となった民主党は、3月に農政改革に関する基本法案を党として決定し、今国会に上程、政府・与党が提出している品目横断的直接支払い制度などに関する法案とともに国会で審議されている。
民主党の農政改革法案は、食料自給率50%を目標に掲げ、全販売農家を直接支払いの対象とするなどが骨子。同法案のもとになっているのが、2004年に公表した同党の「農林漁業再生プラン」だ。今回は同党の農業政策の評価と課題を、提出された法案や再生プランなどをふまえて藤谷築次京大名誉教授に寄稿してもらった。藤谷氏は、民主党の問題提起は農業問題への国民的な関心を喚起する契機となると期待できるとするが、一方で本格的な農政論議のためには、日本農業のあるべき姿をビジョンとして大きく描く責任野党としての役割がなお問われていると指摘する。 |
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ふじたに・ちくじ
昭和9年愛媛県生まれ。
京都大学大学院農学研究科博士課程修了。
京都府立大学農学部教授を経て京都大学農学部教授、同大学院農学研究科教授、京都大学名誉教授。
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◆農林漁業「再生プラン」への期待と懸念
野党第1党の民主党は、政権交替を指呼の間に見据え、党体制の整備と政策立案力の強化に全力を傾けていると思われ、国民の期待も徐々に高まってきているこの頃である。
とりわけ小沢党首の登場は、氏が純然たる農業・農村地域を選挙区(岩手4区)とするだけに、農業者の生の声を一身に体しているはずで、民主党の今後の農業政策への取り組みに大いに注目してゆきたいと考える。
それにしても、前回の、すなわち民主党が大敗した総選挙において、“郵政民営化の是非”のみが突出した争点となり、“国のかたち”の重要な柱の1つとなるべき農業・農政問題は、ほとんど歯牙にもかけられなかったことに、私は唖然としたが、その重要な責任の一端は、民主党にもあった、と言わざるを得ない。
それだけに、「民主党農林漁業再生プラン」(2004年5月26日発表)を踏まえて立案され、去る3月16日に発表された「農政等の改革に関する基本法案」は、大いに注目されてよい。本紙編集部から提供された関係資料は、同党「農林漁業再生運動本部」がとりまとめた「日本の農業に希望が見えた」と題する「再生プラン」のリーフレット(資料A)、「食料の国内生産及び安全性の確保等のための農政等の改革に関する基本法案骨子」(資料B、今回発表)、同「基本法案」(資料C、同)並びに「直接支払い試算(案)」(資料D、同)の4点であるが、これらを手懸かりに、農業面を中心に、法案化にまでこぎつけた「再生プラン」の当否を検討してみたい。
◆実現に向けた戦略課題の体系化が必要
この「再生プラン」は、すぐ後に述べるように、様々な疑問点を内包しているが、このプランを民主党が策定し法案として公表した意義はきわめて大きい、と私は考える。1つは、野党第1党の民主党が農業政策への本格的取り組み姿勢を、政界はもとより国民全体に明確に示したことであり、2つは、そのことが各党の農業政策への取り組み姿勢と意欲に好影響を与えるだろうと判断されること、3つは、特に政府・与党と民主党との国会等の場での本格的な農政論議の出発点となり、農業・農政問題への国民の関心を喚起することにつながってくれるであろう、と期待されるからである。
しかし、疑問点も少なくない。基本的疑問は、前記した資料A〜Dだけでは、「再生プラン」の的確な理解は困難であり、早急に、日本農業のあるべき姿、あるべき姿の実現を可能にする農政の戦略的課題の体系的整理を行った“農業・農政ビジョン”の検討・確立に取り組んでいただきたい。政治力は何よりも政治家の発する言葉の説得力であり、強く求められるのは、そのしっかりした裏付けである。
以下、具体的に疑問点を提起しておきたい。第1は、10年後に50%という意欲的な目標値を設定した「食料自給率」をめぐってである。その1つは、「基本法案」(資料C)の法律の目的を定めた第1条に、「将来における世界的な食料の供給の不足が予想される中で」とあるが、その根拠は何か、また日本に関してはどうなのか、という点である。周知のように、前者に関しては、楽観論と悲観論とが厳然と併存しているし、後者に関しては、世界の楽観論の下で日本の悲観論はあり得ないであろう。また、世界の悲観論の下でも(もちろんその程度にもよるが)日本の食料輸入力を考慮すれば、日本の楽観論は成り立つのである。食料自給率ないし食料生産力の維持・強化を、世界的な食料危機論のみに依拠して意味づけることができるかどうかである。もっと多面的な意味づけを行う必要があるのではないか。
◆直接支払いだけで自給率向上は可能か?
もう1つは、自給率目標の達成手段をめぐってである。この点が明確で説得的でなければ、目標値の若干の大小に大した意味があるわけではない。民主党は、現行のWTOの、食料輸出国の論理を優先させた不平等貿易体制の是正に立ち向かうのか否かを明確にすべきである。国境保護措置の、より機動的、弾力的運用の権利の確保なくして、自給率目標の実現は不可能だからである。この「再生プラン」では、ほとんど唯一の目標達成手段となっている農業者への直接支払い方式については、その総額を「1年度当たりおおむね1兆円」と明示しているし(「基本法案」第9条第2項)、試算も行われているが(資料D)、輸入量の増大等による市場価格の低下への対応策は不明である。また、国の、対象者を絞り込んだ直接支払い方式が、日本農業の構造改革=国際競争力の強化を狙っているというのも、私は眉唾物だと見ているが、民主党のそれが、しかも“総額1兆円”が、自給率目標達成のための主要農産物の生産数量目標実現の決め手だというのも、詰めが甘いと思われる。
◆農地制度の規制緩和策は妥当か
第2の疑問点は、法案の中でも「農業への参入要件の緩和等」として取り扱われている事項をめぐってである。総じて規制緩和の方向が打ち出されているが、妥当な方向づけがなされているかどうかである。入手できた資料の簡単な文言だけでは理解できにくい点が多いが、幾つかの疑問を提起しておこう。その1つは、「農用地区域以外の区域であって農業の振興を図る必要があると認められる区域において、耕作の継続を条件として、農業生産法人以外の法人に農地の貸付をすることができるようにする」とあるが(資料B、基本法案第12条)、「農用地区域以外の区域」とはどこなのか。いわゆる“農振白地”なら、転用は自由なのだから、生産対策というよりは農村活性化対策を意図している、ということにならないか。また、農用地区域以外の区域における農地等に係る権利取得の「下限面積要件の除外」措置(基本法案第14条)についても同様で、資料Aの「農山漁村の活性化についての政策はなんですか」の回答内容と連動していると受け止めざるを得ない。「耕作の継続を条件として」と言うのなら、“公的機関”を介在させるといった措置を同時に提案すべきであろう。
もう1つ、「農業生産法人の要件について、その緩和のために必要な施策を講ずる」(基本法案第13条)については、その具体的内容が、入手できた関係資料には全く説明がないので論評の仕様がないが、それが非農業者の持ち株比率の現行制度の限度50%未満(認定農業者である農業生産法人の出資の場合)を引き上げること、すなわち非農業者的法人化を進めることを意味するのであれば、そのことが何故「農業生産力の増進を図る」(同条)ことになるのか、を明確に説明する必要がある。“一般企業の自由な農業参入なくして日本農業の合理化・効率化はあり得ない”というのは財界サイドの言い分になっているようだが、それは理論的にも実証的にも証明されていない“単なる仮説”に過ぎないことに注意したいものだ。
食料自給率の向上にも、食料の安全確保にも(BSE問題)重要な関係をもつ飼料政策が明示的には取り扱われていないことも疑問点として追加しておこう。
◆現場を正確に認識し、責任野党としての役割発揮を
以上に見てきたように、今回法案化されて発表された民主党の「農業再生プラン」は、政府・自民党の農政路線との違いを際立たせ、アピール力を高める工夫が随所になされている。とりわけ、食料自給率目標50%や直接支払い額1兆円は、具体的で目を惹くし、自給率目標を法律で明示することや政府・自民党と一味違った直接支払い方式(対象者の絞り込みをしない、その目的を自給率の維持・向上に置く等)を提示するなど注目される点が幾つもある。
しかし、総じて言えば、先述しておいた本格的な「農業・農政ビジョン」構築抜きの部分農政論であることが、政策論としての説得力を弱める結果になっていると思われる。さらに言えば、残念ながら政府・自民党の農政路線と大同小異ではないか、という印象は拭い去れない。それどころか、農地関係法令の改悪を先取りしているのではないかと危惧される面もないわけではない。
農業者はもとより、一般国民・消費者も、現行の政府・自民党の農業路線に、様々な難しい国内的、国際的事情に思いを致したとしても、満足している者はきわめて少ないだろうし、納得している者も少ない、と私は判断している。
現行農政を少しでもよい方向に変革してゆく上で、野党第1党であり、政権交替を展望できる立場に立ちつつある民主党の果たす役割は大きいはずである。そのためには、消費者の思いを正しく受け止めることはもとより、特に力を入れていただきたいのは、農業の現場の正しい認識であり、農業者の悩みと農政への真の期待の的確な把握である。この点での政治家の役割は大きい。また、関係学会の専門家の見解はきわめて多様であり、政党としてもそれらの多様な見解から学び取る努力を惜しまないでいただきたい。 |