農地利用のミスマッチを生む
現場実態の分析こそ不可欠

◆説得力が乏しい農政課題の「急務」とする論拠

梶井功名誉教授

　日本経済調査協議会の農政提言は、2004年1月に発表された「農政の抜本的改革：基本指針と具体像」のときから、“農地制度の改革”を主張の中心に据えている。この04年提言の“フォローアップをその役割”としたとされる今次��木委員会提言も、当然ながら“新たな農地関連法制の準備が急務”だとし、“所有と利用の分離”“一定期間〔20年〕以上の長期賃貸借契約”“中途解約の場合の利用者の保全ルール”“他産業、異分野の参入促進”“農地優遇税制の改革”などを提案している。
　が、この日経調提言には、なぜ“農地制度の改革”が他の如何なる農政課題にもまして“急務”になるのかについての説明は、04年提言のときもそうだったが、今回の提言でも説明は一切ない。
　04年提言が発表されたとき、私は04年1月20日付と1月30日付の本紙で提言を論評する機会を与えられたが、その際、この点について次のように指摘しておいた。

◆規模拡大意欲奪う価格低迷

　『……農地の利用をめぐって大きなミスマッチが生じている。このミスマッチに対して“抜本的な手だてを講じる必要がある”が、その“ポイントは農地制度の改革である”と報告は断言している。そうだろうか。
　ミスマッチが生じていることは事実である。問題は何故生じたのかの究明であり、なぜ是正できなかったのかの解明である。が、報告は究明も解明もせずに、“農地制度とこれに関連する諸制度の全面的な見直し”を主張しているのである。説得性に欠けるといわなければならない。（中略）
　“望ましい農業構造の実現はきわめてきびしい”とした02年農業白書が、規模拡大がすすまない理由として、94年当時は“農地の出し手がいない”ことをあげる者が多かったのに、02年になるとそれを理由とする者は急減し、かわって“米価の低迷”“転作面積の増加”“農業の先行不透明”を理由とする者が激増していることを示すデータを掲げた上で、“農産物価格の低迷や生産調整の強化等から規模拡大意欲が激減していることがうかがえる”としたことなど、全く無視しているのはどういうことか。……“農産物価格の低迷”が“農地を十分に集積”する意欲を失わせているのであって、農地制度が“集積”を阻んでいるのではないことは先刻御承知の上で、だから論拠なしに“ポイントは農地制度の改革である”と断定したのではないか。そんなことでは困るのである』
　一般株式会社の農業参入容認、特定利用権発動の容易化などの重要な農地制度改正が行われた（05年06月）にもかかわらず、不充分として出された今回の提言であるだけに、ことさらに説明の義務があったはずである。先の提言のときに言ったことと同じことを、今回も言っておかなければならない。元農水次官の名を記した委員会であれば、ことさらにその義務ありと思うからである。

◆農地の長期安定利用は70年農地法改正ですでに整備

　提言は、“現行農地関連法制の前提となっている理念（考え方）が対応力を失っているということ”が問題だという。そして、“説明”によれば、“現行の農地制度は第二次大戦後の農地改革の成果を引き継ぐものとして、1952年に制定された農地法を基礎としている。……農地法は解放された農地の売買規制や残存小作地における小作権の保護・地代統制などを内容とし、農地の権利を農家に限定していた。農地の権利移動を農家間にしか認めず、また規模拡大は所有権移動を基本とする理念は「農地はその耕作者みずからが所有することを最も適当であると認め」とする農地法第一条に表されている”という。
　今回の提言が中間報告として発表された時点で、本紙「検証」のページで私はこの問題を取り上げ、52年に制定された“自作農主義農地法は賃貸借拡大を意図した70年改正で耕作者主義農地法に変わった”ことを指摘、“52年制定法のままで今日まで農地法が続いていないことは��木委員長はむろんのこととして委員の多くも先刻御承知のことだろうが、改正があったことは知っていても、基本的な理念の転換があったことを見ていないのでは話にならない”と書いておいた（05年6月30日付本紙）。
　不幸にして拙文は��木委員会の委員諸公の目には留まらなかったのであろう。そのとき、今回改めて“所有と利用の共存共栄”と題して提案されている改正内容――“経営の安定を担保するため長期安定利用の仕組み…を設ける”――はすでに70年改正ですんでおり、定期賃貸借も農地保有合理化事業のなかですでに取り組まれていること、20年以上の長期賃貸借を可能にするためには、民法604条をクリアする必要があり、それには、建物があることを理由として50年以上の借地権が認められている借地借家法のような特別の理由が農地利用にもあることをいわなければならないこと、農地に投資が合体してしまう土地改良投資の回収保証については有益費で処理する仕組みがあることを指摘しておいた。
　農地法制に目を通した人なら、たいてい知っている、いや知っていなければならないことばかりである。それを民法規定などにはふれもせずに、あたかも新しい提案であるかのように言っているのである。不勉強な提言と言ったら言い過ぎになるだろうか。
　なお、前回も指摘しておいたことだが、“70年改正で農地法自体が、賃貸借抑止法から賃貸借容認法に変わったのであり、利用増進事業やそれを引き継いだ農業経営基盤強化促進法は、賃貸借をよりやり易くしたのであって、これらによって“例外的措置”として賃貸借ができるようになったのではない”。今回の提言の表現では、農地賃貸借は“農地法適用除外を可能にする別の法律によっていわばバイパス的に処理されてきた”となっているが、著しく誤解を与える――それが狙いかもしれないが――表現としなければならない。せめて、農地制度確立に多年腐心された故東畑四郎氏の次の一文くらいはかみしめた上で農地制度のあり方を考えてもらいたいと思う。利用増進事業を何故構想したかについての発言である。

◆農民の知恵が進めた利用増進事業

　『農業経営をする場合、耕作権の安定をはかることは世界共通の農地制度の哲学である。日本での耕作権の安定は、地主勢力が強かったため所有権の取得以外になかった。しかし、しだいにその条件が変わり、賃借権でも耕作権が安定することになった。ところが賃借権があまりに強化されたため、所有者はうかうか賃借できなくなった。賃借権を強化することが、同時に所有者に賃貸をあきらめさせることになる、という矛盾を生んでいるのである。……賃借権を一時賃借とし、民法上のゆるい賃借権とするような農地法の改正が、よく説明され定着化すれば、地主も安心して土地を貸すようになるかもしれない。しかし農民が、そんな不安定な賃借権で、はたして農業投資をして農業をやる気になるかは疑問である。この論議は不毛の議論でしかない。不毛の議論を繰り返すだけで、農地流動化については進退きわまっているのが現状の姿である。ところが実態は請負いなどの様々な形のものが、様々な地域で、また様々な農民の知恵によって農民間で行われている。……これらを農地制度の改革でどうとらえるかについては、従来の発想法を変えなければならないであろう（「東畑四郎―人と業績」214ページ、73年9月の発言）』

◆財界からの制度改革要求は農業改革につながるか

　“農民の知恵”から出た“請負いなど様々な形の”実践に学んで“発想法を変え”て出てきたのが利用増進事業だった。農地改革自体が地主制下での農民の切実な要求だった。というように、従来、農地制度改革は、耕作権を安定させることで農業生産力を発展させたいという、現実に耕作している農業者の要求に応える改革として行われてきた。が、今日の日経調提言に見るように、このところ農地制度改革要求はもっぱら財界から出されている。
　その狙いは本当に日本農業を発展させることにあるのだろうか。利用権のみならず農地の所有権の取得を株式会社にも認めよという主張を見るとき、私にはとてもそうとは思えない。不動産ブームの主役が誰だったか、そしてあれだけの地価高騰があっても、国土利用計画法の第四章（土地に関する権利の移転等の許可）は発動されたことがないことを考えれば、土地取得の自由拡大にこそ財界の狙いがあるように思えてならない。提言も“農地利用の厳格化”を一応は言っているが、前回紹介しておいたような、“農業委員会が現場の視察をしようにもバリケードを張り巡らせて中をのぞけないばかりか、視察への理解を求めても「ヤクザのような態度で断られた」”ということにならない保証はないとしなければならないだろう。

◆外国人農業労働者受け入れを「むら」は受け入れるか

　企業の農地所有権取得容認提言とならんで気になるのは、“外国人農業労働者の受入れの検討”を、“外国人農業労働者の受入れは日本農業のコストダウンに貢献するだけでなく、彼らの母国の貧困削減につながる”として重視していることである。まともに農地を利用する企業であっても、それがもっぱら低賃金外国人労働者を雇用しての経営だというとき、“むら”の人たちはそういうかたちでの日本の農業生産構造の変革を是認するだろうか。
　私には賛成できないことばかりの提言だが、1つだけ、今回の日経調提言に賛成できるところ――但し趣旨は違うが――がある。農地優遇税制の見直しのなかの相続税納税猶予制度の改正である。現行では自作地についてしか認められないが、農地としての利用が続いているかぎりは、当然貸付地についても認められるべきである。借地権の安定化のためにも、是非ともこの点は改正されるべきだ。