JA全農は、生産者・JAそして消費者の信頼を回復するために昨年7月に「新生全農を創る改革実行策」を策定。9月には、「生産者と消費者を安心で結ぶ懸け橋になる」という「経営理念」を制定し、役職員が一丸となって全農改革に取り組む決意を示した。そして「改革実行策」を基本に、協同組合の基本理念と経営理念をもとに策定された、全農の事業体制・運営を再構築する「新生プラン」を今年3月の総代会で決定した。
18年度はそのスタートの年となるが、「新生プラン」の基本的な考え方とめざすものを加藤一郎専務にお話いただいた。聞き手は梶井功東京農工大学名誉教授。 |
誰のため、何のための組織かを明確にする
◆組織を守るためではなく、農業の未来にどう貢献できるか
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加藤一郎 JA全農代表理事専務 |
――全農の「新生プラン」が3月の総代会で決定されましたが、これを策定した基本的な考え方はどういうことだったのでしょうか。
加藤 一つの視点として、最近、非常に印象に残った文書があります。福岡県のあたか農園の安高吉明さんが書かれたもので「JA存続の危機論をよく耳にする。…農家からみると組織中心の動きに見えて仕方がない。…専業農家にとってJAの存続が絶対条件ではない」「“組織をどう守るか”からの発想ではなく、この国の農業とこの国自体の望ましい未来にJAという組織がこういう貢献ができるという存在意義を明快に主張できなければ、農家の支持も国民の支持も得られない」(『JA経営実務』06年6月号)。JAを全農と読み替えても同じだと思います。これは極めて重い指摘だと思いました。
――昨年12月にある集まりで加藤専務も、安高さんと同じような主旨の発言をされていましたね。大変な覚悟で改革に取り組んでいるのだと思いました。
加藤 安高さんは最後に、農協組合長、連合会の役員を含めて「日本農業衰退の責任、あなたは取れますか?」と結んでいます。「新生プラン」や全農の事業改革を進めるうえで、これは組織だけの問題ではなく、農業そして国のあり方に関わっている問題だと考えなければいけないということです。
―― その通りですね。
◆変化にどう対応するかが問われる時代に
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梶井功 東京農工大学名誉教授 |
加藤 もう一つの視点は、ダーウィンの『種の起源』です。ダーウィンはもっとも強いもの、もっとも賢いものが生き残るのではない、もっとも変化に敏感なものが生き残れるのだ、といっています。
これをビジネスの世界で考えると、できれば現状を変えたくない、そのままでいたいという気持ちは、誰にとっても強いものです。しかし「変化の時代」には、保守性そのものがマイナスに作用するのではないかと思います。いまの時代は、変化にどう対応していくのかが問われていると思います。
全農の改革をどう進めるかというときに、変化するものと、変化しないものを明確にする必要があると思います。だから単に時代に対応するだけではなく、不変なものは不動のものとしてとらえなければいけないと思います。 ◆組合員中心主義という理念の共有化は不変な課題
――全農にとって変わらないものとは、なんですか。
加藤 それは、組合員のために最大奉仕するという農協法の目的や、ICA95年大会決議の組合員中心主義という理念の共有化をシッカリやっていくことです。ICAの基本的な考え方である組合員の満足・理解、運動者への成長、個人の能力の発揮、それにもとづく組織の力を戦術的にも戦略的にも最大限に発揮していくという原点にもう一度返ることです。
それが「新生プラン」の土台だと思います。「生産者と消費者を安心で結ぶ懸け橋になります」を経営理念として「生産者・組合員の手取り最大化」「消費者への安全・新鮮な国産農畜産物の提供」「担い手への対応強化」「生産者・組合員に信頼される価格の確立」「JA経済事業収支確立への支援」を5つの使命として果たすことは不変です。
◆時代の変化を楽しむ余裕も必要ではないか
――変化するものは…。
加藤 大きく言えば規制緩和の流れであり、国際化とかWTOの動き、そして農政の改革です。とくに価格支持政策から経営安定対策に移行していく「担い手問題」は、変化するもののなかでも極めて大きな変化としてとらえなければいけないと思いますね。また、早い時期に小さな変化に気がつけば大きな変化にうまく対応できる。そうした変化に対応して取り組まざるをえないわけです。
――批判もありますね。
加藤 農水省主導の改革ではないかとの批判もあります。しかしいままでも中期事業構想のなかで討議してきた内容とぶれてはいません。農水省にいわれたことが確かに契機にはなっていますが、組織討議して、時代環境の変化に対応して、われわれも変わっていくということを自らの言葉で書き、それをどう実行していくかを提起したのが「新生プラン」です。このことはシッカリとらえなければいけないし、それが「新生プラン」の思想性の一つだと私は思っています。
――変化する時代に協同組合としてどう対応するのか、ですね。
加藤 「継続は力なり」といいますが、いまの時代は「継続とは創造力に欠ける者たちの最後の手段ではないか」というとらえ方も重要と思います。数年前にベストセラーになった『チーズはどこに消えた?』(扶桑社)という本の中に印象深い言葉がありました。「事態を分析するのをやめよう。見切りをつけて動き出そう」そして「変化を楽しもう」という言葉です。
いまの変化は、農業分野にとって厳しいものですが、基本的に不変なものと変化するものがあり、そのなかで変化を楽しんでいこうという余裕が必要だと思います。
全農は誰のためのものか、何のための存在であるかを明確にするとともに、職員全体が事業目的や意義を明確化して共有化し、時代の変化に俊敏に対応する。その気概と余裕がもてればと思います。残念ながら「新生プラン」のなかに日本農業の未来ビジョンを描き得ませんでした。ここが今後の課題だと考えます。
総合農協は世界に誇れる優れたビジネスモデル
◆所得政策で劇的に変化した欧米の農協組織
――戦後農政の柱だった価格支持政策から担い手を中心とする経営安定対策つまり所得政策へ農政が転換したことに対応して、JAグループや全農がどう変わっていくのか。変わっていこうとしているのかですね。
加藤 米国では、農協の連合会は株式会社化されましたが、サンキスト以外は競争に敗れて潰れました。欧州でもCAP政策で劇的に農協が変わりました。価格が下落して手数料主義の農協の収益が減少して赤字経営となり、農協の再編・統合、連合会の株式会社化、あるいは連合会の大型農家への直接対応などが行われる時代になっています。
――米国や欧州の場合、多くは販売組合であり、信用組合だからそういう形になりやすい面がありますね。日本のように販売、購買、営農そして信用・共済と、組合員の全生活にわたる分野をカバーした協同組合は、先進国のなかでは特異な存在ですね。特異だけれども農民経済を前提にして考えれば一番いい組織です。
加藤 日経調の木委員会の報告書で「日本農業はアジアモンスーン型のビジネスモデルになるべきだ」といっていますが、日本の農協がアジアモンスーン型のビジネスモデルであって、これが崩壊したらアジア諸国の目標が失われてしまいます。木委員会の構想と異なるかもしれませんが、日本の総合農協は世界に誇れる成功事例だと、自信をもっていいと思いますね。
――正にアジアモンスーン地帯の農民経済が支配的な分野での、協同組合の最良のビジネスモデルだと胸を張って堂々と主張した方がいいですね。
加藤 価格支持政策から所得政策になると、手数料主義である協同組合は経営的に厳しくなり、再編統合や経営革新がおこなわれます。そうしたなかで、われわれ自身が依拠する農家や担い手の動向に対して、JAグループとしてどう対応していくのか。その第一歩が「新生プラン」ということです。
販売事業を基軸とする統合連合へ
◆経営構造を変える ――生産資材のコスト低減は大きな柱ですね。
加藤 昔から「全農の生産資材は高い。小さな生産資材店になんで負けるのか」といわれます。これについては経営構造、組織運営コストも含めて情報開示することが極めて重要だと考えています。
全農は、WTO交渉などの農政運動や営農指導のためにコストを負担しています。生産資材店はそうしたコストを負担していません。そのコストをどの部門が負担できるのかというと、残念ながら石油と肥料農薬の2部門しかありません。今後も購買努力をし、生産資材価格は下げる努力を続けるとともに、経営構造も変えていかなければいけない。そこのところが「新生プラン」でも問われているところです。
◆食料産業のなかでの農業の位置づけを明確に
――農水省は食料供給コスト縮減委員会を設置し、食料の供給コストを5年間で2割縮減させる。そのための第一の柱として全農改革をあげていますね。
加藤 食料消費は80兆円です。そのなかで、加工・外食で60兆円強で、生鮮は15兆円にすぎません。全農改革により、物流コスト縮減、生産資材価格の引き下げに取り組んでいきますが、それは食料供給コスト縮減の一部分と考えます。
――食料供給コストを下げる最大の問題点は、流通や加工過程です。その分野は経産省の管轄で農水省はタッチできないので、管轄する全農改革をいうんでしょうが、食料産業はどういう構造になっていて、そのなかで農業はどういう位置づけになっているのかを考えなければいけない。しかし、農業側が加工は「俺たちの問題ではない」と軽視してきたのは問題ですね。
加藤 そうですね。「新生プラン」は加工も含めて販売を基軸とする統合連合をつくっていくことにしています。購買事業連合であってはなりません。農家が生産したものを売る機能を強化していくことが最大のポイントだと考えています。
「懸け橋機能」と「愚直さ」で信頼を回復
◆まず実行し修正を加える時代に
――統合全農として、県本部との役割分担と管理の一元性をどう実現していくかも、大きな課題ですね。
加藤 県本部と全国本部には重複した機能がありますから、これを排除していかないと事業2段は成り立ちません。現在、経営の一元化とそのなかで地域の主体性をどう担保するのか。縦で強化するところと横の地域を重視した農業振興とをどう組み合わせるかということで議論をしています。それを踏まえて、7月の総代会では、決算報告と同時に新しい事業体制の承認を求めることにしています。
――米で県本部と全国本部が一緒になって販売するということを聞いて、これが本物になれば違ってくるなと思いましたね。
加藤 ご意見はいろいろありますが、これからの時代はあまり分析とか議論に埋没せず、とにかくやってみる。それでダメだったら修正を加えるという俊敏性が問われる時代に入ってきたと思います。そのときに依拠するものが、「生産者と消費者の懸け橋」であり、「泥臭さ」「愚直さ」という価値観で行動することが信頼の回復になると考えています。
◆協同組合思想の教育の徹底を
――「懸け橋機能」をもっている仕事だという自覚、組合員と消費者に奉仕するのが仕事なんだという自覚を職員みんなが持てば、コンプライアンスなんて改めていうことはないんですよ。ロッヂデールの時代から協同組合の特徴は正直さ、ゴマカシがないことです。そういう教育が徹底し、職員一人ひとりが自覚していれば、あんな事件は起きなかったと思いますね。欠けているのは、組合員教育というか職員教育で、その点が一番問題ですね。
加藤 経営が厳しくなると教育研修費が削減されがちです。そこを強化しないといけませんね。
――お忙しいなか貴重なお話をありがとうございました。
インタビューを終えて
今回の全農改革案をつくるに当たっては、JA全組合長に意見を求め、400もの意見が寄せられたという。また、全農全職員からは5000近いさまざまな意見があがってきたという。発端は農水省の業務改善命令に応えるための改革案づくりだったが、系統組織、そして全職員が危機感を共有しての所産として新生全農づくり改革案はできたと評価していいだろう。その中心になって取りまとめに当たった専務の苦労は並たいていのものではなかったろうと推察する。
「生産者と消費者を安心で結ぶ懸け橋になります」という経営理念は素晴らしい。この理念に基づく全農経済事業がJAの経営を強化し、組合員農家の経営安定を支えるものとなるとき、日本のJAはまさしくアジアモンスーン型協同組合のビジネスモデルになる。問題はこの理念がどこまで全職員に徹底し、全農の全事業を貫くものとなるかである。今後に期待したい。(梶井) |
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