地域の痛みにだれがどう応えるか?
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いわもと・のりあき
1946年兵庫県生まれ。東京大学農学部卒業後、鹿児島大学農学部を経て、本年3月まで東京大学大学院農学生命科学研究科教授。専門は土地制度史を中心とする近代日本農業史。主な著書に「戦後日本の「農地慣行」と「農地規範」」(西田美昭、アン・ワズ
オ編 『20世紀日本の農民と農村』東京大学出版会、2006年)、『秦野市史 通史5現代(2)』(秦野市、2005年)ほか。 |
第21回参議院選挙は、事前の予想をこえる自民党の惨敗に終わった。
自民党は改選議席64から37(選挙区23、比例区14)へと大幅に議席を減らした。一方、民主党は改選前の32議席から60議席(選挙区40、比例区20)へとほぼ倍増を果たし、参議院の第一党に躍進した。
この選挙結果には、1人区の勝敗が大きく影響した。1人区での自民党対野党の対決は、6対23と野党側の圧勝に終わった。自民党は四国で全敗し、東北でも1人区では一人も当選者を出せなかった。また、落選した自民党議員の中には、農林関係議員が数多く含まれていた。現職の農水副大臣(栃木)、前農水副大臣(熊本)、元農水副大臣(鳥取)、前農水政務次官(宮崎)など、農林水産分野の要職を占めた議員の多くが議席を失ったのである。
自民党は人口の多い複数区でも苦戦した。複数区での自民党の獲得議席は17にとどまり、民主党の23議席に大きく水をあけられた。大阪を除く3人区(埼玉・千葉・神奈川・愛知)では、民主党に2議席を許してしまったし、定員5人の東京選挙区でも、民主党2議席に対し、自民党はかろうじて1議席を確保するにとどまった。
ところで2年前の衆議院選挙では、郵政民営化を争点とした小泉首相のもとで自民党が圧勝した。ではこの2年間に、一体何が起こったのであろうか。また、2年前の自民党圧勝と今回の惨敗をどう結びつけて考えたらよいのだろうか。
◆小泉構造改革への反感あらわに
まずは、選挙の「顔」の違いである。近年の選挙では、党首のリーダーシップがますます重要になっている。2年前の衆院選では小泉人気が自民圧勝に大きく寄与した。しかし今回は、安倍首相の不人気が、自民党への逆風となった。年金記録の紛失、政治資金の使途不明、大臣の失言など、いずれの問題についても安倍首相のリーダーシップに疑問をいだかせる対応しか示せなかった。
今回自民党は、小泉構造改革のツケを支払う巡り合わせとなった。1人区での自民惨敗に明らかなように、小泉構造改革のもとで地域経済は疲弊の極みにある。安倍首相の「美しい国日本」構想は、地域経済破綻の痛みを身にしみて感じている人々には、反感を生み出す効果しかもたなかった。
都市部の有権者も投票行動を大きく変えた。自民党の複数区での不振は、都市有権者の投票先が民主党に大きくシフトした結果であった。年金記録問題は、将来の生活に対する不安を改めて呼び起こすものだった。イギリスのタイムズ紙は、今回の選挙結果を「中産階級の報復」という見出しで報道した。確かに国民の多くが、現在の生活水準を将来維持できないのではないかと不安に感じている。こうした「中産階級の報復」に加えて都市部では、労働市場の底辺から抜け出せない「ワーキング・プアー層の反撃」の影響も大きかった。現状あるいは将来の生活不安に説得的な回答を示し得ない安倍内閣が支持されなかったのは、当然のことであった。
◆ねじれ示す農政への政治的スタンス
農協陣営の選挙対応をみておこう。
農協の政治運動組織である全国農業者農政運動組織連盟(全国農政連)は、今回初めて比例区の候補者をJA内部から選出した(全中前専務の山田俊男氏)。これまでのような官僚OBでは、組合員の広範な支持を得られないと判断したからである。また、農政に対する不安・不満が噴き出していたことも、自前の候補者を担ぎ出す要因となった。この結果、現職の農水省OBと農林票を争うことになった。第一次産業を背景とする候補には、このほかに土地改良区と漁協を地盤とする候補者がそれぞれいた。いずれも自民党比例区の候補者として名簿登載されたが、山田氏が自民党比例区の第2位で当選した以外は3氏とも落選した。農林漁業部門の集票力が大きく低下したことを示している。
一方選挙区では、全国農政連は岩手・三重を除くすべての選挙区で推薦候補を決定したが、いずれも自民党(自民党推薦候補者一人を含む)であった。この推薦候補者45人中当選者は23人にとどまったが、農村部をかかえる1人区では、自民退潮のあおりを食って、27選挙区中推薦候補者で当選したのはわずかに6人であった。農協組織としては政権党である自民党候補者を推薦したものの、農政への不安・不満を持つ農家組合員は、必ずしもそれに従わなかったわけである。農協の指導部と組合員とで、政治的スタンスに「ねじれ」が見られたのである。
では、自民敗北をうけて農業政策はどう変わっていくであろうか。また農協陣営はどう対処すべきであろうか。
◆農業・地域再生政策の見直しの課題
2年前の衆院選挙に引き続き、今回の参院選でも自民党所属の農林関係議員の多くが落選した。一方民主党では、農水省OBの現職と新人の2名が当選した。また、有機農業振興に熱心に取り組んできたツルネン・マルテイ氏も再選を果たした。農業政策の立案ルートは確実に多元化したと言ってよい。従来のような、政権党の「族議員」・官僚・農業団体による不透明な政策形成の場を維持することは、一層難しくなったのである。
1人区における自民党惨敗には、自民党農政に対する不満が間違いなく関係している。日本農業新聞の読者モニター調査によれば、今回は自民党に投票しないと回答した自民党支持者が、選挙公示直前の時点においても少なくなかった(7月11日付日本農業新聞参照)。また、民主党がマニフェストに掲げた「戸別所得補償」に、農民は強い関心を示した。自民党の公約である「品目横断的経営安定対策」をはるかに上回る支持を得たのである。
こうした事態を受けて、農業・農村政策の見直しも始まった。
民主党は農家に好評であった公約の「戸別所得補償」関連法案を、秋の臨時国会に提出する方針を固めたと報道された。「戸別所得補償制度」とは、米や麦、大豆などの重点品目について、市場価格が生産コストを下回ればその差額を農家に直接支払う仕組みで、1兆円規模の予算が想定されている。
農林水産省も1人区での自民党敗北に衝撃を受けている。落選した議員からは、自民党農政の見直しを求める声も出てきている。「品目横断的経営安定対策」で農業の体質強化を図るという基本線は維持しつつ、制度についてのより丁寧な説明や、支給要件を必要に応じて柔軟化することなどが検討されるだろうという。また、都市と農村の格差を是正する何らかの方策が必要だとの見方も広がっている。
しかしながら、厳しい財政事情のもとで政策選択の幅は狭められている。また、公共事業による地方への資金散布に対しては、「官」に不信をもつ都市住民からの反発が予想される。この点に配慮を欠いた農業政策は、都市住民のフラストレーションを引き起こすであろう。農協陣営の今後の農政対応を考えるに際しても、今回の参院選結果が発するこうしたメッセージを、正確に読み取ることが必要だと思う。