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コラム


消費者の見えざる手


 「お客様は神様です」はまことに簡にして要を得た表現である。
 食品の安全と、ニセ表示の問題がいっせいに噴出して以降、消費者が表舞台に上がる機会が増えた。
 「消費者の信頼を裏切った」ことから事件が始まったので、消費者のニーズ、消費者の主張、消費者の選択は常に正しい・・・・云々である。
 この言葉は何処かで聴いたことがあると思ったら、経済評論家、学者、証券アナリストの人たちが「市場のことは市場に聴け」で、機関投資家が思惑で株を売ったり買ったりして株式市場が創る株価や為替市場の動きが、経済の指標として一番正しいという主張である。
 自由な競争の結果の選択が「神の見えざる手」によって最適の結果に導かれるという“法則”があるが、この場合は神様は必ずしも正義の味方ではないことが多い。
 農業を含めてどの産業でも商品を生産する立場から見ると、「消費者のニーズ」は絶対である。
 多くの商品のうち消費者が選択をしたものは神の手による結果であるとすれば、小売の店頭で売れる物と売れない物はどのように選別をされるか、そのプロセスを知っておく必要がある。
 判りやすい例として、コンビニエンス・ストアーの商品選択がある。
 POSによるデータの分析は売れる商品を見つけるのではなく、売れていない商品を見つけるのが狙いというのは今では常識となっているが、データを駆使して「死に筋商品」の排除をして売れる商品の選別を繰り返した結果が棚に並んでいる。
 どのくらいのデータで分析をしているのか、セブン・イレブンの例で見ると、加盟8600の店舗から上がってくる1日分の発注件数は450万件、それを受け取る取引先は全国で1000ヶ所以上、死に筋を排除して売れる物の品揃えの基となるPOSデータは2830万件という。
 セブン・イレブンでこれだけあるから、セブン・イレブンと似たり寄ったりのシステムであるコンビニ業界全体ではどれくらいかを推算してみると、全国のコンビニ店舗が約3万6800店、データ件数はセブン・イレブンが一店当たり329万件であるのでこれを300万件として3万6800店に掛けると1100億件となる。あまりにも多いので半分と見ても550億件となる。
 これだけのデータを毎日ひねくり回しているのであるから、まさにコンピューターの中の見えざる手である。
 コンビニでお握りを3個買った、牛乳を1本買ったというデータが集まると個々の購買行動の意志を超えた結果が生まれるのではないかと不安となる。
 幸いというか、生鮮の野菜・果実はコンビニで売られているウエイトが低いのでこのデータ結果に振り回されずに済んでいるが、農畜産物の加工品は毎日売れ具合の査定を受けメーカーは一喜一憂をしている。
 もっとも、スーパーマーケットもコンビニと同じようなシステムで運営をしているので、生鮮品も毎日一喜一憂させられるか、週間か月単位かの違いはあるが50歩百歩の関係である。
 ところで、外食産業もフランチャイズ・チェーン方式をとって拡大をしているところは外食のコンビニ的経営手法を指向している。
 牛丼の吉野家も、コンビニと業態の違いはあるが経営方針や手法は同じような発想である。
 「吉野家の経済学」(日経ビジネス文庫)は、東大の伊藤元重教授と安部社長の対談を本にしたもので、競争の激しい外食業界の中で一度倒産をし、再建をして国内では牛丼の他に京樽の買収による寿司やカレーチェーンから、台湾、香港、中国、アメリカでの牛丼と急速に大きくなるにはこのような経営が必要なのだと納得がいく。吉野家のモーレツぶりが浮き彫りとなっていて面白い。
 農水省の幹部の皆さんが研修に行った先であるが、軸足を消費者に移す、の実行として吉野家を選んだのは武部大臣の面目躍如といったところである。
 今の時点で幹部が研修に行くとすれば、BSEで困っている酪農家を選ぶのが常識と思うが少し違うようだ。
 さて、消費者の信頼という場合の消費者は誰かという問題がある。
 国の各種審議会やいろいろな催しでパネリストとして消費者団体を代表する人が出席されている。
 消費者の良識を代表されているとは思うが、これらの人が消費者全部の意見の代弁をしているとするには無理がある。
 商品の販売という立場から見ると、消費者・コンシューマーと顧客・カスタマーは必ずしも同じではない。一般には区別をせず使っているので問題をややこしくしている。
 さらに、コンビニの例に見られるように、テレビの宣伝でブームを創りPOSに反映をさせている現実は、売れている物が神の手の導きとの解釈には首をひねる。
 とはいっても、売れなくて「死に筋」に分類されてはダメで、理屈を並べて見てもお客さんが国産よりも輸入品を選択しては負けである。
 消費者の皆さん全員が貴重な顧客である、として自分の農場で出来た野菜・果物、畜産物の自社商品を買い物篭に入れてもうらうように働きかけることがどうしても必要となる。
 サイレント・セールスという方法がある、売る側があれこれ説明をしなくても、商品自体が顧客に語りかけるのである。
 消費者を代表する機関や団体があって、これらを代表する人がOKのサインを出せれば売れるようになるのではないだけに、地道な努力の積み重ねで信頼を得る以外に近道はなさそうだ。

(社)農協流通研究所
理事長 原田 康


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