◆市場隔離で需給は改善
「特別調整保管米が当初計画24万トンに生産量増加分の3万トンがプラスされ、ここにきて市場隔離策によって全体の需要と供給は拮抗してきた」。ある大手卸の関係者は最近の米需給状況についてこう話す。
12年産自主流通米の落札平均価格は、3月に待望の1万6000円台を回復、4月、5月の入札でも連続して前回価格を上回った。5月の入札では1万6557円(60kg、以下同)となり、12年産米価格の最高値となった。
卸業界では、この間の価格動向を特別調整保管を含む緊急総合米対策の効果と受け止め、「6月の入札(6月22日実施)でも全体の価格は上がるだろう」(前出の卸関係者)とみている。
もっとも価格が上昇基調に反転したとはいえ、5月の平均価格は前年同月にくらべまだ98.5%と低い水準。産地にとって厳しい状況に変わりなく、JA全農も引き続き緊急総合米対策の的確な実施と「整然とした販売」への取り組みが重要だとしている。
同時に、この間の価格変化を産地銘柄別に冷静に見ておくことも、市場動向を掴み今後の産地の課題を考えるうえで大切になるのではないか。
◆改正JAS法施行まだ多い「灰色」商品
そのことを象徴的に示したのが「魚沼コシヒカリ」の急騰だろう。1月には2万3198円だったのが、4月には4万677円と入札制度開始以来の最高値となった。5月入札ではやや下がったものの依然4万円台である。
前回のこの欄でも触れたように、魚沼コシ急騰の背景には4月からの改正JAS法施行があった。
すなわち、不適正表示をすれば業務改善命令や罰則も科せられるため、施行を前に“ホンモノ”の確保に走ったというのである。「これまで一切見向きもしなかった業者が急に札を入れた。どこが不適正な販売に加担していたかを晒したようなもので実に恥ずかしいことだ」といった声も聞こえてくるなど当の卸業界にも苦々しく思う人は多い。 では、精米表示の徹底化によって業界の体質は変わったのだろうか。
「いや、以前より良くなったことは確かだろうが、“灰色”はまだ多いはず」と前出の関係者は指摘する。
国は3点セット(産地、品種、産年)の表示徹底と合わせて、不適正な表示を防ぐためにDNA検査も実施することにしている。しかし、コシヒカリなら産地は異なってもDNAの差異は検出できない。したがって、“品種と産地が表示と本当に一致しているかどうかは分からないだろう、それならば同一銘柄でも少しでも安い産地ものを”という思惑が業界の一部にはでてきているという。
実際に5月の入札結果では、中部地方のある銘柄が大きく上昇したが「あの産地銘柄が首都圏で単品で販売されているのを見たことがありますか。なぜ、引き合いが多かったのか。理由は言わなくても分かりますよね」。5月の入札では「コシヒカリ」や「あきたこまち」といった家庭向けに単品銘柄で販売される銘柄が一定の上昇を示したが、そこにはこのように改正JAS法への対応という背景がある。
もちろん、表示制度の改革やDNA検査の導入などが産地にとってメリットをもたらしている面もある。たとえば「はえぬき」、「ひとめぼれ」などの銘柄は単一銘柄品として引き合いも増えているという。
だが、「産地に知ってもらいたいのは、これらの銘柄でも一部の業者はブレンド米の材料として使ってきた事実があること。改正JAS法施行によってそれが通用しなくなって単一銘柄販売になった。それでもこれらの銘柄は勝負できる米だからまだいい……」とある卸関係者は指摘するのである。とするとその他の銘柄はどう評価されるのか。
「不適正な表示は考えてみれば消費者への詐欺行為。今後もっと厳しい検査法などでチェックして是正することは当然です。ブレンド米とは本来は食味と値ごろ感、安定供給を考えて提供するものなのに、今のように不適正な“格上げブレンド”が横行していること自体おかしいし、業界の信用を失う。
だから、今後、検査など厳しくするのは当たり前とすれば、産地にとっては本当に消費者の期待に応える米としての実力が問われることになる。言い換えれば、これまで卸業界からは、そこそこ評価されていた銘柄は逆にハンディさえ背負うことにもなりかねない」
この関係者はこう強調し、「卸も産地も本気でマーケティングを考えなくてはならない。具体的には業務用の米需要をどうみるかだ」−−。
◆業務用視野にマーケティングを
5月の入札では北海道・青森の銘柄が上昇した。たとえば、北海道の「きらら397」と「ほしのゆめ」は前回比6%以上と平均を大きく上回る上昇率となった。銘柄グループ別の市場隔離率をみると、北海道・青森は21.7%ともっとも高く、一方で業務筋から産地品種指定されているケースも多いため「卸としては入札で確保しないわけにはいかない」。こうしたことからこれらの銘柄の価格が上昇した。
東京、大阪などの大消費地では今や、米の需要は、家庭用と業務用に比率が6対4にまでなっているといわれる。業界では、今後、さらに家庭用と業務用需要の差は縮まると考えられている。
「産地ではいい米、すなわち単品で勝負できる米ををつくろうという指導がされてきたが、末端の動きは違う」と卸関係者は指摘、産地がこうした市場の動向に目を向けてきたのか、と話す。
たとえば、米どころといわれる主要産地も一定の割合は業務用需要に応える銘柄育成に力をいれるべきではないかという。価格は下がるがその分を反収増で補えば総収入は確保できる−−。
こうした提言には、産地には過剰になって売れ残るのではないか、と一笑に付す声もあるだろうが「しかし、11年産米では単一銘柄販売できる有名産地銘柄であってもかなりの販売残が出たじゃないですか。むしろ業務用需要に応えるための契約栽培などの方法も考えればいい。それほどこのマーケットは需要は大きいものになっている」という。
■卸の対応も問われる時代
産地と一体となった戦略を模索
今回、取材に応じてくれた卸関係者らが、業務用需要にもっと目を向けるべきと強調するのは、産地と一体となった“メーカー”としての対応こそが生き残りの鍵を握るという危機感からだ。
このシリーズでしばしば指摘しているように末端価格の決定権は今や量販店が握り入札価格の上昇を販売価格に転嫁できない状況に卸も苦しんでいる。
「たとえば、5月の入札で価格が上がっても6月から値上げに応じてくれるかといえばそんな甘くない。6月入札の様子をみてから、と言わればまだいいほう」だという。緊急米対策についても「みなさんの勝手でやった人為的な操作。米は余っているんでしょう」とにべもなく値上げを断られ「それならもういい、との一言が喉まで出かかりましたよ。でも、量販店は複数のルートで仕入れていますからね」と苦しい胸の内を明かす。
だからこそ、産地と一体となってマーケティングを行い製品化してユーザーに供給できる「信頼されるメーカーとして力をつけることがこれからの課題」だと強調する。
産地間競争の激化が叫ばれ産地は不安に陥ってきた。だが、それは何をめざすことなのか。「たとえば、あるおにぎりメーカーは、味にこだわりがあるからこそ、ブランド米ではなく質の高いブレンド米を要求する」と先の関係者は話す。
産地間競争とは、本当の競争力をいかにつけるかということだろう。そのための対応を、米の品質評価システムも含めて産地も見極める時期にきている。