収量が増大する地域、減少する地域に2極化
◆データが示す温暖化の進行
農水省の検討会では、夏の平均気温がこの100年間で0.87℃上昇、なかでも最低気温が上がったために一日の温度差が少なくなり、とくに西日本でこの傾向が強いことが報告されている。
また、この30年間をみると北日本では猛暑と冷害が頻発していることも指摘された。最近では北海道では2年連続の豊作だが、九州は4年連続の不作。九州では台風の被害のほか、日照不足やウンカの大発生により作柄が低下するという問題も起きている。
これらの問題は温暖化だけが原因かどうかは分からないが、少なくとも気温の上昇は間違いなく起きている。図1は筑波大学生命環境科学研究科の林陽生教授がまとめた「水稲収量と気温偏差の変化」だが、年平均気温は(グラフの下の傾向線)右肩上がりに上昇しており、日本列島の気温上昇を裏づけている。
◆正の効果と負の効果
温暖化は人間が化石エネルギーを消費することによって大気中のCO2濃度を上昇させ、それがいわゆる温室効果ガスとして気温の上昇をもたらす。気温の上昇はCO2濃度が高まることが原因だ。
では、農業生産にとって温暖化はどういう影響をもたらすのか。
林教授によれば、CO2が増えれば植物の光合成が進み生育が促進したり、気温の上昇で短期間で成長させることができるなどの「正の効果」もあるという。
しかし、最近、米産地で問題となっているように異常な高温になれば高温による生育障害も出るし、夜間の気温が上がることによって稲の呼吸が増え余計なエネルギーを使うから、生育が抑えられてしまうという「負の効果」もある。害虫の増加などの影響も考えなければならない。温暖化が農産物に与える影響と一言でいっても複雑な要因が絡む。
◆田植え時期早まる北日本
|
複雑な要因があるものの、国際機関などの一定の予測データをもとに2060年代の日本列島の気温上昇とそれにともなう農業への影響が予測されている。
なかでも分かりやすい結果となったのが、果樹研究所が解析したリンゴとみかんの栽培適地が、気温上昇にともなって北へ移動するというデータだ。
リンゴ栽培に適した地域(年平均気温6℃〜14℃)が徐々に北上して2060年代には、東北地方の南部から中部までの平野部は適温地域ではなくなってしまうという結果が示されている。また、温州みかんの栽培適地も今の四国、九州、和歌山などの西南暖地沿海部から、北に移動して南東北にまで行くという。一方で、現在の適地は高温地帯となることが予測されている。
では、稲作ではどんな研究成果が出ているのだろうか。
林教授らは、気温と日射量をもとに将来の稲作の変化を予測している。この予測では、温暖化で気温が上昇すれば田植時期を前倒しすることができることや、生育期間の短縮の可能性、また出穂後の高温は収量が低下することなどを考慮した。
それによると2060年代には北海道・東北地域では田植え時期が今よりも早まり、潜在的な収量は増加することが予想された(図2)。一方、西日本では高収量を維持しようとするなら、田植え時期を遅らせることになるが、北日本にくらべれば減収になるという。温暖化が進めば北日本では増収となり逆に西日本では減収となってしまうという二極化の進行が想定されるという。
この予測の前提になっている条件は、実は現在の日本の米づくりの地域的な特徴を現している。それは出穂後40日の平均気温と収量との関係をみたデータである(図3)。
出穂後の平均気温は当然だが、北の方が低く、南のほうが高いという分布となる。これに収量を重ね合わせて考えると、実は現在、もっとも収量の高い出穂後40日間の平均気温は、21.9℃となるのだという。地域的にいえば、北陸、関東、東海あたりになる。
したがって、気温が上昇していけば、現在、平均気温が低く収量も低い地帯が、次第に今の最適な平均気温地帯に近づいていくと想定されるのである。さらに北日本では現在も生育に要する積算温度が低いこともあって、田植え時期や適地などの選択肢が増えるという要因もあるため、潜在的な収量が増えると予測された。
これを逆に考えれば、温暖化の進行にともなって、西日本などでは、最適な生育条件に合わせ現在と異なった品種を導入し収量を維持することも考えられる。しかし、ハイブリッド品種の導入などには食味などの要因も重要だから、これは難しい課題だろう。
|
予測が難しい台風の発生と農業被害
◆冷害も起きる温暖化時代
もっとも潜在的な収量が増える地域と予想されたとしても、安定した米づくりのためには課題は多い。そのひとつが「温暖化しても冷害は起きる」ということだ。
温暖化対策として耐暑性、耐乾性の品種を導入したとしても、「気候条件としては、たとえば東北部はやませの影響を受ける地域であることに変わりがない。逆にちょっとした低温でも現在の品種より多くの影響を受けることも考えられる。冷害リスクは高まるとみるべきではないか」と林教授は話す。
さらに過去のデータからもそれは想定しておいたほうがいいことが分かる。
図1では上に稲作の収量の変化が示されている。たとえば大冷害となった1993年をみると、収量は大きく落ち込み、同時に平均気温もかなり低かったことが分かる。他の年でも冷害があったときはほぼ気温と収量がともに下がっている。
しかし、93年と同じ気温を過去にさかのぼって調べてみると、20世紀のはじめごろでは、必ずしも不作という結果にはなっていないことが分かる。つまり、過去には同じ低温であっても不作ではなかったという例もある。この間に温暖化が進行したことを考えると、やはり温暖化時代であっても冷害は起きるということかもしれない。
そのほか、稲作に大きな影響を及ぼす台風についても気候変動の研究では、発生数が増えるなど、気象の変化が激しさを増すことも想定されている。ただし、台風発生の傾向については冷害よりも予想が難しく今後の大きな課題となっているという。
現場に役立つ研究成果が期待される。